結局、組織学習とは何なのか?:経営組織論研究者・​​安藤史江さんによる「組織学習概論」
結局、組織学習とは何なのか?:経営組織論研究者・​​安藤史江さんによる「組織学習概論」

結局、組織学習とは何なのか?:経営組織論研究者・​​安藤史江さんによる「組織学習概論」

2022.10.14/8

ビジネス書やセミナーなどで「組織学習」という言葉を目にしたことのある方は少なくないでしょう。

「個人の学習をいかに組織の成長につなげるか」といった文脈で取り上げられることもある概念ですが、その学術的な定義や研究知見をしっかりと把握している方はそう多くないかもしれません。そんな現状に対して、「CULTIBASE」では「組織学習の見取図」という連載を組み、その考え方や応用可能性を紹介・検討してきました。

本記事では経営組織論(組織学習論、組織変革論)、人的資源管理論を専門とする研究者で、『コア・テキスト 組織学習』の著者でもある、南山大学経営学部教授の安藤史江さんを招聘。「組織学習概論:学び続ける組織をつくるには?」をテーマに、組織学習論の定義・条件やよくある誤解から組織学習におけるミドルマネージャーの役割まで、最新研究を交えながら解説してもらいました。

なぜ今、組織学習が必要とされているのか。「両利きの経営」の基盤となり、組織の存続と成長の原動力となるそのメカニズムが明らかにされます。

プロフィール:
安藤 史江(南山大学経営学部教授)
1999年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。博士(経済学)(東京大学より、2000年に学位取得)。1999年南山大学経営学部経営学科専任講師。2002年より1年間米マサチューセッツ工科大学スローンスクールにて客員研究員。2003年南山大学経営学部助教授、同大学院ビジネス研究科准教授、教授を経て、現職。

組織学習とは?成立条件は「組織ルーティンの変化」

組織学習論は1990年代以降、ピーター・センゲの提唱する「学習する組織」理論の台頭で実務家からも関心を持たれるようになりましたが、もともと1950年代頃から研究されてきた理論です。

組織学習論には“ジャングル”と呼ばれるほどさまざまな定義が存在しており、研究者の関心や理論的基盤によって、どの定義を採用するかも異なっています。

それを踏まえた上で、私が組織学習の定義として採用するのは、フーバー(G.P. Huber, 1991)による「情報処理を通じて、学習主体(である組織)の潜在的な行動の範囲が変化すること(そのとき、組織学習が生じた、とみなす)」というものです。

では、「潜在的な行動の範囲の変化」とは具体的に何を指すのか。

一般には、知識が増えたり、行動が改善したり、ものの見方が転換したりすれば、「学習」が生じたと言えるでしょう。けれども、例えば知識は増えたけれど行動を伴わなかったり、ものの見方が転換されなかったりしたら、それは「学習した」とみなされないのでしょうか?

フーバーはこうした疑義に対し、一定の解決点を見出しました。それが、知識や行動、認知の変化を包括する「組織ルーティンの変化」を組織学習の成立条件とみなすことです。

組織ルーティンとは、タスクなどを遂行するために、組織の中で繰り返し用いられたり参照されたりしている、仕事に関する手続きや進め方のことです。これらには、マニュアルやルールなど明示的なものだけでなく、組織文化や社風など暗黙知として共有されているものも含まれています。

知識や行動、認知の変化が一時的なものではなく、再現性のあるものとして組織ルーティンの変化が起これば、組織学習が成立したと言えるのです。

個人の学習だけでは不十分。組織学習は「存続と成長の原動力」

なぜ組織学習が重要とされているのでしょうか。

結論から言えば、組織学習は組織の存続と成長の原動力になり得るからです。絶え間ない環境変化に対し、敏感に適応していかなければ、組織は存続できません。むしろ能動的な働きかけを行い、ルールを作る側に回るほどの発想や行動を行わなければ、組織の成長は望めないでしょう。

ここでよくいただくのは、「組織学習と個人の学習は何が違うのか?」という質問です。組織は個人によって構成されています。個人が学習すれば良いわけで、組織学習の有無を問題視することにどんな意味があるのか、といった指摘はもっともです。

ヘドバーグ(B. Hedberg,1981)の論考においても、組織メンバー個人による学習がなければ、組織学習は成り立たないとされています。ただし、それだけでは不十分であることもまた確かです。多くの論者によって、次の4つが当てはまるものが組織学習であると指摘されています。

(1)個人学習の単なる総和ではなくシナジーが生まれること

(2)共有された組織目標や文脈のもとで行われる「その組織ならでは」の学習であること

(3)組織内の他者に「伝達・広く共有」された「正統性」を獲得した学習であること

(4)長い年月や人員の入れ替わりを経ても「継続」される学習内容であること

先行きが見えない混沌の中、組織学習の「4つのプロセス」が発動する

単なる個人による学習を超えた組織学習は、「知識の獲得」→「情報の移転」→「情報の解釈」→「組織の記憶」という4つのフェーズから成ると言われています。このサイクルを繰り返し描くことによって、組織ルーティンを変化させていくことが組織学習だと言えます。

