労働はオフィスから解放され、回復していく──WORKSIGHT山下正太郎さんが考えるアフターコロナの働き方
労働はオフィスから解放され、回復していく──WORKSIGHT山下正太郎さんが考えるアフターコロナの働き方

労働はオフィスから解放され、回復していく──WORKSIGHT山下正太郎さんが考えるアフターコロナの働き方

2020.12.09/10

コロナウイルスによって社会には様々な影響が出ていますが、働き方やオフィスはその最たるもの。アフターコロナの世界では、働き方はどうなっていくのでしょうか。

「働く」や「オフィス」についての探究を重ねてきたWORKSIGHT編集長/ワークスタイル研究所 所長の山下正太郎さんは、これから私たちが直面するであろうテーマに「労働の回復」を挙げます。

今、どのような変化が起きているのか。これからどのような変化を迎えるのか。「働く」の未来を考えるためのお話を山下さんに伺いました。


コロナ後のオフィスのニューノーマルとは?

山下さんは、働き方のストーリーは大きく分けて2つ存在していると語ります。

山下:ひとつは、フレキシビリティ型です。多くの先進国で少子高齢化が進行し、若い働き手が少なくなりいかに働き手を増やすかが課題になっているため、働き方の柔軟性で対応するという方向性です。そのなかで、アクティビティベースドワーキング(ABW)のように、時間と場所を自由に選択できる仕組みが登場しています。

ABWのように分散型での働き方は、日本のようなハイコンテクストな文化ではなく、ローコンテクストな文化にマッチする、と山下さんは語ります。

山下:もうひとつは、イノベーション型です。なにか新しいものを生み出すための働き方です。こちらは、分散するのではなく、長い間同じ場所で一緒にいましょう、そのためにオフィスから出なくても済むように、食事やジムなど各種サービスもオフィスで提供する働き方ですね。特にシリコンバレーのテック系企業で顕著な働き方でした。

こうした働き方は、互いの空気を読むハイコンテクストな文化のほうが相性はいい。なので、日本はイノベーションを志向する働き方と実はマッチしやすいんです。逆に欧米のローコンテクストな文化の国では、すぐ人々はバラバラになってしまうので、シリコンバレーのようにあの手この手でオフィスに留まらせる投資をしてきた歴史があります。

コロナによって、こうしたシリコンバレー型イノベーションモデルの崩壊が起きている、と山下さんは語ります。これまではオフィスに集う働き方だった企業も、Facebookのようにリモートワークを解禁するようになりました。

https://www.theverge.com/2020/8/6/21357768/facebook-extends-remote-work-employees-july-2021-covid-19

非同期でローコンテクストな仕事の比率が増えていく

では、これまで前提としてきた環境が変化するなかで、今後オフィスはどう再編されていくのでしょうか。山下さんは「ワークプレイスポートフォリオに変化が起きている」と説明します。

ワークプレイスポートフォリオは、縦軸がローコンテクストとハイコンテクストの軸、横軸が同期的な仕事か、非同期的な仕事かの軸となっているマトリクス図です。少し前までは、仕事のほとんどはハイコンテクストかつ同期的な仕事でしたが、それが大きく変わろうとしています。

山下:これまではオフィスに集まり、会議などの同期的な時間以外も一緒に過ごしていました。それがいま盛んに議論されているジョブ型に移行するにつれて個々の責任範囲が明確になり、ローコンテクストで仕事をすすめることが可能になっていくと考えられます。

当然、みんなが同期しながら一緒に働く機会はかなり減っていくことが予想されます。今はリモートワークになって、一時的にミーティングの数が増えているかもしれません。ただ、これはデジタル上でこれまでのオフィスでの働き方を再現しようとしている一過性のものだと考えられます。

今後、物理的なオフィスは用途の限定されたプレミア感のある場所になり、時間を決めて同期的にハイコンテクストなことに取り組むための場所になっていくと予想されます。

「これまで人々はオフィスの中にある食堂や喫煙室で話すといった行為を通じて、組織の人間関係を育んでいました。こうしたコミュニケーションが会社のカルチャーをつくり、社会関係資本の蓄積につながっていた」と山下さんは語ります。

