ユーザーを代弁し、キーマンと腹を割って対話する。銀行法改正の事例に学ぶ、ルールメイキングの実践論
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ユーザーを代弁し、キーマンと腹を割って対話する。銀行法改正の事例に学ぶ、ルールメイキングの実践論

新しい事業が市場で成立した後に、法的な規制の議論が後追いで行われることがあります。その際に、どのようにルールを設計するのか──そのプロセスに正解はなく、事業者も当局も手探りで進めていくことになります。

一般社団法人Fintech協会の木村康宏さんが関わった改正銀行法の策定は、数百万人のユーザーがすでにサービスを使っていた状態からはじまった「ルールメイキング」の稀有な実践例です。freee株式会社の渉外担当として、またFintech協会の理事として、その現場に立ち会った木村さんにお話をうかがいました。

木村 康宏

木村 康宏

一般社団法人Fintech協会 代表理事副会長。フリー株式会社 常務執行役員 CPO 社会インフラ企画部長。東京大学法学部を卒業後、株式会社野村総合研究所にて主に情報通信業界の企業向けのコンサルティングや経産省・総務省などの官庁の政策調査に従事。スモールビジネスのテクノロジー活用に問題意識を持ち、2015年にフリー株式会社に参画。

ユーザーがもう数百万人いた──すでに成立していたサービスに法的な枠組みを与えるまで

── 最初に、木村さんのキャリアとFintech協会へのこれまでの関わりについて教えてください。

木村康宏氏(以下、木村):2015年からfreee株式会社に在籍し、主にプロダクト全般を担当しています。入社当初は経営企画室で政府との渉外業務を担当していました。その前は野村総研に6年半勤めていました。

一般社団法人Fintech協会には2016年から理事として関わっています。協会自体は2014年頃に最初のミートアップが開かれ、フィンテックに関連するスタートアップが集まってネットワーキングをする、ごく緩やかな場としてはじまりました。

2015年にGoogleトレンドで「フィンテック」というワードが急上昇し、役所や政治の側でも「フィンテック」というワードが使われはじめたことで、一般社団法人として正式に組織化されました。そこから、事業者を代表して政府や政治業界とコミュニケーションをすることができる窓口として認識されるようになっていきました。「Fintech」というシンプルな協会名のわかりやすさも、その認知を後押ししたのだと思います。

フィンテックと一口に言っても、銀行・証券・保険のような伝統的な金融機関にはそれぞれの業界団体があり、仮想通貨についてもまた別の団体がある中、Fintech協会は主に仮想通貨以外のフィンテックテーマに関わる人たちが集まる団体というのが特徴かもしれません。


── その頃、業界や制度的にはどういう状況だったのでしょうか。

木村:当時、マネーフォワードやZaimのような家計簿アプリでは、数百単位の金融機関と既に連携をしていて、数百万人のユーザーがおり、freeeのようなクラウド会計ソフトにも数十万人のユーザーがいました。

その頃はAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)のような公式のシステム連携がはじまる手前で、連携の手段として「スクレイピング」が使われていました。これはユーザーの代わりにネットバンキングへログインし、明細を取得して家計簿や会計ソフトへ転記する操作を自動化した技術を指します。

一方、当時EUではPSD2(第2次決済サービス指令)という法制度が生まれていました。これは、銀行口座などの金融データへアクセスする際に、消費者と金融機関の間に「中間的事業者」が入る仕組みを定めたものです。日本の金融庁もこの動きを受けて議論をはじめ、私たちのような事業者にとっても、無視できない流れになっていきました。


── そのとき、金融庁・政府側、事業者側はそれぞれどのような立場でしたか?

木村:事業者側からすると、すでにサービスが成立してユーザーも使っている状況で、重い規制が課されてサービス設計を見直さざるを得なくなることや、ユーザー体験が劣化することへの警戒感がありました。そのため自分たちから積極的に「制度を作ってください」と言いに行く立場でもなかったんです。

一方当時の金融庁は、EUでは法制度化が進み、アメリカでは業界団体を通じた合意形成で進めている中で、日本においてどのように対応するべきか、という問いを持っていました。ただ、政府としては単純な規制から産業育成を目指すスタンスに転換しつつあったので、そうした前提での制度のあり方を考えていたように思います。

金融機関側は、フィンテック対応への負担を感じながらも、顧客ニーズに応えないわけにはいかないという意識が生まれはじめていた時期でもありましたね。


── そうした状況の中で、「改正銀行法」成立に至るまでのプロセスについてお聞かせいただけますか?

