1万人超企業が挑戦する「組織学習」の実践知──知の「獲得」「移転」「保存」をいかにして進めたのか?
1万人超企業が挑戦する「組織学習」の実践知──知の「獲得」「移転」「保存」をいかにして進めたのか?

1万人超企業が挑戦する「組織学習」の実践知──知の「獲得」「移転」「保存」をいかにして進めたのか?

2022.08.25/10

「新しい経営方針や組織方針を示しても、なかなか現場が変わらない」と悩む経営層の方は多いのではないでしょうか。

たとえば、顧客要望に応えるものづくりを強みとしてきた企業が、自分たちで問いや課題を見つけ出し、社会へと問題提起する企業へと生まれ変わる。あるいは、新規事業に特化した専門部署を立ち上げて、自分たちの資産を活かして新たな事業を立ち上げる……。こうした新方針を示して経営や組織体制を変えることはできても、長年続いた組織文化を変えるには大きな労力を伴います。

経営陣と現場の間で生まれる認識齟齬の問題や、その調整役として奔走するマネージャー、新事業を担当する部署に対する周囲の社員からの不理解。組織内で立場の違いによって生じるさまざまな矛盾や緊張関係を、私たちはどのように解消し、組織を変えていけばよいのでしょうか。

この問いに対して、組織の変化を「学習」の切り口から探究する、「組織学習」と呼ばれる理論にいま注目が集まっています。CULTIBASEを運営する株式会社MIMIGURIでは、組織学習のセオリーに基づいて戦略的に取り組む、数多くの組織変革プロジェクトを実施してきました。

今回、CULTIBASEでは1万人超の従業員を擁するNECソリューションイノベータ株式会社にて、新規事業開発部門を主導する原曉央さん(イノベーション推進本部 本部長)と、福井知宏さん(同 戦略グループ シニアマネージャー)をお招きしてイベントを開催。実際にMIMIGURIが組織デザインに伴走した過程を振り返りました。

本記事では、NECソリューションイノベータとともに数年に及んだ取り組みをもとに、組織学習における「理論と実践」を多角的に捉え直しながら、その取り組みのリアルについて語ります。

「組織のルーティン」を変えることを目指す、組織学習の基本モデル

まず、「組織学習」が目標とするのは、意思決定のモデルや行動パターンや、その前提となるメンタルモデルを指す「組織のルーティン」を変えることです。

たとえば組織のルーティーンとは、その組織で「当然のもの」として定着している理念や成功法則、企業のメンバーの口癖、「弊社あるある」などの固定観念を指します。ルーティンはそれ自体が悪なのではなく、ルーティンがうまく機能していない状況にもかかわらず、気づかずに同じことを繰り返してしまうことに問題があります。そこで組織内で繰り返されている行動パターンを抜け出し、新たなルーティンを生成していくことを組織学習は目標とします。

「組織学習がどのように起きるのか」という理論については、いくつかのモデルがあります。安藤史江さんの著書『コア・テキスト 組織学習』によれば、「①知識の獲得」「②知識の移転」「③情報の解釈」「④組織の記憶」の4つのサイクルとして組織学習のプロセスが規定されています。

「知識の獲得」とは、組織が新しく必要な知識を組織内外から獲得することであり、組織学習の起点となります。次に獲得された知識は、組織内の別の場所へと伝達される「知識の移転」が起こります。そして、その知識は組織にとって「役に立つかどうか」「意味があるか」など「情報の解釈」がなされる。最後に、組織としての正統性があると認定された知識が「組織の記憶」として保存されていきます。

組織の記憶に保存された知識が何度も実践されるうちに、新たなルーティンが生成されていく。これが、安藤さんが提起する組織学習の基本サイクルです。

その理論をもとに、遠又が整理したのが上記の図です。縦軸に場の状況、横軸に「誰が学ぶか」という学習の主体を置き、マトリックスを構成しています。

まず、この組織学習は左上の個人が日々繰り返しているルーティンから始まります。ある時、このルーティンがうまくいかなくなると、一人ひとりが不安定な状態に置かれて、新しい知識を左下のように模索しはじめます。そして、その獲得した知を徐々に集団へと知を移転していくプロセスを経て、新しいルーティンを構築して組織に保存します。