山下:こうしたことが可能になっていたのは、人々が毎日オフィスに通い、ある程度の人の密度があったからこそ実現していたこと。今後は、ハイコンテクストなコミュニケーションが可能な環境をデジタルでどうつくるか?が大事なテーマになっています。

例えば「Clubhouse」のようにいろんなプレイヤーが、「フォースプレイス」をつくるためのツールの開発に挑戦しています。ただ、歴史的にみるとこのジャンルは失敗続き。雑談は非公式なものですが、オンラインで非公式感を出すのは難しいと、いろんな研究者が語っています。

デジタル分散主義におけるオフィスの機能

働き方が変革を迎える中で、オフィスはどうなっていくのか。山下さんは、「限定的な機能を果たすことになりそうだ」と語ります。山下さんは、オフィスに残る機能を5つのキーワードの頭文字を取った「BASIC」で説明しました。

Booster:生産性向上
Authenticity:精神的報酬
Speciality:特殊用途
Interaction:N対Nのインタラクション
Confidentially:機密機能

「こうした現状は他の手段では代替が難しいと考えられる機能を果たすための場所になるのではないか」と山下さんは語ります。ただ、こうした機能への変化は以前から始まっていたそうです。

山下:ABWに先んじて取り組んでいたオランダやオーストラリアでは、毎日行かなくなったときに、オフィスがどういう空間があるべきかについての取り組みが進んでいます。

例えば、JiraやTrelloなどのプロダクトを開発するアトラシアンでは、バイオフィリックデザインあふれる新しい本社ビルの計画を発表し(※)話題となりました。毎日来る場所ではないけれど、他の場所では絶対に得られない体験ができる場が提案されているわけです。

このように、オフィスという空間そのものがなくなるわけではないけれど、役割は限定的になると考えられます。

※Atlassian still committed to building Sydney office tower despite allowing all employees to work from home

オフィスからの労働力の解放

こうした働き方やオフィスにおける変化において、あまり触れられていないのは、変化が生じることによる人々の暮らし方の変化だと山下さんは語ります。

山下:リモートで働くようになれば、ワーカーは自宅やサテライトオフィス、公共空間等で過ごすようになり、会社のためだけではなく、改めて自分のやりたいことや、自分の住んでいる地域に関心を持つようになるはずです。そうすると、これまでは都心のオフィスに閉じこもっていた労働力が社会に還元される流れが生まれるのではないかと注目しています。

オフィスからの労働力の解放、そして社会的な再編。リモートワークなどの働き方の変化に留まらず、終身雇用の崩壊やジョブ型への移行が後押しとなって、オフィスや組織を離れた労働力が、地域や個人的活動へと再編されるといいます。

ミレニアル世代の間では、副業のことを「サイドジョブ」ではなく、「サイドハッスル」と呼ぶ流れもあります。副業を「趣味や好きなこと、情熱を注ぐもの」にするという変化。人々がオフィスから解放されることで、こうした変化が加速するのではないかと山下さんは考えているそうです。

山下:TwitchやGoFundMeのように「ハッスルエコノミー(情熱経済)」を活性化させるためのプラットフォームも出てきています。これらが日本でも根付くのか?は関心がありますね。

分散する都市と、労働の回復

オフィスからの解放運動は、都市や社会の変化の動きと関係しながらより大きな変化へとつながっていくことも考えられます。

山下:文化人類学者デヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』で書かれていたように、これまで世の中の多くの人は自分の仕事に満足しておらず、また分業が進んだ結果、自分の仕事が何の役に立っているのかを理解できていませんでした。これから先は、こうした無味乾燥な労働をどうやって喜び溢れるものに回復させるかが問われているのです。

逆に、ワーカーの価値観が離れてしまった企業はもう一度、彼らとの関係を再設計しなければなりません。その意味で、自分と企業の価値観が一体となる「ホールネス」な関係にも注目しています。例えば、パタゴニアのように、自然を愛するライフスタイルを会社と労働者が一緒につくるように、これまで以上に個人と企業とが価値観をどうすり合わせていくのかということが重要になります。