こうしたプロセスは自覚していようといまいと、ごく自然になされていることも少なくありません。例えば、社内で優れたアイデアが出てきたら、ほかの部署にも共有し、それぞれの部署内で応用され、組織に定着する。これもまた組織学習の一つです。

では、どのような環境において組織学習が発動するのでしょうか。

往々にして、秩序が保たれ環境が安定しているときには、学習しようという欲求は起こりません。裏を返せば、既存の組織ルーティンが機能不全を起こし、秩序が崩れると、それを改善すべく組織学習が発動します。

組織が混沌とした状況に置かれ、先行きが見えないとき、学習活動がもっとも盛んとなります。組織学習プロセスにより、新たな組織ルーティンを獲得することで、秩序が保たれ安定につながるのです。

城ではなくテントやシーソーを築く。組織学習の要諦は「新たな知への置き換え」

混沌としていて先行きが見えない時に発動する組織学習には、次の3つのパターンがあります。

1つは、「新たな知の単純な追加」。義務教育で学習指導要領にもとづいて学んでいくように、次から次に知を付け加えていくもの。

2つ目は、「既存知との融合」。学んだことをもとに少しずつ改善や変化させていくことです。この1つ目と2つ目は、日常の中でもよく見られることで、多くの方がイメージする学習の印象に近いでしょう。

そして3つ目のパターンが、「新たな知への置き換え」。既存知を一旦捨て(アンラーニング)、新たな知を取り入れることです。組織学習において、特にこの「新たな知への置き換え」が重要だと考えられています。

ヘドバーグ、ニストロム、スターバック(B. Hedberg, P. Nystrom & W. Starbuck,1976)によれば、組織および組織学習のあるべき姿のメタファーとして、「城」ではなく「テント」や「シーソー」を目指すべきだと論じています。

秩序が保たれ環境が安定している状況ならば、しっかりと時間をかけて堅固な城を築くことにも意味があるでしょう。けれどもいざ秩序が揺らぎ、城が崩れてしまえば、それを建て直すことは困難となります。

一方、テントであれば、必要な場所に持ち運んで簡単に組み立てることができ、用が済めばすぐに畳むことができる。どんな環境においても機敏に動くことができます。シーソーならば、グラグラと揺れている中で左右に振れることで安定することができる。いつでも秩序が崩れる可能性を認識した上で、つねに変化できる状態でいることが重要なのです。

ただ、組織が大きなものであるほど、既に堅牢な城を築いている状態で、テントやシーソーに移行するのが難しいのも確かです。城を築くことにもかなりのエネルギーを注いでおり、組織に属する人にとっても愛着のあるものとなっていて、なかなか変革できないのです。

そういった場合、時限的なチームやプロジェクトなど、小規模からテントやシーソーのように可変的な組織を目指し、積極的にアンラーニングや実験に取り組むことが突破口となり得るでしょう。

低次学習を疎かにしてはいけない。組織学習で把握すべき「3つの本質」

組織学習において、把握すべき3つの本質があります。

1つは、組織学習において「低次学習」と「高次学習」は両軸であり、いずれも重要であるということです。

組織学習には3つのパターンがあると前述しましたが、「新たな知の単純な追加」や「既存知との融合」が「低次学習」、そして「最も重要」とした「新たな知への置き換え」が「高次学習」にあたります。

しかし、だからと言って、低次学習を疎かにしていいというわけではありません。

組織行動学において「有能さの罠」「学習曲線の限界」といった研究で示されているように、成果が出ていたのに、いつのまにか環境変化によって成果が出なくなってしまった。あるいは本来そのタイミングでやり方を見直すべきだったのに、ただ目の前のことを一生懸命やることにとらわれてしまい、ますます成果が上がらなくなった……そういった事例は枚挙に暇がありません。高次学習の必要性は、低次学習に熱心に取り組んでいるにもかかわらず、成果が出なかったり、逆効果になったりする組織が多数あることから、注目されたものです。

その一方で、高次学習で新たな知識や発想を獲得するためには、吸収能力の構築も必要です。よく「雪だるまの核」にたとえられるのですが、知識は少しずつ積み重なり、肉づけされることで大きくなり、そこから新たな発想が生まれます。イノベーションが「新結合」と訳されるように、既存知の組み合わせから生まれることもあるのです。

さらにテントのたとえのように、不確実な環境において柔軟に対応できる「組織的即興」が注目されていますが、即興は十分に低次学習を積み重ね、高い専門能力を持った組織でしか起こり得ません。最低限の低次学習を行っていないことには、高次学習は成立しないのです。

