全体的個人よ、ネットワークよ、システムに負けずに立ち上がれ――文化人類学者・小田亮さん、スマイルズ代表・遠山正道さん対談(前編)

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全体的個人よ、ネットワークよ、システムに負けずに立ち上がれ――文化人類学者・小田亮さん、スマイルズ代表・遠山正道さん対談(前編)

「企業は単なる収益を生み出す道具ではなく、知の創造体である」。これは、“ナレッジマネジメントの生みの親”とも称される経営学者・野中郁次郎さんの言葉です。1990年代、彼はイノベーティブで生産性の高い組織の特徴を、工業的システム下で全体が統制された構造ではなく、知識創造のサイクルを絶え間なく回し続ける小さなチームの集合だと捉え、昨今のアジャイル開発の基盤となった「スクラム」という概念を打ち立てました。

大きなシステムから、小さなネットワークへ。経済合理性ばかりではなく、知識創造や個人の当事者性にこそ重きを置く……近年の組織論の文脈で盛り上がりを見せるこうした視座は、かつてレヴィ=ストロースが示した「真正性の基準」に象徴されるような、人類学者たちが持つ共同体への眼差しと、多くの共通項を見出せます。

丁寧な参与観察、フィールドワークなどを通して、土着的なコミュニティの本質をじっくりと透かし見て抽出する人類学者たち。もし彼らが、“会社組織”という名の共同体に足を踏み入れたら、どんな発見を持ち帰るのでしょうか――。

2020年秋に上梓された『スマイルズという会社を人類学する-「全体的な個人」がつなぐ組織のあり方』は、“未来型”と称されることの多いユニークな会社・スマイルズの組織構造を、人類学的な手法で解体する一冊です。人類学と組織論・経営論がブリッジするこの本は、未来のよりよい会社のあり方を考える上で、とても示唆に富んだ内容となっています。

今回CULTIBASEでは、本書の発刊に合わせて、著者の一人である文化人類学者の小田亮さんと、スマイルズ代表取締役社長の遠山正道さんの対談を企画しました。スマイルズという組織を人類学的に考察する小田さんと、その鋭い視点に触発されて言葉を紡ぐ遠山さん。二人の言葉が折り重なった先に、果たしてどんな「組織の未来像」が見えてくるのでしょうか。

前編となる今回は、「なぜスマイルズの組織や社員は“面白い”と言われるのか?」という問いの探求からスタートし、共同体におけるシステムとネットワークの役割や、自律的な組織を目指す上でカギとなる概念「全体的個人」について、考察を深めていきます。

「スマイルズの共感は、うさんくさくない」――組織としてのユニークさの秘訣

遠山:この度は、スマイルズを題材に素敵な本をつくってくださって、ありがとうございました。

小田:いえいえ、こちらこそ約1年にわたる調査にご協力いただけて、感謝しております。おかげさまで、私たちもいろいろと勉強をさせてもらえました。

遠山:人類学というと、“未開の土地”と呼ばれるような場所を調査の対象にするイメージがあるのですが、今回のような“会社組織”を対象にするケースって、学術的にはよくあることなのでしょうか。

小田:日本では事例が少ないですが、世界的に見ればそこまで珍しいことではありませんね。人類学には「経営人類学」というジャンルがあって、会社組織をフィールドワークして本を出している学者は何人もいます。

株式会社スマイルズ 代表取締役社長 遠山正道さん

遠山:小田さんも何度かご経験があったと?

