「いっしょにつくる」ことが、予定調和を超えたデザインの可能性を示す:連載「コ・デザインをめぐる問いかけ」第2回
「いっしょにつくる」ことが、予定調和を超えたデザインの可能性を示す:連載「コ・デザインをめぐる問いかけ」第2回

「いっしょにつくる」ことが、予定調和を超えたデザインの可能性を示す:連載「コ・デザインをめぐる問いかけ」第2回

2020.09.11/10

上平 崇仁

上平 崇仁

限られた専門家だけでなく、実際の利用者や利害に関わる人々が積極的に加わりながらデザインを進めていく「コ・デザイン(Co-Design)」というアプローチがあります。『いっしょにデザインする コ・デザイン(協働のデザイン)における原理と実践(仮)』を今秋に出版予定の上平︎崇仁さんによる連載の第2回目では、コペンハーゲンにおける公園づくりの参加型デザインの事例を挙げながら、「いっしょにデザインすること」を取りまく3つの視点を紹介します。

目次

「協働のデザイン」というアプローチ
公園づくりのプロセスに、子供達も参加した事例
「いっしょにデザインする」ことで生まれる3つの新たな相互作用
見落としがちな視点を提示する力
領域の壁やしがらみを破壊する力
当事者自身を力づけ、持続させる力


「協働のデザイン」というアプローチ

現在ではデザイナーや専門家と言った限られた人々によってデザインするのではなくて、実際の利用者や利害関係者たちをプロジェクトの中に積極的に巻き込んでいく取り組みが世界中で活発になっています。

閉じられた環境ではなく、積極的に開いていくことを志向する、そんなデザインのあり方は、コ・デザイン(Co-Design)と呼ばれています。Coは、接頭語で、「共に」や「協働して行う」という意味です。当初はCooperative Designとも呼ばれましたが、現在では縮めてCo-Design、またはハイフンを抜いてCoDesignという単語になっています。

日本語で言えば、意味的には「協働のデザイン」、さらにかみ砕いた言葉では、「いっしょにデザインすること」となります。コ・デザインとは、グラフィックやファッションなどのように領域を示すものではなく、デザインにおけるアプローチ(対象に接近していくための一連の取り組み過程や考え方)の一つです。

公園づくりのプロセスに、子供達も参加した事例

まず、一目でわかる事例を見てみましょう。写真はコペンハーゲンに立地する、ある小学校の校舎です。

この小学校が立地している地域には元々公園が少ないという事情がありました。そこで再開発が行われた時には、小学校の敷地は壁が取り払われ、遊具や広場は地域の中で共有することを狙った計画が行われています。これらの環境のデザインはこの学校の子供達と建築事務所のコラボレーションによって行われました。

中でも特徴的なのがこのらせん状の滑り台です。「校舎の上から一気に下まで降りたい!」という子供達の突拍子もない発想を建築家が上手にすくいあげ、制約を乗り越えた上で実装しています。まるで学校帰りの子供達の歓声が聞こえてくるようなユニークなアイデアです。

ここで重要なこととして、建築家は、見せかけのように利用者に意見を聞いたりするのではなくて、実際の利用者としての子供の視点を尊重した上で、大人にはないユニークな発想を取り入れるために子供達に協力してもらっていることを指摘できるでしょう。

この滑り台には、設計する側が実際の利用者側と相互作用することによって、より高い創造へジャンプすること、つまり「いっしょにつくる」ことを通して、予定調和を超えてデザインすることの可能性が示されています。

そしてそこだけで終わっていません。つくられたものは地域全体で共有され、住民たちの誇りにつながっています。自分たちの場所を共につくっていくストーリーが地域の中で持続しているのです。このような、人々の関わり合いの中で生み出されるダイナミズムこそが、コ・デザインの醍醐味と言えます。

「いっしょにデザインする」ことで生まれる3つの新たな相互作用

コ・デザインでは、「実際の利用者」や「利害関係者たち」がデザインの過程に積極的に加わっていきます。加わるとは、プロジェクトの中においてなんらかの役割を担うことです。それぞれの立場や属性を尊重した上で、それぞれの人が役割を持ち協働することで、一人では決して生まれない相互作用が発生します。そこにはどのような力が生まれるのでしょうか。大きく3つの視点を挙げることができます。

