コミュニティマネジメントを読み解く:協働が社会を変える「制度的起業家」の実践知

コミュニティマネジメントを読み解く:協働が社会を変える「制度的起業家」の実践知

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14分

現代社会が直面する課題は、もはや単一の組織やセクターの努力だけで解決できるものではありません。地域での孤立問題、環境問題、子育て支援、災害復興など、複雑に絡み合う課題に対応するためには、行政、企業、NPO、大学、地域住民といった多様な主体がそれぞれの強みを持ち寄り、協働することが不可欠です。このような多角的な連携を戦略的かつ継続的に推進する上で中心となるのが、「コミュニティマネジメント」という概念です。

「コミュニティマネジメント」は、私たちの日常会話で頻繁に耳にする一方で、その具体的な意味合いは文脈によって大きく異なります。この多義性こそが、この概念の奥深さを物語っています。本稿では、この多角的な視点からコミュニティマネジメントの多様な側面を掘り下げるとともに、組織間の協働が社会の「制度」そのものを変革する可能性に焦点を当て、その可能性について考察します。

協働が「制度」を変える力:「制度フィールド」の視点

さまざまな「コミュニティマネジメント」の概念がある中で、本記事では「制度フィールド(Institutional Field)」からの視点に注目しようと思います。この理論は、組織間の協働が単なる一時的な連携や情報共有に留まらず、社会の「制度」そのものを変革する可能性を秘めているという、コミュニティマネジメントのより深く、本質的な側面を浮き彫りにするからです。

従来のコミュニティマネジメントに関する議論は、個々のプロジェクトの成功や、関係者間の円滑なコミュニケーションの促進に焦点を当てがちでした。もちろん、これらも重要な側面ではありますが、現代社会の複雑な課題に対処するためには、より根源的な変化、すなわち社会を動かす「ルール」や「規範」、「当たり前」といった制度そのものに働きかける視点が不可欠です。新制度論(New Institutionalism)の代表的研究者であるLawrenceらは「制度」について次のように定義しています。

制度とは?(Lawrence,Hardy&Philips,2002)
制度とは、比較的広く普及した慣習・技術・規則であり、他の慣習・技術・規則を選ぶことが高コストになるという意味で、定着しているものである。
Institutions are relatively widely diffused practices, technologies, or rules that have become entrenched in the sense that it is costly to choose other practices, technologies, or rules.

Lawrenceら(2002)は、パレスチナにおける小規模NGO「Mere et Enfant」の協働実践を対象に、協働が新たな実践や規則、技術を生み出し、それが「プロト制度(proto-institutions)」として拡散していく過程を描き出しました。ここでいう制度フィールドとは、反復的な相互作用を通じて共通の理解や実践が形成・再生産される場のことです。市場やヒエラルキーに基づく関係が既存の統治メカニズムの枠内で交渉を行うのに対し、協働は継続的なコミュニケーションによって交渉される関係であり、それが新たな理解や規範、実践を生み出し、フィールド全体に伝播しうると論じられています。

たとえば、Mere et Enfantとオスロ大学栄養学部との協働では、同NGOが現地で培った栄養知識と大学側の学術的知見が結びつき、パレスチナ保健省職員向けの研修やワークショップが行われました。この協働を通じて、単なる共同事業を超えて「保健省とNGO、学術機関が定期的に協議を行う」という新しい相談・意思決定の実践が確立されました。当初は協働内部の工夫にすぎなかったこの方法は、やがて保健省に広がり、国の栄養政策策定プロセスにも組み込まれるようになったのです

これらの事例を踏まえ、Lawrenceら(2002)は、協働がまずその内部で新しい実践などを生み出し、それが特定の協働関係を超えて採用・拡散されると「プロト制度」になる、という多段階プロセスを提示しました。ここでいうプロト制度は、まだ拡散範囲が限定的で定着は弱いものの、協働の中で生まれた新しい実践やルールが、広がりと反復を通じて制度化する可能性をもつ「制度の芽」のような存在です。変化が求められる現場において、小さな試みがやがて社会全体の規範や仕組みへと育つ過程を捉える視点として有効です。すなわち制度は上から与えられるものではなく、現場の関係性や対話の中から創造されることを示しています。