小田:いえ、実は初めての試みでした。2017年、今回の本の企画者である弘文堂の加藤聖子さんから「面白い会社があるので、研究対象にして本にまとめませんか?」と声をかけられて。話を聞くと確かに「風変わりな共同体を形成していて、分析しがいのありそうな会社だな」と感じたので、お引き受けしたんです。

ただ、調査を始めた当初は、加藤さんからの「面白い会社」という情報しかなくて(笑)。ほぼほぼ白紙の状態からのスタートだったので、その時点でどんな本になるかは、まったく想像ができていませんでした。

遠山:そこからウチの社員にインタビュー調査を始めてみて、会社としてどんな印象を持たれましたか。

小田:実際に現場でのインタビューを担当してくれた共著者の熊田(陽子)さんや阿部(朋垣)さんは、何人か話を聞き終わって「みんないい人たちだ」と口を揃えて言いました。あと、「共感」という言葉がやたら出てくると。僕はその時点では「なんかうさん臭いなこの会社、大丈夫なのか?」と不審がっていました(笑)。

けれども、インタビューの書き起こしを読みこんでいくと、スマイルズの社内で使われる「共感」は表面的な意思疎通のためのものではなく、もっと深い意味を持つキーワードなのだと分かってきたんですよね。

遠山:というと?

小田:一般的な共感とは「同感」に近く、元からある感覚を“確認し合う”ことで生まれるものです。しかしスマイルズでは、共感は“ないところから生み出していく”ものだと捉えられている。「自分がやりたいことを社内でやるために、周りの共感を獲得していく」といった具合に。こうした感覚が組織全体で共有されていることが、とてもユニークだと感じました。

遠山:ご指摘いただいた通り、我々は日頃から「共感」という言葉をよく使いますね。共感は、仕事を「自分ごと」にしていくための、大事なキーワードです。社内で主体的に興味を持てるものを見つけて、それを軸に周りの共感を集めてチームを組み、プロジェクトを走らせていく。私もそうやって、「Soup Stock Tokyo(スープストックトーキョー)」を事業にしていきました。

小田:仕事を自分ごとにする、つまりは「自分の内発的な関心を、仕事の起点とする」という意識を、スマイルズの皆さんはかなり強く持たれていますね。そして、そうした個人の思いの強さや「周りの共感を得られるか」といったことが、数字的なノルマよりも優先される判断軸として、社内に存在している。このあたりにも、スマイルズが「面白い会社だ」と言われる由縁だと思います。

遠山:面白い会社をつくりたいと思っているわけじゃないんですけどね(笑)。社員の一人ひとりが“ユニーク ≒ 唯一無二の存在”として、自分ごとに打ち込んでいく。そういう人間が集まっている組織だから、結果的に“ユニーク ≒ 面白い”と思ってもらえているのかなと。

組織にいる人々が、自然であってほしい――このことはコロナを経て、さらに強く感じるようになりました。自分の体や心に正直に過ごさないと、やっぱり人間はしんどくなってしまう。そういう意味で、スマイルズは「無理のない、自然な人間でいられる組織」であってほしいと思っています。

小田:「自然な人間」という表現は、とても素敵ですね。多くの会社組織は、ある目的の達成のために効率よく人材が配置される、非常にシステマチックな構造を有しています。資本主義的なシステムの中では、人は単なる歯車であることが求められる。そうした環境にい続けるのは、人間として不自然なんですよね。「人間はシステムの中だけでは生きていけない」というのは、人類学の原則でもあります。

では、人間が自然にその人らしく生きていくには、システムのほかに何が必要なのか。それが「ネットワーク」です。本書でも頻出するワードですが、共同体における「システム」と「ネットワーク」のあり方を考えていくことが、スマイルズの組織としてのユニークさをより鮮明にし、ひいてはよりよい未来型の会社組織の形を考えるヒントに繋がっていくでしょう。

人を代替可能な部品にしてしまう「システム」、そこに抗うための「ネットワーク」の重要性

遠山:組織における「システム」と「ネットワーク」について、少し解説をいただいてもいいですか?