木村:Fintech協会の中で、freeeはもちろん、マネーフォワードやZaimのような、銀行口座へのアクセスを必要とする事業者が集まり「政府が検討しているテーマに対して私たちはどういうスタンスを取るべきか」「どういう制度設計・落としどころであれば現実的にサービスとして成立するか」を議論しはじめました。政府が自力で調べにくい事業者側・ユーザー側の実態を整理して持ち込む。それがFintech協会としての最初の動き方でした。

2016年の金融審議会では、freeeとマネーフォワードが事業者として呼ばれ、どのような制度設計が望ましいかを議論しました。その議論を経て、2017年の国会で銀行法が改正され「電子決済等代行業者」という登録 制の業種が新設されました。2018年の施行をもって、それまでスクレイピングという形で事実上動いていたサービスに、法的な枠組みが与えられることになったんです。


規制に向き合う大事な前提は、「事業の起点が “自由” である」ということ

── スクレイピングによる連携が行われていた当時は、明確な法整備がなく、グレーゾーンだったとも言えるのかと思いますが、法的にはどう整理されていたのでしょうか。

木村:もともと事業者側としては、金融の枠組みというより情報サービスの一分野で事業を展開しているという認識だったので、個人情報保護法の範囲内で適切に情報を取り扱っていました。

ですので「グレーゾーン」と言われると、何かネガティブなイメージを持たれるかもしれませんが、あくまでユーザー自身が望んでそのサービスを使っている以上、サービスを提供することは法的に問題のない行為でした。

個人的な意見ですが、そもそも自由主義社会において、規制は最小限であることが望ましいはずです。基本的には、事業やユーザーの行為は自由であり、法律で禁止されていないことは原則としてできる。もちろん、適切に設計された規制はユーザーや業界を守り、業界の発展に寄与するものですが、「政府が許可したことしかできない」といった「ホワイトリスト」的な発想では、新しい事業を何も始められないと思います。


── 今のお話を、少し具体的な事例を交えながら深掘りさせてください。ルールメイキングというと、自動運転やフリマサービスのような事例が思い浮かびますが、そういった事例と今回のようにすでにサービスが成り立っている事例とでは、向き合い方やスタンスは変わるのでしょうか?

木村:自動運転の場合、既存のルールでは人間が運転するケースしか想定していません。これは、「既存のルールが想定していない空白地帯に新しい枠組みを作る」という、自由を広げる側のルール作りです。一方、電子決済等代行業者の場合は、スクレイピングという形ですでに成立していたサービスに対して新たな枠組みをはめる、つまり「既存の自由に制約を加える」側の議論です。

そう考えると、「今できていないことに規制緩和して新しいサービスを可能にする」のと、「既に行われている事業に新しい規制がかかる」のでは、ルールメイキングのスタンスが違うのかもしれません。事業者のスタンスが違うというよりは、テーマによるということだと思います。

合意形成のコツは「実務レベルの悩みに共感して話ができるキーマンを見つけ、腹を割って話す」こと

── 集まった事業者の間での合意形成は、どのように進めていったのでしょうか。また、銀行や当局といった異なる立場の人たちと話す上で、ポイントになっていたのはどういったことでしたか?

木村:集まった事業者の間で、利害が正面から対立する場面はそれほどありませんでした。それぞれの事業者からサービスや技術の話、法律の話がわかる人が集まって、時間を取って話したという感じですね。

銀行や当局の人たちと話す時に重要なことは、まず一定の会話量がないと人と人のやり取りにならないということです。偉い人というよりも、実際にその専門の中で合意形成ができるだけの実務への解像度と調整力を持った人を見つけて、その方と徹底的に対話を重ねる。少なくとも腹を割って話せるようになることが重要です。

もう一つ重要なことは、「ユーザーを代弁している」というスタンスを崩さないことです。「この確定申告のサービスでこれだけ楽になっている人がいる」とか「カード明細を見て不正使用に気づく人がいる」といったように、ユーザーや市場の需要を代弁しているという正義がないと、小さい事業者の声を聞く意味がなくなります。

その上で、法令だけでは制御しきれない細かい部分や事業者間の調整事項に対して、共通の相場観や雛形を形成して、ガイドラインを設計していきました。
例えば、銀行と電子決済等代行業者の間では個別に契約を結ぶことになりますが、全国に1,000以上ある銀行・信用金庫を個別に調整するのは現実的ではありません。一般社団法人全国銀行協会やシステムベンダーの業界団体と合同の検討会を設け、セキュリティチェックの基準や契約に盛り込むべき事項について、共通の相場観や契約内容の雛形を形成していきました。