2つ目は、組織学習は「両利きの経営」を支える基盤となるということです。

両利きの経営に関しては私も含め、さまざまな研究者が調査・研究していますが、最近の研究では「『深化・活用』と『探索・開発』はトレードオフの関係である」ということには疑問符がつくようになってきています。

だからと言って、両利きの経営はどんな組織でも可能だというわけではありません。両利きの経営を実現するためには、高次学習を生み出す仕組みづくりや、低次学習から高次学習へと引き上げる工夫が必要です。低次学習は、組織的な工夫や仕掛けがなければ高次学習へと移行することはありません。

3つ目は、組織学習とは、正統性を獲得するためのパワー・マネジメントであるということです。

人材や予算といった組織の資源は限られていますから、どのアイデアを採用し、注力するかは組織が決定します。その基準は必ずしも、組織に成果をもたらすかどうかだけではありません。クロッサン(Crossan et al., 1999)の研究では、客観的な正しさや、成果をあげることが、必ずしも組織の価値基準となるわけではないことが示されています。組織内ではつねに資源をめぐって、パワー(権力)の綱引きが行われているのです。

良いアイデアだから、あるいは社会的に正しい知識だからといって、採用されるとは限りません。実際に価値基準となっているのは、パワーや組織としての正統性です。

外部環境や内部環境に能動的に働きかけ、根回しやアピールをすることで組織の正統性を確保できる人やチームが、資源を集めることができるのです。組織の正統性を確保するとはつまり、組織ルーティンを変え、ルールを作り出すこと。単に資源が配分されるのを待っているだけでは、いつまで経ってもチャンスは巡ってきません。ですから、組織学習によって組織ルーティンを変えることが重要なのです。

「見える化」と「仕組み化」が組織学習を後押しする

組織学習を、文字通り組織の存続と成長につなげるため、ミドルマネジャーの果たすべき役割は重要です。

それを考える上で、大きく2つの観点があります。1つは、組織メンバーに対するマネジメントについて。

マネジャーは、職場内の学習活動が活発化するように支援することが重要です。よく、「それは前例がないから」「規則では認められていないから」などとメンバーに指導するマネジャーがいますが、人に備わっている学習意欲を阻害さえしなければ、おのずと学習活動は活発化します。

知らなかったことを知り、試したかったことを試して学習成果が得られたとき、人は最も成長することができます。ですから基本的には、組織メンバーを信頼し、さまざまな経験から学べるように機会を提供することが望ましいでしょう。その際、組織の大切にする価値や意味を共有し、心理的安全性の確保や逸脱を許容した上で、現場に任せることが肝要です。

そしてもう1つは、組織システムに対するマネジメントについて。組織学習を機能させるには、知識や学習成果を共有するシステムを整備することが重要です。

これは最近実施したリモートワークについての調査ですが、知識共有システムを充実させた上で組織メンバーが個人として学習すると、リモートワークの生産性が高まり、その肯定感も高くなることがわかりました。システムを整備することで、組織メンバーの学習成果とのシナジーが生まれるのです。

さらに、働き方改革に関する調査では、業務量、緊急性、関連性という3項目の見える化が進んでいる部署ほど、働き方改革に対する評価が高いことがわかりました。つまり、互いの業務の関連度や緊急度、重要度を見える化することで、働き方改革の成果が高まるということです。

ウェグナー(D. Wegner, 1986)の提唱する「トランザクティブ・メモリー・システム(Who knows what:誰が何を知っているのか)」という概念があります。組織の中で今、どんな仕事があり、どのように関連していて、誰が何を専門とし、どういうときに誰に頼めばいいのか、組織の記憶として保持しているということです。

組織が今、どんな課題に直面しているのか、組織ルーティンのどんな点に問題があるのか、そこで自分が何を学習すべきなのかを知るためには、他者を見渡す視点が必要。その視点を獲得するには、組織システムとして見える化の進展やトランザクティブ・メモリー・システムの構築を図ることが重要です。

そうして個人の知を個人にとどめることなく、意識的に共有システムを整えることが、組織学習の効果を引き出すのではないかと考えています。


本記事は、ミドルマネジャーの観点から組織学習についてお話しいただいたイベント「組織学習概論:学び続ける組織をつくるには?」の一部を記事化したものです。

CULTIBASE Labでは本イベントのアーカイブ動画を公開中です。今回ダイジェスト記事にした内容の全編に加え、MIMIGURIのFacilitator/Consultant・遠又圭佑、Editor・水波洸による内容解説やディスカッションも含めた約100分におよぶイベントとなりました。関心のある方は、ぜひ下記よりアーカイブ動画をご覧ください。

Text by Sachiyo Oya
Edit by Masaki Koike

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