小田:かみ砕いて説明すると、システムとは「複数の要素が一定の秩序を持って並んでいるまとまり」です。一般的に従来型の組織は「縦割りで固い階層構造を持つツリー状のシステム」で構成されています。なぜならば、こうした構造になっているほうが、組織内の不確定要素を減らし、生産性を効率よく上げることができるからです。

システムとは設計主義的で、構造内にある構成要素のすべてをコントロールしようとする力学が、否応なしに働きます。システムの影響下では、個人のユニークさはノイズとして排除される傾向にあり、構成員は「部分的な役割を淡々とこなす、代替可能な存在であること」を求められます。

遠山:それは肌感としてよく理解できます。私もそういった縦割りの大組織に限界を感じて、外に出てきた人間なので(笑)。

小田:一方でネットワークは「複数の要素が網目状に繋がっているまとまり」です。「ティール組織」などに代表される、水平方向に柔軟に広がる非階層的なネットワーク型の組織は、従来型と対比させて“未来型”だと言われることも少なくありません。

近代の資本主義社会では、あらゆる組織がシステムに寄りすぎてしまっていて、人間一人ひとりが「代替可能な部品」のように扱われがちになっている。しかし本来、人間は生まれながらに一人ひとり異なる存在であり、そのような無個性的な扱いをされれば、自尊心はすり減り続け、生きるよすがを失っていきます。「人間はシステムの中だけでは生きていけない」という言葉は、こうした背景から出てくるものです。

遠山:なるほど。

小田:そこでセーフティネットとなるのが、ネットワークの存在です。人類学の立場から見るネットワークとは、代替不可能な個人が、同じく代替不可能な個人と、役割や属性に縛られず有機的に繋がる関係性です。

たとえば、映画『釣りバカ日誌』の世界では、一社員の浜ちゃんと社長であるスーさんが、縦割りの社内の立場を超えて親交を深めていますよね。ああいった関係は、とてもネットワーク的だと言えます。

遠山:システムの中にも、ネットワークが根付いていると。

首都大学東京・都市教養学部人文社会系社会人類学分野元教授 小田亮さん

小田:そう、共同体の中でシステムとネットワークは共存するものなのです。近年のビジネス界隈には「縦割りの組織からフラットでネットワーク型の組織への移行しよう」といった主張もありますが、そこには誤解があります。共同体においてシステムを完全に棄却することは不可能ですし、ネットワークとはシステムのように“意図して設計できるもの”ではありません。

システマチックな組織内でも、個々が時間をかけて互いを知っていくことで、水平的なネットワークは自然と生まれます。ネットワークとしての繋がりは、一人ひとりがかけがえのない存在であること、つまりは個々の代替不可能性を担保し、システムのシャドーとして組織を支える働きをするのです。

遠山:それで言うと、スマイルズはネットワークとしての繋がりをベースにして、プロジェクトを組成するケースが大半ですね。

小田:もちろんスマイルズにも、ビジネスを堅実に回していくためのシステムは存在していますが、どちらかと言えばネットワーク型のチームや動きのほうが、組織全体で目立っています。普通の会社ならネットワークがシャドーなのに、むしろシステムが表から見えづらいシャドーになっている。この点はほかになかなか類を見ない、未来感のあるスマイルズの組織的な特徴だと感じます。

遠山:我々の中ではもはや文化として当たり前に溶け込んでいるものを、こうしてあらためて言語化してもらえること、とてもありがたいです。たしかに社風として、組織としても個人としても「システムの逆張り」を推奨する空気は、色濃く存在していますね。

小田:個人としても、ですか?

遠山:はい。「自分の内部にある要素を部分ではなくすべてを大事にしよう、それらを繋ぎ合わせてユニークなネットワークを設計しよう」といったニュアンスです。そのネットワークの一部に、仕事も組み込みましょうね、と。持っている興味関心や知識、経験などをすべて繋いで、かけ合わせの妙を見出していけば、一人ひとりは必ずユニークな存在になります。すべての要素が被る人間なんていませんから。

そして、個人の内部ネットワークから立ち現れるユニークネスが、仕事や生活に結びついていくと、それは「働きがい、生きがい」に接続していって、幸せを感じる時間が増えていく。まずは自分を満たす「1/1の幸せ」を大事にしてほしい……という話は、最近よく朝礼でするんですよ。手触りのある幸せが身近にあり、その延長線上に仕事があれば、人はシステムに管理されるような環境以上に、自走的でいいパフォーマンスをするはずです。