▼組織学習の理論に関しては、こちらのコンテンツでも詳しく解説しています。ぜひ合わせてご覧ください。

このように今回のNECソリューションイノベータとの事例では、組織学習のプロセスを「知識の獲得」「知識の移転」「組織の記憶」の3つに分割。上記の図を理論的な枠組みと捉えて、各サイクルごとにマネジメントしていきます。

しかしながら、人と人の関係性から発生するがゆえに組織課題は不完全さや複雑性を孕みます。プロジェクトメンバーは組織学習に取り組むなかで、五里霧中の状態に置かれることも少なくありません。組織学習の理論にもとづいた実践がどのように進行していくのか、NECソリューションイノベータでの事例を見ていきます。

知の「獲得」「移転」「保存」の実践例

NECソリューションイノベータで大規模な組織改革が始まったのは2014年のこと。全国のさまざまな地域に、別々の会社として存在していたNECのグループ会社が、NECソリューションイノベータへと統合されたのです。

この大規模合併では、「エンジニアリング集団として未来を描き、新しい自主事業を立ち上げることで、まだない価値を提供するサービスカンパニーへと変革する」ことが掲げられました。それは、NECグループのSIerとして開発を請け負ってきた同社を、イノベーションや新規事業中心の組織へと生まれ変わらせる施策でした。

しかしながら、従業員数が約1万2000人を超える同社は、そのうち約9割がエンジニアであり、「宮大工」のようにシステム開発に向き合う職人肌の人が多いと原さんは語ります。その一方、自分たちでビジョンを考え、自発的に事業や組織設計を提案することが得意な人はそこまで多くないのが実状でした。

そこで生まれたのが、実験的にイノベーション推進に取り組む「イノベーション推進本部」です。100人弱ほどの規模のこの部署は、名前こそ新しい取り組みに特化した最先端の部署であるものの、過去の組織文化を継承しており新規事業に対してまだ未熟なところがあったと言います。

この悩みに対して、MIMIGURIとNECソリューションイノベータは共同で組織学習プロジェクトを発足。「知の獲得」「知の移転」「知の保存」の順序に従ってロードマップを設定しました。

「知の獲得」フェーズでは、小さな実験を通して失敗から学ぶアジャイルな文化と方法の経験知を得ることを目的に、「問いのデザイン」から事業開発までのワークショップを実施。

より具体的には、和歌山県白浜町にNECソリューションイノベータが所有する「リビングラボ」のコンセプト開発を、地域をフィールドワークしながら非日常性のある環境で議論しました。それと同時に、新しい能力を持つ人材がどのような人かを組織学習の成果目標の設計と合わせて定義し、KPIとして育成目標を設定しました。

次に「知の移転」フェーズでは、獲得した経験を概念化して組織に広めます。NECソリューションイノベータの事例では、新たな職能として「事業デザイン人材」を定義し、能力要件を整理した上で、育成カリキュラムの策定までを実行しました。事業デザイナーの知恵となる社内メディアを立ち上げることも視野に入れています。

最後に、これから実行予定であるのが「知の保存」です。組織学習プロジェクトは長期にわたって行われます。新たな人材要件を定義しても、実際の現場は一筋縄では行かず、試行錯誤が続くからです。事業デザイン人材が社内でワークしている状態を目指して、さらなる施策を検討しています。

組織文化を土台から変えていくための「場の内側のデザイン」

イノベーション推進部が、白浜町での施策において重要視したことは、「誰を巻き込むか」を考えることだったと原さんは語ります。組織学習の推進において、少数精鋭でのメンバー選定は大きなポイント。プロジェクトの推進過程ではネガティブな反応をする人も現れるからです。

