“人生100年時代”と言われる現代は、個人の時間の尺度が変化していると言われています。しかし、変化するのは個人だけではありません。不確実性が高く将来の予測が困難な現代では、組織もまた、単発ではなく持続的にイノベーションを起こし続けることが求められているのです。
持続的なイノベーションを実現するために、これからの組織のイノベーションの担い手となる組織ファシリテーターは、日々の生活や仕事において「探究」を深める学習能力が必要になっています。CULTIBASE 編集長の安斎勇樹は、2021年7月に開催された「探究の戦略」セミナーで「広く浅いゼネラリストではなく、複数の専門分野に習熟する、拡げながら深く掘るキャリア、つまり連続的なスペシャリストであることが理想的」と語りました。
この「探究の戦略」とは、CULTIBASE Lab会員を対象として、第5土曜がある月にだけ実施されている定期セミナーです。ビジネスパーソンに探究が必要である理論の解説と、探究の質を高める戦略を大づかみに理解することを目的に、講義パートとワークパートの二部構成で実施されています。
毎回異なる参加者で実践されるワークパートは、そのプログラムがこれまで公開されたことはありませんでした。今回はそのワークパートに焦点を合わせ、CULTIBASE Lab会員がどのように探究の足掛かりを見つけていくのか、その模様をレポートとしてお届けします。
「私はなぜ、探究しようとしているのか?」原体験とビジョンを語ることが、学びの足掛かりになる
安斎による講義パートからバトンを受け、ワークパートを担当するのは山崎奈央さん。コーチングやキャリア開発に強みを持つプロコーチとして活躍しています。
自己紹介に続いて、本日のワークパートのゴールが示されました。
「学習に関する問いを見つける」「問いに紐づく学習キーワードを1つ見つける」。この2つのゴールを見据えて探究ワークを進めるにあたり、いくつかの問いの例が示されました。
「どうやったら、個々の特性を生かして組織の成果を生み出せるか?」
「どうしたら、笑いを通して心温まる会話が生まれるのだろうか?」
山崎さんはこれらの例を解説しながら、“すぐに答えが出るものではない”という、問いが持つ性質を強調します。
それでは、これから参加者はどのように問いを探っていけばよいのでしょうか。その足がかりとして、参加者がこれまでの歩みを振り返り、「学びのきっかけとなる出来事」と「その時の感情」を思い出す4分間の個人ワークが行われました。
この4分間は全員が沈黙し、自らの原体験を記憶の中から掘り出します。中には、カメラをOFFにして集中する参加者の姿も見受けられました。
個人ワークを終えた後は、ビジョンを探るグループワークに移ります。ワークの内容は、3人1組でブレイクアウトルームに分かれ、語り手とインタビュアー、オブザーバーという役割に分担し、一人あたり20分ずつ、交代制で対話するというもの。思考を語ることやインタビューに慣れていなくてもスムーズに進められるようにと、山崎さんは初めにインタビューのデモンストレーションを行いました。その場の参加者から語り手となる1名の協力者を募り、山崎さんがインタビューを行うというものです。
デモンストレーションを終えた実際のグループワークでは、「何を学びたいのか?」「どんな学びが必要なのか?」「その学びが得られると何が実現できるのか?」など、学びに関する質問をインタビュアーが行います。語り手はその質問に答えながら、これまでの学びの道のりや自分の探究への動機、そしてこれから描きたい未来図を考察していきます。最初は「慣れないですね」と緊張を見せていた参加者も、対話を重ねるにつれてそれぞれの関係性が築かれていきました。
参加者の属性は様々。事業責任者やマネージャー、人事、教員など、役職も業種も多岐にわたります。「個を生かし、組織をうまく成長させるには」「教育のあり方を変えていくためには」「生き生きとした対話の場をファシリテーションするためには」など、各々が自分の所属や存在している環境を見渡しながら、探究のトリガーとなる「学び」のヒントを探していきます。
内省では辿り着けない問いの兆しに、他者が光を当てていく
いくつかのグループで見られたのが、「モヤモヤから、自分らしい問いをどう立てればよいか?」という対話。個や組織に関する問いは普遍性を帯びるため、「変な問い」「自分らしい問い」へブラッシュアップする足掛かりを探そうとする様子が見受けられました。
この「変な問い」「自分らしい問い」とは、安斎による講義パートで解説されたもの。安斎は7月27日開催の「チームに主体性と求心力をもたらす『強いブランド』の育み方」で福岡陽さん(NTTコミュニケーションズ株式会社 デザイン部門「KOEL」 UXデザイナー)から語られた「ブランドの大事なバリューは大体”変”である」という内容を援用し、問いにもまた他者とは異なる、自分にしかない「変」が必要であると語っていました。
