人や社会がクリエイティビティを発揮するには?アート鑑賞と表現、インスピレーションの関係に学ぶ
人や社会がクリエイティビティを発揮するには?アート鑑賞と表現、インスピレーションの関係に学ぶ

人や社会がクリエイティビティを発揮するには?アート鑑賞と表現、インスピレーションの関係に学ぶ

2020.11.19/12

何かを見たり聞いたりして、ふと新たなアイデアが浮かぶ。そうした体験や感覚は「インスピレーション(ひらめき、触発)」と呼ばれ、個人や組織が創造性を発揮するうえで重要な役割を担っています。

CULTIBASE Lab会員向けオンラインプログラム「アートゼミ」の第3回目では、そんな「インスピレーション」について取り上げました。

登壇いただいたゲストは、金沢工業大学情報フロンティア学部心理科学科 助教の石黒千晶さん。

石黒さんは、芸術活動におけるインスピレーション、アート鑑賞や表現から育まれる能力について、心理学や認知科学の視点で研究。芸術・文化活動の意義を実証的に解き明かすとともに、学校や美術館でのアート教育プログラム開発にも取り組まれています。

芸術活動におけるインスピレーションとは何なのか、どのような条件が揃ったときに発現するのか。それらは個人や組織の表現や創造性の発揮にどのようにつながるのか。石黒さんの研究内容を共有いただき、「アートゼミ」の主宰者である臼井と田中も交えて語り合いました。

目次
芸術活動は「インスピレーション」と「提案」から成る
他者の創作と自分の創作への“デュアルフォーカス”が鍵
「鑑賞の焦点」と「インスピレーション」「表現」の関係
創造性の発揮に欠かせないのは“自信”と“安心”


芸術活動は「インスピレーション」と「提案」から成る

初めに、芸術活動におけるインスピレーションを考える前提となる社会変化について、石黒さんが共有しました。

石黒 少し前まで、絵を描いたり写真を撮ったりするには、一定の技術的な訓練が必要でした。けれど、今では誰もがInstagramやYouTubeを使って、イラストや写真、動画などの表現ができるようになりました。

アマチュアかプロフェッショナルかを問わず、多様な人が多様な形でアートを、楽しんでいる。現代は「誰もがクリエイティブになれる時代」であると捉えています。

アートを専門としない人たちも鑑賞や表現を自由に楽しめる。そんな「誰もがクリエイティブになれる社会」において、芸術活動のあり方はどのように変化しているのでしょうか。

石黒さんは「アートを介したコミュニケーション」に近づいていると考えています。

石黒 誰かが創った作品に対し、別の誰かがイマジネーションを働かせ、自由に解釈をする。その解釈から、また新たな作品が生まれる。こうした連続するコミュニケーションが起きているのではないでしょうか。

学芸員や評論家が「この作品はこう解釈できる」と言うだけでなく、それらも参照しながら、誰もが自由にイマジネーションをめぐらせ、自身の表現や創造につなげる。

私の博士課程の指導教官であり、現在も共同研究をしている岡田教授(※)は、こうしたやりとりを「イマジネーションの世界のコミュニケーション」と形容されています。

※ 東京大学大学院教育学研究科 情報学環・学際情報学府 岡田猛 教授

誰か一人の表現が、別の誰かのイマジネーションを喚起し、また次の表現へと連鎖していく。石黒さんの語る「アートを介したコミュニケーション」は、一般的に「芸術活動」と聞いてイメージする活動よりも、さらに広い意味で捉えられるように思います。

石黒さんは、従来の「鑑賞と表現」が「インスピレーション(触発)と提案」とも置き換えられると語ります。

石黒 これまで「鑑賞」とは、作品を見て好き嫌いを評価したり、意義を理解したりするプロセスでした。

しかし、アートを介したコミュニケーションから考えていくと、「鑑賞」とは、他の人の作品を見てインスピレーションが起こり、新たなイマジネーションが湧いていくプロセス。「表現」とは、新たなイマジネーションを、世界へと提案するプロセスと言い換えられると思っています。

「鑑賞」とは、ただ受動的に作品を見るだけでなく、次なる「表現」の種を得る、非常にクリエイティブなプロセスと言えるのです。

他者の創作と自分の創作への“デュアルフォーカス”が鍵

新たなイマジネーションを湧かせ、次の表現の種を得る。インスピレーションは、芸術活動に限らず、私たちが仕事や日常生活のなかで創造性を発揮し、新しい何かを生み出すときにも欠かせないプロセスのように思います。

