自治体が地域の高校や企業と連携して人材育成プログラムを設計したり、NPOが地場産業と組んで地域の担い手づくりを行ったりと、実践の場では組織の壁を越える、協働の取り組みが次々に生まれています。こうした動きは、単なる人的交流ではなく、「対話」や「共創」を通じた関係の編み直しに他なりません。
しかし一方で、こうした協働の現場では、しばしば深い戸惑いや行き違いも生じています。相互不信や思い込みが、結果として連携の機会そのものを遠ざけてしまうこともあるのです。また、「一緒に何かやろう」と場を持っても、話し合ううちに、目指すゴールや価値観の違いが浮き彫りになり、次の一歩が踏み出せなくなるケースも少なくありません。
こうした越境のむずかしさをどう乗り越えるか。この問いに対して処方箋として語られてきたものとして「知識や情報を持ち寄る場」を形成するというものがあります。これは、単なる情報交換の場ではなく、異なる立場にある人々が、それぞれの現場で培った知識や情報を持ち寄り、対話を通じた相互理解を深めることにあります。
そのコミュニティには誰もがアクセスできる知識や情報が格納され、地域や社会へのイノベーションの基礎となり、産官学などの多様なステークホルダーにとっての協働のきっかけとなるかもしれません。
今回の記事では、近年の実践知や事例研究をもとに、そうしたコミュニティがどのようにして組織間協働を促進し、越境的なつながりを可能にするのかを探っていきます。そして、その土台となる「知識の持ち寄り」の文化を設計する技法について考察します。
知識を持ち寄る場
異なる立場の組織が連携しようとしたとき、実際に何かを共に進めようとすると、「考え方が合わない」「やり方が違いすぎる」といった戸惑いに直面することが少なくありません。こうした困難の背景には、それぞれが「当たり前」と信じる価値観や判断基準の根本的な違いがあります。
「個人」ですら他者の前提との差異に悩むことが多い中で、多様な前提を持った組織が、いきなり「協力しましょう」と合意を目指してもうまく噛み合わないのは、自然なことだと言えるでしょう。
では、どうすれば意味のある協働を育むことができるのでしょうか。その鍵として本記事で探究するアプローチは「異なるまま出会える場」を意図的に設計し、その中で知識や情報を交換しあう「コモンズ」を生み出すことです。コモンズは本来、牧草地や水源などの地域資源を共同で管理・利用する共有資源を意味していました。しかしその概念は拡張され、図書館や公園、さらにはインターネットや科学知識といった知的資源にも適用されるようになっています。
こうした広がりを日本で先駆的に提示したのが金子郁容らの『ボランタリー経済の誕生』です。従来の市場や国家に依存しない「ボランタリーコモンズ」という概念を提起しました。そこでは、「自発的参加」「情報供出」「関係変化」「編集共有」「意味創発」という五つの段階を通じて、人々が互いの違いを持ち寄りながら、新たな知や関係性を生み出す公共圏のあり方が描かれています(金子ら,1998)。
異なる角度での研究では「知的コモンズ」と呼ばれる概念もあります。阿部(2012)が整理しているように、誰でもアクセスでき、利用しても減らず、ルールに基づいて再利用や発展が可能である点に特徴があり、人間の文化的自由とイノベーションの基盤ともいえます。
ただし阿部(2012)が議論するように、公的財であるべき知識や情報が私有財に転換され、囲い込みのような状況が生じることも指摘されています。こうした動きは、知識が本来もつ「利用しても減らず、共有されることでむしろ広がる」という特性に逆行するものです。
本来知識や情報は、誰もが自由にアクセスでき、異なる背景や視点を持つ人々に開かれることで、新たな価値や関係性を生み出す公共的な基盤となるはずです。だからこそ、自由さとイノベーションの土台として期待されてきた本来の「知的コモンズ」のあり方は、「異なり」を「豊かさ」として活かす協働の基盤として、いま改めて重要性を増していると考えられます。
