“厄介な問題解決”としてのデザイン科学:連載「デザイン思考のルーツから、その本質を探る」第1回
“厄介な問題解決”としてのデザイン科学:連載「デザイン思考のルーツから、その本質を探る」第1回

“厄介な問題解決”としてのデザイン科学:連載「デザイン思考のルーツから、その本質を探る」第1回

2020.09.09/6

デザイン思考という言葉はかなり浸透したと言っても過言ではないでしょう。2018年に経済産業省と特許庁によって発表された“「デザイン経営」宣言”は、経営においてデザインの考え方がなぜ大切になるのかを示した、日本のデザイン政策における大きな転換点であったと言えます。しかしながら、デザイン経営やデザイン思考に対する理解は、さほど深まっているようには思えません。

それもそのはず、そう簡単に理解するのは難しいのです。デザイン思考という考え方は1965年のブルース・アーチャーに始まり、多くの研究者や実践者による検討が行われてきた歴史のあるもの。もっと遡れば、バウハウスの思想や行き過ぎた工業化への反省など、幅広い背景の中で生まれてきた考え方です。単にトレンドとしてまとめられるようなものではありません。

全3回の短期連載「デザイン思考のルーツから、その本質を探る」は、こうした背景を事細かに記述することは主意ではないのですが、全体感を掴んでいただくために、1960年代以降にどのような変遷を辿ってきたのかを簡単に見ていきたいと思います。

アーチャーとサイモンによるデザインの思考の科学
“厄介な問題”をいかに発見するか
ダブルダイヤモンド:デザインプロセスの可視化


アーチャーとサイモンによるデザインの思考の科学

まず挙げられるのが、最初期にデザイン思考という言葉を使ったと言われているL・ブルース・アーチャーです。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートにデザイン・リサーチ・ユニットを設立し、デザイン・プロセスの構造化に取り組み、国際的なデザインの学会であるDesign Reserch Society(DRS)の設立も支援した彼は、著書の中で「デザインとは手作業によるスキルであるだけでなく、専門知識に基づいた独自の領域であると考えられるべきであり、デザインの過程には厳密な方法論と研究原理が組み込まれねばならない。」と述べています。

コンピュータの力も組み合わさって問題解決に対するシステム的な方法が発展していく中で、デザインの扱う問題そのものと解決の質向上のために、アーチャーはデザインの考え方を紐解き、デザイン・プロセスのモデルとして構造化することを試みています。ここにデザインに固有の「思考のあり方」そのものを科学しようとする、今日に繋がる源流があると言っても良いでしょう。

デザインに関する研究が広がりはじめる中、1969年にはハーバート・A・サイモンが、デザインの過程に関する学問として「デザイン科学」を提唱しています。

彼はすべての人工物は、自然あるいは独立的に存在しているのではなく、インタフェース(接面)を介して相互に成り立たせており、こうしたシステムを寄り良い姿に変えていくこと、彼の言葉を引用すれば「既存の環境を改善して、望ましい環境に変える(最適化する)プロセス」こそデザインであると整理しています。

つまり、デザインの本質的な目的を、「複雑なシステムの関係性を紐解き、より良い姿を目指すこと」に置いていたことがわかります。1960年代のこうした流れは、デザインの行為に潜む思考のあり方をより一般化するための試みとしての源流に位置づく取り組みです。

“厄介な問題”をいかに発見するか

アーチャーやサイモンに共通する姿勢は、デザインが紐解く複雑で階層的な課題解決のプロセスをモデル化し、よりデザイン活動の解像度を高めることにあります。一方で、デザインアプローチの全てを科学的に解き明かせるのかという疑問も、常に掲げられてきました。

ホースト・リッテルやジェフリー・コンクリン、リチャード・ブキャナンらによって挙げられた「厄介な問題(Wicked Problems)」はその代表例です。解決したことによってしか解いた問題を理解できないような問題、もう少し詳しく言えば、複雑に利害を伴う関係性が絡み合い、何をどのように解けばより良い状況に向かうのかさえわからないような問題のことを指しています。

リッテルらによる「厄介な問題」の特徴(抜粋)

1)問題の詳細を説明したり、定式化したりすることができない。
2)解決したと完了させることができず、解決策を常に探求し続ける必要がある。
3)解決策の正否を客観的に評価することはできず、自らの判断で選択する必要がある。
4)解決策の効果はすぐにテストすることは難しく、時間とともに予想外の結果をもたらす。

問題の3分類

・Simple problems: 解くことが容易、問題もソリューションも明確
 例: マニュアル作成、泣く子供にミルク

・Complex problems: 解くことが困難、問題もソリューションも明確ではないが、 時間とともに明らかになる
 例: 人を月に送る、子供を安全に育てる

・Wicked problems: 定義することが困難、問題もソリューションも明確ではなく、 定義しようとしている間に変化する
 例: NASAの方向性、子供をどういう大人に?

行動観察研究所・松波晴人氏「Wicked Problemを解くには?」より

ダブルダイヤモンド:デザインプロセスの可視化

こうした「厄介な問題」という視点の提示によって、複雑な問題をどう紐解くかという「問題解決」のプロセスから、どのように解くべき問題を定義するかという「問題発見」のプロセスへと、デザイン科学の興味は移っていきました。2004年には英国デザインカウンシルが、ダブルダイヤモンドモデルを提唱し、デザインのプロセスを「問題発見」と「問題解決」の連なりであることを定式化したのです。

ダブルダイヤモンドモデル

1つ目のダイヤモンドは、問題を発見するプロセスを示しています。そして2つ目のダイヤモンドは、問題を解決するプロセスを示しています。この2つのダイヤモンドの組み合わせによって、デザインプロセスは構成されているという関係性を、明確に位置付けています。

今日の社会にある問題の大多数は「厄介な問題」であると考えて良いでしょう。一方でその事実に気がつかないまま、問題らしいものを解決しようと、いきなりアイデアを考えてしまっていることも少なくありません。必ず問題の姿そのものを捉え直すことから始めるというデザインプロセスの姿勢が、ダブルダイヤモンドモデルには現れていると言って良いでしょう。

このようにして、アーチャー、サイモン、リッテルをはじめとした、先人たちによるデザインの思考プロセスの本質に迫る試みを経て、今日でも幅広くデザインプロセスの土台として引用されるダブルダイヤモンドモデルへと繋がっていきました。

それでは、この問題発見と問題解決のプロセスのなかで、デザイナーはどのように思考の過程を積み重ねているのでしょうか?次回の記事では、もう少しその思考プロセスの特徴に踏み込むことで、デザイン思考の本質に迫っていきます。

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