山下さんは、コロナによって炙り出されたこれまでの社会の脆弱性と、起こりうる変化についても言及。社会構造が変わることによる変化についても触れました。

山下:いままでの世界は、効率性をあまりに重視していました。ネットワーク理論における、スケールフリーネットワークの考え方で、グローバルにつながりながらハブとなる部分が決定的な機能を果たしていた。例えば、今回のパンデミックのように一度トラブルが起きて中国がシャットダウンすると、世界中の流通が止まってしまうわけです。

社会としてそのシステムは非常に脆弱です。これからは冗長性があり、ある意味での無駄を含んだランダムネットワークの社会に再編されるのではないかと考えています。たとえどこかに不調をきたしたとしても、全体がシャットダウンするのではなく、ほかの機能が補うような分散的な社会になるのではないでしょうか。

都市をもう一度デザインし直す。それが労働を回復させるきっかけにもなる、と山下さんは語ります。その傾向が現れている事例が「FabCity」です。

image: FabCity

これまでのネットワーク理論では、グローバルでつながり生産、消費、廃棄などそれぞれの機能ごとに分かれていたところを、ローカルの中で生産、消費、廃棄などを循環させる。そして、ネットワークの間を動くのはデータだけ、という考え方です。

山下:こうした動きの実践はすでに起きています。バルセロナで行われた「Made Again Challenge」は、1㎢の都市の廃棄物から新しいものを生み出すという取り組みです。そこでは、生産者と消費者という従来の関係がなくなっています。

消費者そのものがFabの施設をつかって生産者にもなり、廃棄/再生する人にもなる。役割が多義的になっているんです。都市が分散して、それぞれで循環するようになると、その中にいる人々はいろんな役割を担えるようになる。そうなると、これまでの仕事や働き方の意味が変わってくるのではないでしょうか。

パリでは、2020年6月に再選したアンヌ・イダルゴ市長が選挙公約として「パリを車を使わず、日常生活を自転車で15分でアクセスできる街にする」という都市計画政策「15 minute city」を盛り込んでいました。

image:Paris en Commun

山下:パリ以外にもポートランドやメルボルンなど、これまで人間を阻害してきた都市が人間性を喚起したり、市民の自律的な価値創出をするためのさまざまな実践が行われ始めています。

こうした変化の中で、かつては存在していた仕事や働き方にリアリティや手触り感をもたせられるかが大きなテーマになっているのではないでしょうか。

それを実現していくために、社会連帯経済における生活協同組合のような仕組みや、プラットフォームコーポラティビズム※といったテーマにも注目が集まっています。
※Platform Cooperativism もしくは Platform Cooperative

テクノロジーによって、集合と離散がやりやすくなっています。しかしワーカーにとってそれが監視や管理といった「コントロール」に進むのか、労働の回復に向けた「自己の可能性の拡張」に進むのか、正にいまが分水嶺と言えると思います。

参考:世界が注目する資本主義のオルタナティブ「社会的連帯経済」

最後に、山下さんはこれから迎えるであろう社会は「ツラい社会でもある」と語ります。なぜなら、今回お伺いしたような変化の先では、「あなたはどう生きるのか?」を常に問われる社会になるからです。


CULTIBASEでは、個人やチームの創造性をテーマとして扱っています。今回、山下さんから共有いただいた変化の予測は、CULTIBASEとしても様々なヒントになりました。

山下さんがこうしたテーマをいかに探究しているのかについては、連載企画「『問いのデザイン』を拡張せよ」にて、CULTIBASE編集長の安斎勇樹と対談しています。ぜひ、そちらの記事をご覧ください。

実践と研究の往復運動をいかに実現するか?自己の探究を続けるための技法──WORKSIGHT山下正太郎さん×安斎勇樹対談
実践と研究の往復運動をいかに実現するか?自己の探究を続けるための技法──WORKSIGHT山下正太郎さん×安斎勇樹対談

編集:モリジュンヤ

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