多様な主体が参加する仕組みを一般に「プラットフォーム」と呼ぶこともありますが、その中でも特に、知識・情報資源を共有し、共同で管理・利用・発展させる機能を持つものを、知的コモンズという観点から取り上げます。そして、知的コモンズが異なる主体同士の協働の活力として実際に活かされていると判断できる三つの事例を、先行研究に基づいて紹介しつつ、その重要な論点を整理していきます。
知識の「持ち寄り」が社会を変える
(1)持ち寄りの思想が育む協働の土壌──鳳雛塾の実践
飯盛(2021)が報告する「鳳雛塾」の事例研究では、行政、住民、NPO、企業といった多様な立場の人々が、資源を「交換」ではなく「持ち寄り」として位置づけることで、共創型の地域プラットフォームが育まれていました。鳳雛塾とは、佐賀県を中心に実施されている大学・地域・企業といった多様な主体が、互いに知識と経験を持ち寄りながら学び合う、協働のためのコミュニティです。
特定のゴールに向かって効率的に成果を出す「プロジェクト型」の取り組みではなく、むしろそれぞれが直面している現場の問いや、言葉にならない違和感を起点に、緩やかに対話を重ねていく場です。この事例のユニークさは、「教える側」と「学ぶ側」が固定されていないことにあります。大学教員や研究者、地域のNPO、自治体職員、企業人など、異なるバックグラウンドを持つ参加者たちが、自らの現場の葛藤や問いをオープンに語ることで、他者の知見を触媒にしながら思考を深めていきます。
すなわちこの場における参加者は自分の知識や経験を「提供する」のではなく、「持ち寄る」ことが場への貢献になります。そうした環境では参加者は自分の意見が尊重されているという感覚を持ち、目的の違いを乗り越えて「一緒にやってみる」機運が生まれているようにも感じます。このような温かい関係性の構築が、実質的な協働を可能にする基盤となっているといえそうです。
(2)日常に根づく対話が協働を育む──「菊池まちづくり道場」の実践から
熊本県菊池市で2011年から始まった「菊池まちづくり道場」は、地域の対話のあり方を再構築しようとした先進的な取り組みです。この道場は、熊本県立大学、市役所、市民団体の三者が協働し、少子高齢化やコミュニティの広域化といった課題に対応する新しい地域コミュニケーションの場として構想されました。毎月1回開催されるこの場では、地域の多様な世代・立場の人びとが集まり、「語り手」と「聞き手」に分かれて、まちづくりに関する自身の経験や想いを語り合います(以下佐藤,2017)。
「菊池まちづくり道場」がユニークなのは、それが一度限りのワークショップではなく、常設型の対話の場として継続している点にあると考えています。まさに「井戸端会議」の現代版ともいえるこの場は、特別なイベントではなく、日常の中に対話を根づかせることで、地域の人々の関係性を少しずつ耕していくものと言えます(佐藤,2017)。
このような場では、専門家が正解を与えるのではなく、住民それぞれの実感や生活の知恵が対等に持ち寄られます。医師と患者、教師と親、行政と住民といった本来なら非対称な関係性も、ここでは「語ること・聞くこと」によって水平化され、互いの立場を超えて学び合う姿勢が育まれていきます。議論の目的も合意形成ではなく、問いを共有し、相互理解を深めることにあります(佐藤,2017)。
道場の運営も、当初は大学教員、市役所職員、市民団体が分担して担っていましたが、研究プロジェクト終了後も活動を継続するため、役割分担の見直しが行われました。たとえば大学側は、聞き手を教員から学生に交代させ、市役所は後方支援に徹し、市民団体が事務局を担うことになりました(佐藤,2017)。それぞれの主体が無理のない範囲で「資源を持ち寄る」ことでの、場の継続が可能となったといえます。
こうした実践は、知識や資源を共有しながら、誰もが対話に参加できる「学習のプラットフォーム=ダイアログ・プラットフォーム(DP)」のあり方を体現しています。佐藤(2017)は、まさにこの道場の在り方を「対話による創造性」と「継続するプラットフォーム性」を兼ね備えた方法として評価しており、地域づくりの新たな基盤となる可能性を指摘しています。菊池まちづくり道場は、制度や事業枠組みに依存せず、関わる人々の問いや関心、そして自律的な運営努力によって支えられてきました。
(3)偶発性と余白が育むコミュニティ──酒田市「UNDERBAR」の実践から