全組織メンバーに対して「組織文化を変えます」といきなり宣言するのではなく、限られた人から小さく始めて成功体験を積んでいく、「場の内側のデザイン」が最初は重要だと原さんは振り返ります。

具体的には、組織学習へのアレルギー反応が少なそうであり、かつワークショップを経て変わりそうなメンバーを集めました。その一部メンバーで白浜町まで行き、合宿を実施。それがメンバーが共有する濃い原体験になったと言います。

「100人ぐらいの中の、まず20人を変えようと思いました。良くないパターンとしては、『初年度で200人を変える』など目指す数を多くすることです。最初にそれをやってしまうと、大事にしていた学びや影響力が薄まってしまうからです。まずは20人、20%をなにかしら変えることを目標にしました」

また、経営層への「アカウンタビリティ」を果たし、安全に試行錯誤できる場をつくる「場の外側のデザイン」も重要です。経営層にとってイノベーション推進部はコストセンターに当たります。「自分たちは投資をしている」と思われている分、それだけの成果を期待されます。

しかし、イノベーション推進部の発足後も、革新的な製品やサービスが起こる雰囲気が全く無かったと原さんは語ります。「組織文化を土台から変えなければ難しい」……MIMIGURIとの組織学習プロジェクトの立ち上げに至ったのは、そうした判断があったと原さんは語ります。

「ここで難しいのは、組織文化の変革に着手している間は成果が見えないことです。経営層からプレッシャーを受けることで、『組織文化の土台を変える』という時間はかかるものの重要なアクションが影響を受けないようにしなければならない。そこで、『自分たちが今どんなことをやっているのか』を経営層にレポートを展開して説明したり、プロジェクトにCTOなどを巻き込んだりといった行動を取りました」

組織学習の途上にあるプロジェクトにおいて、「きちんと投資が活かされているのか?」を厳しく問われると関係性が悪化します。5回に1回ほど生み出される、良さそうなアウトプットをアピールしていくことで、ステークホルダーとの関係性を維持していくことが今回の組織学習プロジェクトにおいて大切になりました。

その他にも、ワークショップの様子を撮影し、社内で経営層の方が気軽に見れるようにしておくことや、「組織改革に特化したデザインファーム」であるMIMIGURIと連携していることを説得材料にすることなど、外部へのアカウンタビリティを果たす動きは大規模なプロジェクト推進において注意深く進めるべきポイントとなります。

「事業デザイン人材」の定義とアサインの仕組み化

続いて、「知の移転」フェーズで取り組んだことをご紹介します。白浜で実験的に行ったプロセスを「NECソリューションイノベータが目指す事業デザイン」と位置づけ、これを実行できる「事業デザイン人材」という新たな職能の能力を定義し、研修やアサインの仕組みを開発しました。

ワークショップの結果、認知が変わった社員が現れるなど、想像以上の効果が現れたからだと福井さんは語ります。対外的な説明においてもわかりやすい事例になり、なおかつロールモデルもつくりやすい状況が整ったことが、人材定義をするキッカケとなったと福井さんは語ります。

福井「事業デザイン人材の開発は、研修など軽い施策に落として毎年繰り返すこともできます。しかし、それよりもワークショップによる「カルピスの原液」のような濃い経験から得られる学びを、薄めることなく会社として再現可能にすることを目指しんたんです。ちょうどその時期に、『こういった職能が必要だよね』という議論があったこともあり、機会を捉えて集中的に投資することを決めました」

人材要件では、MIMIGURIが使っている「衝動」という言葉が参考になったと福井さんは語ります。NECソリューションイノベータでは、「自分をさらけ出して何かをする」ことは組織として動くときにノイズになるという経験的な学習が長いことなされていました。それが、組織を変革する上で、その組織学習がボトルネックになっていたのです。