ネットワーク組成のカギを握る「全体的個人」の存在

小田:遠山さんが仰った「自分の内部にある複雑さ、全体性を大事にしよう」という姿勢は、まさに今回の本の副題にも掲げた「全体的個人」の在り方に重なります。この言葉は、一時的なシステムの都合や役割分担のために分割されることのない、“その人のすべて”という意味合いを表現するために、本書で初めて用いた造語です。

ネットワークとは全体的個人によって形成され、全体的個人はネットワークにおいて立ち現れてきます。ネットワークは人為的に設計できませんが、全体的個人が複数いれば、おのずと発生してくるものです。つまり、組織においては「いかに構成員がシステムに浸食されすぎず、全体的個人のままでいられるか」という視点を持てるとよいのではないか、と考えています。

遠山:全体的個人、すごくいい言葉ですよね。これにはジェラりました(笑)。日本語で「ユニーク」と言うと、「風変り」とか「尖った個性」「ファニー寄りの面白さ」みたいに誤解されがちですもんね。本来、誰もがそのままで十分ユニークなのに。その誤解を埋める言葉として「全体的個人」というのは、とても的を射ている表現だと感じました。

小田:スマイルズは、まさに全体的個人の集合体ですね。社員それぞれが自発的にユニークな動きをして、お互いを刺激し合いながら、ネットワークを広げていっている。どうして、そのようなユニークな人たちが集まる組織になっているのだと思いますか?

遠山:それで言うと、採用の視点が独特だからかもしれません。新卒採用の際、人事部に「私よりイケてる人を採ってよ」と頼んだことがあるのですが(笑)。私は「イケてる」って、社会的地位や役割にかかわらず「人の興味を引く要素がある」ということだと思っていて。お互いにずっと興味を失わないようなイケてる仲間と、一緒に仕事をしていたいんですよね。もっとも、こういった視点が「利潤を出し続けないといけない会社組織」として最適なのかどうかは、ちょっと判断しかねますけど。

小田:先ほど遠山さんは、「自然な人間」という表現を使っていましたよね。「自然な人間」と「イケてる人」と「全体的個人」は、それぞれ同じような対象を指す言葉なのでしょう。人は自然体で、十分複雑で面白みのある、イケてる存在であり得るのだと。

遠山:確かにそうですね。イケてる状態とは、人為的につくれるものではない気がします。

小田:今の流れで思い出したエピソードがあるのですが、お話しても?

遠山:ぜひ!

小田:最近、フィールドワークのためにケニアの農村に行った時のことです。その村では、みんなが同じ環境下で同じ作物をつくっていたのですが、その育て方がビックリするくらいバラバラだったんですよ。

遠山:同じものを、同じようにつくっているのに?

小田:そう、普通だったらお互いのやり方を参考にし合ったりして、「このやり方が一番いい」みたいな最適解を見出して、みんな似たようなやり方に落ち着いたりしそうですよね。でも、その村は違った。「こうするべき」「こうしちゃいけない」などと指揮を執ろうとする人は、誰もいません。システムのように縛るものがない自然な環境下だと、人間はここまでバラバラになるのだなと実感しました。

ただ、だからといって村人たちの関係性が希薄だったり、仲たがいをしていたりするわけじゃない。むしろ「お前のところはそんな感じでやってるのか、なるほどな!」とお互いに面白がっていて、農作業中もずっと楽しそうにおしゃべりしているんですよ。

遠山:自然なままだから、一人ひとりがユニークさが際立つ。そして、彼らはそれぞれの違いをそのまま面白がり合うことで繋がながら、ありのままの生活を享受しているのですね。

小田:そうなんです、私にはその様子がとてもまぶしく見えました。いま目の前にいるのは、たしかに全体的個人なのだ、とも感じましたね。

こうした「自然な違いを否定するでもなく、ただ面白がる豊かさ」を損ねてしまうシステムが、現代の企業社会には、あまりにも多い。そこにどう抵抗していくかが、これからの会社組織において、大きなキーポイントになってくると思います。

(後編へ続く)

執筆:西山武志
編集:モリジュンヤ
撮影:須古恵

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