さらに、Lawrenceらは、協働の内的な結びつきの度合い(involvement)と、協働が第三者や広いネットワークにどれだけ結びついているか(embeddedness)という二つの次元を抽出しました。そして、両方の度合いが高い協働ほど、プロト制度の創出と拡散が起こりやすいと提唱しています。つまり、深い相互作用と双方向の学習を伴う緊密な協働(involvement)が革新的な実践を生み出し、それが第三者との接続や多方向の情報流通を通じて協働の外へ広がる(embeddedness)ことで、社会全体の変化が始まると概念化しています。

  • Involvement:協働パートナー間の内部的な結びつきの強さ。深い相互作用、双方向の学習、実際のパートナーシップがある場合は高い。
  • Embeddedness:協働が制度フィールド全体のネットワークにどれだけ接続されているか。第三者との関係性、多方向的な情報流通などが含まれる。

コミュニティマネジメントのための実務家の新たな役割:「制度的起業家」

協働の場が単なる情報共有や業務調整にとどまらず、社会の制度そのものを動かす力を持ち得るとするならば、そこに関わる実務家の役割も再考する必要があります。地域づくりや福祉、医療、CSRといった分野でコミュニティマネジメントに携わる実務家、例えば自治体職員、NPOスタッフ、社会福祉士、地域医療の専門家、企業の社会貢献担当者などは、単に組織の方針に従って業務を遂行するだけでなく、制度そのものに働きかける存在、すなわち「制度的起業家(institutional entrepreneur)」としての行動が求められるようになっていくと考えられます。

この「制度的起業家」という考え方は、制度理論の分野で注目されてきた概念であり、通常であれば企業内における議論が中心ではありました。ただしMaguire, Hardy, & Lawrence(2004)は、カナダにおけるHIV/AIDS治療アドボカシーの事例を通じて、組織越境的に構成されるコミュニティにおける制度的起業家の具体的な行動を明らかにしました。彼らによれば、制度的起業家とは、既存の制度的枠組みに疑問を持ち、新しいルールや標準、価値観を作り出そうとする行為主体であり、制度の「創造」と「変化」において中心的な役割を果たす存在です。このような制度的起業家には、特に以下の三つの活動が求められると考えられます。

①「立場を取る力」:主題的ポジションの占有

第一に「主題的ポジション(subject positions)の占有」です。これは、多様な関係者の間で橋渡し役となり、自らが発言力や行動権を持てる立場を築くことを意味します。例えば、政策決定に影響を与えられる委員会や会議の中心的な役割を担ったり、当事者や住民の声を代弁できる信頼あるポジションを確保したりすることです。単に自分の専門知識を発信するだけでなく、他の立場の人たちからも「この人の話なら聞いてみよう」と思わせるような信頼と正統性を備えることが重要です。

②「意味を与える力」:新しい実践の理論化

第二の活動は、「新しい実践の理論化(theorization)」です。これは、これまでにない新しいやり方や連携の仕組みを、関係者が理解し納得できる形で「意味づける」作業です。例えば、ある新しい支援モデルがなぜ必要なのか、何を目指し、どのような効果をもたらすのかを、具体的な言葉やデータ、物語を通じて説明し、他者にとっても「正しい」「筋が通っている」と思えるようにすることです。このプロセスによって、現場で試行錯誤されていた個別の工夫が「共有可能な知」として位置づけられ、他の関係者にも伝わりやすくなります。