では、そのインスピレーションはどのような条件のもとで生まれるのでしょうか。石黒さんは、自身の専門とする心理学の視点から、インスピレーションが発現するプロセスを紐解いていきます。

石黒 アメリカの心理学者トッド・スラッシュとアンドリュー・エリオットは、インスピレーションが生まれるプロセスを大きく「Evocation(喚起)」と「Transcendence(超越)」に分けています。

「喚起」とは、何かアイディアや感情が湧き上がってくる感覚で、「超越」は、今の自分の状態から新しい状態に移っていく、向かっていく、変えていこうとする感覚です。

心理学におけるインスピレーションのプロセスをどのように芸術活動にも応用できるのか。石黒さんは、作品の鑑賞や表現のプロセスを解き明かしながら、研究を重ねてきました。

そこで明らかになってきたのは、鑑賞において「『他者作品の評価』と『自分の創作への省察』を行き来する」重要性です。

石黒 鑑賞というプロセスは「この作品好きだな」とか「この作品こういう価値がありそうだ」など、作品を評価する段階から始まります。

そこからインスピレーションにいたるには、他者の作品から自身の創作にも目を向け、振り返る必要がある。

実際に、私と岡田教授で共同実施した調査でも、一つの作品を見ながら「自分が同じテーマで描くならどうだろう?」と考えた人のほうが、よりワクワクする感覚を得て、新しいアイディアが湧いたと回答しました。

「他者作品の評価」と「自分の創作への省察」を行き来する。私たちはこうした「デュアルフォーカス」が、インスピレーションにいたるために重要だと考えています。

また、同様の研究では「自分の表現について自信がある」人ほど、デュアルフォーカス状態になりやすく、結果的にインスピレーションにいたりやすいことが明らかになりました。

石黒 個人の経験やパーソナリティが、どうインスピレーションに影響するかを分析していくと、アートや美術の活動経験よりも自信が大きく影響していました。

つまり、どれだけ経験があっても「他にもっと凄い人がいるから」と謙遜、萎縮していると、インスピレーションが起きづらくなってしまう。

調査前は経験のほうが影響が大きいだろうと考えていたので、大変興味深い結果でした。

「鑑賞の焦点」と「インスピレーション」「表現」の関係

続いて、石黒さんはインスピレーションにいたり、自身の「表現」の質を高める方法について、研究成果を紹介しました。

石黒さんが重要なポイントとして挙げたのは「物理的特徴だけではなく、心理的特徴にも焦点を当てること」です。

石黒 作品を鑑賞するときに何に目を向けるのか。まずは視覚的な特徴が挙げられますよね。これは色や形、質感などの特徴を指します。

もう一つが、心理的特徴です。例えば「この作品の作者はどんな人だろう」とか「この作品はどんなふうに描かれたのだろう」といった、作品自体には描かれていない特徴を指します。

両方の特徴にフォーカスして想像を膨らませることが、多様なアイディア、ひいては豊かな表現につながると考えています。

「物理的特徴と心理的特徴に焦点を当てること」が、具体的にどのように表現の質に影響するのでしょうか。

石黒さんは、先ほど説明した「デュアルフォーカス状態」と「物理的特徴と心理的特徴」を参考に、インスピレーションと表現の質を説明するモデルを作成しています。

そのモデルをもとに具体例を共有しました。

石黒 例えば、写真を見て「若い女性が車椅子の男性を見ている」という物理的特徴を知覚しているだけ、あるいは「この作品は大量に撮影したスナップ写真から、偶然選んだ一枚なのだろう」と心理的特徴を思い浮かべる。これは他者作品を評価しているだけですからインスピレーションは起こりません。

では、写真を見て「交差する光と影が印象的だ」と物理的特徴を知覚し、「私はあまりライティングを意識していない」と自身の創作を振り返ったとします。そうすればインスピレーションが生まれ、その人の次回の表現では、少しライティングについて変化があるかもしれません。

石黒さんは、そこからさらに心理的特徴レベルでもデュアルフォーカスが起き、インスピレーションにいたれば、表現の「プロセス」も変化し得ると語ります。

石黒 では「この作品は大量に撮影したスナップ写真から、偶然選んだ一枚なのだろう」という心理的特徴を掴み、さらに「私は普段そこまで沢山写真を撮影していないな」と自分を振り返ったとします。