見落としがちな視点を提示する力

何かをデザインする場合、その対象を深く理解するために、実際の現場をよく観察してインプットの源泉にすること、発見したものごとを一歩踏み込んで洞察することの大切さはよく語られます。セオリーとして今では共通認識になっていると言ってもいいぐらいです。

しかしながら、どこまで徹底的に調べたとしても、調査する範囲の制約はあるもので、長期的に利用していく当事者の気持ちや、刻々と変化する文脈を探り当てることは難しいものです。そこで使い手側にいた人々がチームの中に加わり、(部分的にでも)作り手になることで、見落とされやすい視点を洗い出すことに貢献することができます。専門家からでも見えていないことは、実はたくさんあります。

デザインするための要件を外部から調べるだけでなく、「使う人が自分でプロトタイプを作ってみる」ことも内部からしか見えない現場の文脈が思いがけない形で見えてきたりするものです。成果物を構想する際に、多角的な視点を取り入れていく仕組みをつくることは、大変重要です。

領域の壁やしがらみを破壊する力

デザインのプロジェクトを進めていく中では、さまざまな専門分野を持つ人々が連携する必要が生まれます。しかし領域が違うと、自分の責任を持つ範囲が決まってしまいがちです。バックグラウンドが違うと、職能的な美意識や使っている言葉の意味も少しずつ異なるのが普通です。それぞれの専門家が相互の仕事に立ち入らず、繋ぐべきところを繋がなかった場合、誰も得しない奇怪な成果物ができることになります。

そんな場に、実際につかっていく立場の人が居ることは、本来の目的に立ち返り、生まれがちな壁を超えていくことに貢献するでしょう。本物の利用者だからこそ、しばしば縦割りになりがちな既存の組織を壊し、領域の壁やしがらみを取り払い、異分野を結びつけて共通の目的を達成するための「触媒」になることができます。

当事者自身を力づけ、持続させる力

実際の利用者とは、ただ使うだけの人ではありません。実際に「コトに当たる人」ととらえれば、「当事者」ととらえられます。当事者たちはプロジェクトに加わり、専門家と関わりあう経験を通してその場のデザインの問題を自分に近づけていきます。お客様的な立場から作り手に回ることによって、他人事ではない責任感が生み出されます。そして「自分たちで自分の周囲を変えていくことができた」ことは、その人の人生を力づけるはずです。そんな経験を得ることで、開発のフェーズが終わった後でも、自分たちで状況の変化に対応しつつよりよく持続させていく可能性を高めます。

また同時に、実際にデザインに関わってみることで、その意味を理解し、社会で行われているデザインを正しく評価できるようになるという点も見逃せません。「なぜデザインにはそれほどお金や時間がかかるのか」と言った、つくられる過程が見えないことから生じる誤解や偏見も減らすこともできるでしょう。

こうして見てみると、特別な「スキル」を持たない人々であっても、なんらかのかたちでデザインのプロジェクトに貢献することができるような「チカラ」――言い換えれば「専門性」――はあちこちに埋もれていることに気がつかないでしょうか。

人間は何かしらの専門性を持つものです。子供は遊びのスペシャリストですし、主婦は家事のスペシャリストです。思うように身体を動かせずもどかしさや悔しさを感じる気持ちは、そのことに耐えている人でなければわかりません。日々向き合っているからこそ見えていることや感じていることは必ずあるものです。

その一つ一つの専門性は小さなものかもしれませんが、うまく組み合わせることで自分だけのチカラを発揮できるはずです。そんな場をつくる試みがあるのならば、加わることをためらう必要はありません。


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ライター:上平 崇仁
専修⼤学ネットワーク情報学部教授。グラフィックデザイナーを経て、2000年から情報デザインの教育・研究に従事。近年は社会性への視点を強め、デザイナーだけでは⼿に負えない複雑な問題や厄介な問題に対して、⼈々の相互作⽤を活かして⽴ち向かっていくためのCoDesign(協働のデザイン)の仕組みや理論について探求している。15-16年にはコペンハーゲンIT⼤学客員研究員として、北欧の参加型デザインの調査研究に従事。秋頃にCoDesignに関する書籍(単著/NTT 出版)を上梓予定。

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