── 今回のケースでは、そもそも誰がステークホルダーかも分からない状態から、ステークホルダーとの合意形成まで、どうやって行き着いたのでしょうか。また、その中でFintech協会ならではの役割はあったのでしょうか。

木村:当初は、管轄省庁がどこかも判然としていませんでした。スクレイピングによる情報取得は金融行為というより情報法制の話ではないか、だとすれば管轄は総務省なのではないか、という議論が最初はあったくらいです。

そうした中でまずやるべきことは、幅広く人に会うことと、すでに省庁や業界とのリレーションを持っている人を頼ることです。たとえば、金融の世界では、弁護士が金融庁に出向して法律立案に携わり、民間に戻るというキャリアパスがあります。そういったバックグラウンドがある方に聞けば、庁内にどのような担当者がいて、誰とどう話すと議論が進みやすいかという情報が得られるんです。

その中で、相手の実務レベルでの悩みにちゃんと共感しながら話が詰められるキーマンを特定して話していきました。「こういうことになったら、銀行内では銀行側のメリットを説明できないだろうな」とか「この法案を通すために汗をかく正当性がこの部署にはないだろうな」というような感覚をお互い持てるかどうかですね。

Fintech協会も最初は未経験でしたが、政策提言の経験がある団体や、銀行出身者など業界に詳しい人を頼れば、庁内や業界のことは少しずつ見えてきます。また、勉強会などの機会があった際、誠意を持って話せば「悪い人ではないな」という印象も持ってもらえます。そうしたことの積み重ねで、重要な人との繋がりを少しずつ増やしていく。そのなかで「この人は自分たちの実情を想像してくれそうだ」と感じられる人を見極めていく、ということしかないような気はします。
Fintech協会も、当局や既存の金融事業者との関係を長年かけて積み上げてきました。規制に縛られた認定団体ではないからこそ、フィンテック全体を代表する立場として中立的に意見を発信できる。新しいルールを作るとき、行政は既存の業界団体では拾いきれない声を聞きたいわけです。そのニーズに応えられる立ち位置が、Fintech協会ならではの強みだと思います。

「社長の代行」を務め、異なる視点で議論を深める。複数事業者によるルールメイキングの進め方

── 事業者間での合意形成と並行して、木村さんご自身が渉外を担う上で、当時意識されていたことや、工夫されていたことはありますか?

木村:意見の相違が後で表面化したら取り返しがつかないと感じる論点については、その場で率直に話し合うことを意識していました。

公式な会議の場も大切ですが、むしろ一緒に役所へ向かう途中のような、非公式な場での会話の方が本音が出てくるので重要だったりします。本当に本音ですり合わせておかないと後でまずいなということにアンテナを立てて、きちんと組織としてのスタンスを合わせていくということです。

「ちょっと妥協してしまったことが、後からサービスとしての幅を狭めることになる」というようなリスクに対して「あ、この懸念があるからこれをダメだと思ってるんだな」という相手側の意図を引き出せないと、正しく交渉できないので。


── ルールメイキングに取り組む上で、それを後押しする組織文化というのもあるのでしょうか。

木村:重要なのは「ユーザー解像度」を大切にする組織文化だと思います。具体的に語れなければ、外部への説明にも説得力が生まれません。また、事業者として「この会社が言うなら話を聞こう」と思われるだけのコンプライアンス意識も前提として必要です。

その上で、渉外はやはり社長が納得しているかどうかに尽きます。渉外とは、限りなく代表がやっていることを代わりにやる仕事。社長と握れていなければ、渉外はできない。代表と考えが合っているかどうかはものすごく重要で、事業を代表して話せない人には、社外の人は誰も相談しないんですよね。

── freeeとマネーフォワードという異なる組織が同じテーマで動いていた場面もあったかと思いますが、組織文化の違いは影響しましたか?

木村:マネーフォワードは金融業界の文脈や言語に精通した人材が多く、そこに強みがあります。一方でfreeeは、テクノロジーやソフトウェアの視点からフィンテックに参入してきた会社というアイデンティティがある。金融の慣習に染まっていないとも言えますが(笑)、その外部者的な視点が実は重要な役割を果たすことがありました。

1社だけでロビイングするよりも、異なるバックグラウンドを持つ事業者が仲間となって、一緒にやることの効用はそこにもあるんですよね。それぞれの視点を交わすことで議論が深まり、深まった議論の内容を持ちこむことで信頼されます。それぞれの視点を取り入れて動けることが、複数社でロビイングを行うことの強みだと思います。


ライター:大藤ヨシヲ
聞き手・編集:大矢 幸世、東南裕美

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