そうすると、その人は次の作品において「沢山撮影してから作品を選ぶ」というプロセスを試してみるかもしれません。

このように物理的特徴レベルのインスピレーションによって表現の見た目が、心理的特徴レベルのインスピレーションによって表現のプロセスが、それぞれ変容すると言えるのではないかと考えています。

創造性の発揮に欠かせないのは“自信”と“安心”

石黒さんによる発表後は、臼井と田中でインスピレーションと人や組織の創造性について、対話を行いました。

田中は「自信の有無がデュアルフォーカス、ひいてはインスピレーションにつながる」という話が「アート以外でも当てはまるのでは」と語ります。

田中 例えば、企業の商品開発でも「あの商品すごいな、うちでは無理だな」と萎縮していては、インスピレーションは生まれません。相手と自分は対等である、自分にもできるという前提に立ち、自身の表現につなげるのは、あらゆる分野において大切そうです。

「自分にもできる」という自信の重要性に関連し、石黒さんは社会心理学における「社会的比較」という用語を共有しました。

石黒 「社会的比較」とは、他者と自分を比較し、自分の評価や立ち位置を把握することを指します。この社会的比較にまつわる理論や研究でも「インスピレーション」という単語は出てくるんです。

例えば、ビジネス分野において成功者と対面したときに、インスピレーションを受け、自身の変化につなげられるか。その違いは「自分がどれくらい成功できると信じているか」に影響されるという説もあります。

石黒さんの発言を踏まえ、臼井は「自分の創造性に対する自信、いわゆるクリエイティブコンフィデンスの高くない人が、インスピレーションにいたりやすい状態になるには何ができるのでしょうか?」と問いを投げかけます。

石黒 あくまでアート教育の現場での経験から考えたことですが、誰もが安心してアイディアを発信できる空気をつくるのは非常に重要だと感じます。

私自身がプログラムを行う際も「どのような意見を出しても良い」「皆の意見に平等に価値がある」と伝えることを心がけています。

安心して発信できる空気をつくるという石黒さんの発言を受け、臼井は「インスピレーションにいたりやすい環境をどう設計するか」という新たな問いを得られたようです。

臼井「『この場だとアイディアを出しても受け止めてもらえた』あるいは『自分のアイディアが思わぬ方向に転がって楽しかった』という成功体験を積むことで、クリエイティブコンフィデンスは高まっていくのかもしれません。

そうした環境をどう設計するかといったとき、組織開発における心理的安全性や対話の重要性なども参考になりそうです。インスピレーションと組織開発という点からも今後考えを深めていきたいです」

インスピレーションが発現する条件や表現の質につなげる方法など、石黒さんのお話には、アート領域に限らず、広く人や社会の創造性を高めるうえで重要なヒントや気づきが詰まっていました。

また、表現の質とプロセスを変容させるために「デュアルフォーカス状態」と「物理的特徴と心理的特徴の行き来」が必要という点は、企業においてアートを活用し、新たなアイディアの創造や、組織における関係性の変容に取り組むうえでも参考になるように思います。

アートは組織開発でいかに活用可能か
アートは組織開発でいかに活用可能か

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■主な参考文献
岡田猛, & 縣拓充. (2020). 芸術表現の創造と鑑賞, およびその学びの支援. 教育心理学年報, 59, 144-169. 
https://www.jstage.jst.go.jp/article/arepj/59/0/59_144/_pdf
Ishiguro, C., & Okada, T. (2018). How can inspiration be encouraged in art learning. In T. 
Chemi, & X. Du (Eds.), Arts-based methods in education around the world (pp.205-230). Gistrup, Denmark: River Publishers. https://www.riverpublishers.com/pdf/ebook/chapter/RP_9788793609372C9.pdf
Ishiguro, C., & Okada, T. (2019). How does art appreciation promote artistic inspiration? Proceedings of the 41th Annual Meeting of the Cognitive Science Society (p.3286). Montreal, QB: Cognitive Science Society.
石黒千晶・岡田 猛 (2018). 絵画鑑賞はどのように表現への触発を促進するのか? 心理学研究, 90, 21-31. 
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/advpub/0/advpub_90.17056/_pdf
Ishiguro, C. & Okada, T. (2020). How does art viewing inspires creativity? The Journal of Creative Behavior, 0, 1-12. DOI: 10.1002/jocb.469 

執筆:村上未萌
編集:向晴香

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