特に事業開発や探索に携わるメンバーは、その認識を変えることが重要でした。ワークショップを切り口に、人材開発の再現性を高めるために、事業デザイン人材を更に掘り下げる段取りへと結果的になったといいます。

新たな人材要件を定義しても、実際の現場は一筋縄には行かず、これからも試行錯誤が続きます。それをオープンに言語化し、知として循環させるプラットフォームとして「組織学習を推進するメディア」の開発もNECソリューションイノベータは進めていく予定です。

組織学習の不完全さに向き合う

組織学習は​​不完全さがあり、常に再現可能なものではありません。別の環境での成功事例を鵜呑みにして実践してみたが効果が上がらない、学習は発生したがその場だけで終わってしまう、特定部署で学習が起こったとしても組織全体に広まらない……そのたびに状況に合わせて次の施策を判断する必要があります。

ただし、インパクトのある非連続的な変革は、断片的な学習が積み重なり、それが閾値を超えた時に形になるともいえます。学習が途切れてしまったように見えても、個人やグループの間で学習サイクルが回っていることもあり、効果がどこで現れるかはわかりません。

また、能力要件を定義した結果、他の既存の人材要件と整合性を取るのが難しくなることもあります。既存の施策と整合させる勘所はどこかを人事的にも考えなければなりません。事業デザインの職能は後発であるため、まずは周囲とは議論せずに適切な距離を置き、自分たちのやりたいことを定義することにリソースをかけています。

NECソリューションイノベータが今回の組織学習プロジェクトで手応えを得られた背景には、「組織」と「個人」の二元論ではなく、その中間で結びついている「自然発生したコミュニティを活かす」という工夫があったと福井さんは語ります。

福井「今回、白浜の合宿で『濃いカルピス』の原体験を得たコアメンバーたちは、意図せず横の繋がりで結びつく『仲の良い同期』だったんです。そのコミュニティを壊さないように気をつけて、意図的にゆるいコミュニティを維持してもらいました。『こう変わってほしい』という理想像はあるものの、違いも許容して、そこから染み出す文化に期待したんです」

今後は実業とつないでいくことを意識しながら、カルピスの経験をしていないメンバーにも知のバトンを渡しながら、「知の保存」を設計していくフェーズになります。今までやってきた経験や、暗黙的に立ち上がった成果を実業とつなぎ、再現性を上げていくフェーズに入っているそうです。

また、意図的に流動性をつくることで知の促進を起こす取り組みもしています。組織設計を頻繁に調整する、グループを変える、やるべき仕事を変えるなど、人を実際に動かして知の移転や保存を目指しています。

総括すると、いきなり理論を全面に出して「組織学習をやります」と宣言するのではなく、まずはやってみること。結果的に終わってみれば、理論に基づいたなと感じられる流れで、さらなる「知の保存」のフェーズを進めていければと考えています。

本記事は、NECソリューションイノベータの事例から組織学習における「理論と実践」の整合点や矛盾点について探ったイベント「組織は“学び“でどう変わるのか?:1万人超企業が挑戦する組織学習の実践知」の一部を記事化したものです。

CULTIBASE Labでは本イベントのアーカイブ動画を公開中です。今回記事にした内容のほか、

  • 組織学習の過程において、「多様な解釈」が発生することは良いことか?
  • しっかりと“出来上がっている組織”において、個々人が「ちょっと横の組織を覗く」状態を意図的につくるメリットと方法とは?
  • 既存事業と新規事業を連携させる時に役立つ “野生の勘”とは?
  • 100人の新規事業部隊が1万人の組織にどのように自分たちの貢献を示すべきか?

などの点についても解説しています。関心のある方は、ぜひ下記よりアーカイブ動画をご覧ください。

Text by Tetsuhiro Ishida


本コンテンツにもご出演いただいている原曉央さんが令和4年秋、ご逝去されました。ご冥福をお祈りするとともに謹んでお知らせ申し上げます。

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