山形県酒田市に2015年開設されたコワーキングスペース「UNDERBAR」は、異分野協働の実践が根づきつつある地域の好例として注目されています。
東北公益文科大学に隣接する公共施設内に設けられたこの場は、市から大学に運営が委託されており、フリーランス、会社員、学生、起業志望者など、多様な背景を持つ人びとが出入りしています。利用者同士が互いの関心や強みを持ち寄り、貢献し合うことを通じて、領域や組織の枠を超えた創発が起きる場として機能しています(以下小野,2017)。
たとえば、地元企業組合と大学生が協働して立ち上げた「アグリカルチャーシティ計画」はその代表的な成果の一つです。地域企業の知識やネットワークと、学生のアイデアや行動力が、UNDERBARという中立的なプラットフォームを介して結びつくことで、双方にとって新たな気づきやリソースの交換が促され、地域資源の活用や新産業の創出へとつながりました。
運営そのものも官学連携のモデルとなっており、UNDERBARはまさに多様な主体の接点=ハブの役割を果たしています。開設以来、毎週のようにイベントが開催され、延べ500名以上が参加。参加者のあいだで新たなプロジェクトや出会いが次々と生まれているのです(小野,2017)。
UNDERBARの特徴は「余白を残す場」として設計されている点にあると考えます。小さな関心が芽吹き、それが時間をかけて協働へと展開していく。このような偶発性を受け入れる場づくりが、まさしく小野(2017)の論考でも触れられているような、肩書きを超えた出会いを支えているように思えます。UNDERBARは、組織の外に開かれたコモンズとして、日常的な出会いと対話を基盤に、新しい協働のかたちを模索していると言えるでしょう。
協働を育てる場のデザインとは
知的コモンズの実践には、一つの成果をめざす「プロジェクト型」の協働とは異なる、「関係性の土壌を耕す」協働のあり方が見えてきます。知識や経験は一方的に「提供される」ものではなく、「持ち寄られる」もの。とはいえ知識や情報とは企業・組織にとっての資産であり、なかなか提供や供給することは難しいと思われますが、供給する行為の代わりにコミュニティ内の信頼関係や協働の萌芽となるつながりを獲得できるという利点があると本稿では考えます。
この構造は、オフライン環境だけでなく、オンライン空間にも共通するのではないかとも考えられます。例えばyahoo知恵袋や、SNSコミュニティでの情報共有、さらにはSlackやTeamsなどのWeb上での社内コミュニティにも見られるように、誰かを助ける、支える、といった社会的な動機に突き動かされて、知識を持ち寄っているともいえます。それはオンラインのコミュニティでも、オフラインのコミュニティでも共通性があるのではないかとも考えられます。
知恵を提供し合い、集積された知識が誰もがアクセスできる資源となる様は、まさに現代の「知的コモンズ」とも呼べるでしょう。そしてこうしたコモンズもまた、人のふるまいから始まります。問いを開く、耳を傾ける、反応を返す。その一つひとつのふるまいが、信頼と創造の土壌を育てていくのではないでしょうか。
参考文献
- 阿部容子 (2015) 「『知的コモンズ』の囲い込みと共有レジーム―標準化プロセスの多様化と変容を中心に―」『情報社会学会誌』 7(2), 45-60.
- 金子郁容, 松岡正剛, 下河辺淳(1998)『ボランタリー経済の誕生―自発する経済とコミュニティ』実業之日本社.
- 飯盛義徳 (2014)「地域づくりにおける効果的なプラットフォーム設計」『日本情報経営学会誌』 34(3), 123-146.
- 小野英一 (2017)「コワーキングスペースに関するプラットフォーム論からの一考察―コワーキングスペースUNDERBARを事例として―」日本地域政策研究, 19, 48-56.
- 佐藤忠文 (2017)「新たな地域コミュニケーション手法としてのダイアログ・プラットフォームの検討」 熊本県立大学COC研究報告.
- 藤井資子 (2011)「コモンズのビジネスモデル-インターネットでのボランタリーな価値創造とビジネスの両立-」 情報社会学会誌, 5(1), 19-31.