語り手のモヤモヤや問いの仮説、葛藤などを聞くうちに、インタビュアーからは「もしかすると、こういうことなのでは?」という気づきが共有されていきます。個々の多様な経験が照らし合わされていくことで、内省だけでは辿り着けない新たな視点に出会い、ハッとする参加者の姿もありました。
ワークパートは異なるバックグラウンドの参加者が混ざり合う場であることから、立場の違いが新たな発見を生む場合も多くあります。例えば、組織開発に問いを持つ人事担当者がいる場では、人材側から「自身が中間管理職になり組織開発を学び始めてから、やっと人材開発側の意図に気づけた」という気づきが共有されたことで、「組織開発は特定の担当者だけが学び実践するものではなく、全員が担うものなのかもしれない」と、新たな問いの兆しが生まれた場面もありました。
また、ある対話の場を見つめていたオブザーバーからは、学びには転換点があるという発見が共有されました。「偶然にも今日この場に集まった3人は、元々は具体的な痛みをきっかけとして学び始めたのに、今は良い意味で学びが自己目的化している。受動的な学びから能動的に取りにいく学びへと転換するターニングポイントを共通して経験しているのでは」──黙して場を見つめていたオブザーバーが新たな共通項を発見し、問いへの足掛かりの数は徐々に増えていきます。
CULTIBASE Lab会員限定のイベントということもあり、時には「CULTIBASEをどのように学びに活用しているか」の実例が語られる場面もありました。「日々のモヤモヤした思考をはっきりさせる補助線としてコンテンツを活用している」という人もいれば、「リモートワークが主流の昨今では偶然性が生まれにくいため、今日のようなオンラインイベントで新しい知識を得たり、仲間を見つけたりしている」という人も。「最近登録したばかり」という参加者も、その活用方法に耳を傾けていました。
自らの思考を言語化することが、探究を実践する第一歩となっていた
グループワークを終えて、山崎さんのもとに集合した参加者からは様々な感想が寄せられます。「自分のことが意外とわかっておらず、質問してもらうことで理解を深めることができた」「一対一だと客観的な視座が見えにくいが、オブザーバーの存在があることで複数の視点が生まれ、新鮮だった」と、異なる役割のもとで対話を行うことの意義がチャットで次々に語られていきました。
また「前半の講義パートで解説されていた『思考をアウトプットすることで、探究が深まる』現象を体感できた」という意見もありました。これは安斎が「SNSにおける探究の広報活動」を行った際の自身の実例を振り返るとともに整理されたポイントであり、「生煮えの思考の外化は、メタ認知と理解を深化させる」というものです。
この参加者が語ったとおり、インタビュアーに質問されることで自らの思考を言語化していくこのワークパートは、まさに探究を実践する第一歩となるようにと設計されたものでした。さらには、他者による言語化で新たな発見が生まれ、「その言葉もらいます!」と興奮を見せる参加者もいました。
最後に、問いの言語化ワークへ進みます。このワークは、まず5分間の発散的なグループディスカッションで問いに繋がるキーワードを探り出した後、6分間の個人ワークの時間でワークシートへの記入を進めていくという流れで構成されていました。参加者はグループワークでの対話を経て、学びに繋がる問いを言語化し、今後の学び方や過ごし方を考えていきます。
先ほどと同じグループでブレイクアウトルームに分かれ、まだ粗熱が残る生煮えの思考を互いに照らし合わながら、それぞれが問いの中核を探っていきます。山崎さんは「崇高な問いを作ろうと思うと難しい」とした上で、「コーチングでは3ヶ月、6ヶ月という時間をかけて取り組む行いである」と補足。問いがこれからさらに磨かれ、変わっていくことを前提としながらも、「まず、明日から何をしていくか」という実践を見据えた探究の地図を描くことが重要であると示しました。
参加者は悩みながらも、ワークシートに「学習に接続する問い」「学習キーワード」「直近1ヶ月のアクション」を次々に記入。探究のスタート地点となる、言わば“Version 1.0”の問いを生み出したところで、最後は全員で拍手を送り合い、ワークパートは終了となりました。
探究の戦略は、これまで生配信の講義パートとワークパートの二部構成で、4回にわたって行われてきました。9月からは第5土曜日という実施日やリアルタイムのワークパートは変わらず、講義パートだけが事前に動画視聴する形式へと変更になります。
CULTIBASE Lab会員の方は「探究の戦略」講義動画を視聴したり、あるいは今後のワークパートへも参加いただくことが、新たな未来を拓く探究の足掛かりとなるかもしれません。