③「仕組みにする力」:新しい実践の制度化

そして第三の活動は、「新しい実践の制度化(institutionalization)」です。ここで求められるのは、一時的な取り組みや現場だけの工夫で終わらせるのではなく、それを仕組みとして定着させ、他の部署や地域にも広げていく力です。具体的には、ルールや手順書、様式、役割分担、評価指標といった形に落とし込み、誰がやっても同じように運用できる状態を作り出すことです。このようにして「当たり前」が更新されていくとき、それは制度的な変化として社会に定着していきます。

これらの三つの活動は、単独では機能しません。新しいアイデアがあっても理論化できなければ共有されず、制度化できなければ現場で再生産されません。また、どれほど優れた制度設計を行っても、正統性あるポジションがなければ推進力は得られません。だからこそ、制度的起業家にとっては、「立場を取る力」「意味を与える力」「仕組みにする力」の三つを組み合わせて発揮することが重要なのです。

コミュニティマネジメントの現場において、実務家がこのような制度的起業家としての視点を持つことは、個々の組織の成果を超えて、社会全体の課題に対する新たな応答を形づくる力になります。そして何より、協働の実践そのものが、制度の再構築に向けた小さな実験の場となっていくのです。

制度的起業家としての振る舞い

協働の現場を制度変革の契機として捉えるならば、そこに関与する実務家自身のあり方にも大きな変化が求められます。単に自分の業務領域を守るのではなく、複数の組織や立場の間を行き来しながら、社会課題の核心にアプローチしていく。そのためには、制度的起業家としての振る舞いを、自分ごととして引き受ける覚悟と、実際に動かす力が必要になります。

しかし、上で挙げた「立場を取る力」「意味を与える力」「仕組みにする力」の三つは、一朝一夕に習得できるものではありません。複数の組織にまたがる関係性の中で、暗黙のルールや感情的なしこりを乗り越えながら調整を進める行為は、マニュアルに書かれた知識だけでは到底対応しきれない「実践知」の領域に属しています。

さらに、こうした実践知は、その人のパーソナリティや置かれた立場、経験値によって大きく左右されます。対立を恐れずに議論を主導できる人もいれば、関係者一人ひとりに丁寧に耳を傾けて関係をじっくり紡いでいくことに長けた人もいます。自ら言語化して他者に共有することが得意な人もいれば、誰かの話に寄り添うことで空気を動かせる人もいるでしょう。つまり、「制度的起業家」的な振る舞いは、一つの理想的なスキルセットというよりも、それぞれの人が持つ個性を起点にして育てていく多様なプロセスだと言えます。

このように、「自分ならではの方法」で動くことが求められるからこそ、唯一絶対のノウハウに頼るのではなく、自らの経験から学び取り、それを振り返りながら少しずつ意味づけていく「経験学習」のプロセス(Kolb,1984)が重要になります。たとえ小さな試行であっても、「何がうまくいったのか/いかなかったのか」「そこで何を感じ、どんな問いが浮かんだのか」「その経験を他者にどう共有できるか」を丁寧に振り返ることによって、自分なりのスタイルが少しずつ形づくられていくと考えられます。

つまり、制度的起業家として育っていくとは、特定の正解に到達することではなく、対話と実践を往復しながら「問い」と「振り返り」を重ねていくプロセスそのものといえます。そしてこのプロセスを個人だけに委ねるのではなく、組織やチーム、あるいは地域の中で経験を共有し、学び合える場や関係性を育てていくことこそが、社会の変革を担う人材を育むための基盤となるでしょう。

参考文献

  • Lawrence, T. B., Hardy, C., & Phillips, N. (2002). Institutional effects of interorganizational collaboration: The emergence of proto-institutions. Academy of Management Journal, 45(1), 281–290.
  • Maguire, S., Hardy, C., & Lawrence, T. B. (2004)「Institutional Entrepreneurship in Emerging Fields: HIV/AIDS Treatment Advocacy in Canada」Academy of Management Journal, 47(5), 657-679
  • Kolb, D. A. (1984). Experiential learning: Experience as the source of learning and development. Englewood Cliffs, NJ: Prentice Hall.

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