異なる組織をつなぐ「知的コモンズ」の力──「知を持ち寄る場」がつくる協働の未来

異なる組織をつなぐ「知的コモンズ」の力──「知を持ち寄る場」がつくる協働の未来

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15分

企業、NPO、行政、学校──それぞれ異なる立場や目的をもった人びとが、共に社会課題の解決に向けて動き始めるコミュニティの作り方を探究してきました。そして多様なプレイヤーが知恵と力を持ち寄り、新たな連携のかたちを模索する必要性はかつてなく高まっています。たとえば、自治体が地域の高校や企業と連携して人材育成プログラムを設計したり、NPOが地場産業と組んで地域の担い手づくりを行ったりと、実践の場では「組織の壁を越える」協働の取り組みが次々に生まれています。こうした動きは、単なる人的交流ではなく、「対話」や「共創」を通じた関係の編み直しに他なりません。

しかし一方で、こうした協働の現場では、しばしば深い戸惑いや行き違いも生じています。「行政は手続きばかりで柔軟に動けない」「企業は利益が最優先で、共感を共有しにくい」「NPOは理想が強く、実行性に乏しい」。こうした相互不信や思い込みが、結果として連携の機会そのものを遠ざけてしまうこともあるのです。また、「一緒に何かやろう」と場を持っても、話し合ううちに、目指すゴールや価値観の違いが浮き彫りになり、次の一歩が踏み出せなくなるケースも少なくありません。

こうした“越境のむずかしさ”をどう乗り越えるか。この問いに対して処方箋として語られてきたものとして「知識を持ち寄る学習コミュニティ」、すなわち知的コモンズを形成するというものがあります。これは、単なる情報交換の場ではなく、異なる立場にある人々が、それぞれの現場で培った経験や問いを率直に持ち寄り、対話を通じて相互に学び合う場のことです。そこでは、「教える側」と「学ぶ側」が固定されることなく、むしろ“まだ言葉になっていない違和感”や“現場で感じている手応え”が尊重され、新たな関係性とアイデアが静かに育まれていきます。

今回の記事では、近年の実践知や事例研究をもとに、知的コモンズがどのようにして組織間協働を促進し、越境的なつながりを可能にするのかを探っていきます。そして、その土台となる「知識の持ち寄り」の文化を設計する技法について考察します。

知識を持ち寄る場──知的コモンズの力

企業、NPO、行政、学校といった異なる立場の組織が連携する機会が増えています。しかし実際に何かを共に進めようとすると、「考え方が合わない」「やり方が違いすぎる」といった戸惑いに直面することが少なくありません。こうした困難の背景には、単なる意見や手法の違いではなく、それぞれが「当たり前」と信じる価値観や判断基準の根本的な違いがあります。企業は成果やスピードを重視し、NPOは当事者性やプロセスの丁寧さを尊重する。行政は制度や法令に基づいて動き、学校は教育指針やカリキュラムを軸に意思決定を行います。こうした多様な前提を持った組織が、いきなり「協力しましょう」と合意を目指してもうまく噛み合わないのは、ある意味で自然なことだと言えるでしょう。

では、どうすれば意味ある協働を育むことができるのでしょうか。その鍵は、「異なるまま出会える場」を意図的に設計することにあります。ここで手がかりとなるのが、「コモンズ(Commons)」という考え方です。もともとは、地域の牧草地や水源などを共同で管理・利用する共有資源を指す言葉でしたが、近年ではその概念が拡張され、図書館や公園、さらにはインターネットや科学知識といった知的資源にも適用されるようになっています。

特に本記事で紹介するのは「知的コモンズ(Intellectual Commons)」という発想です。これは、「人間の創造活動によって生み出された知識や情報、アイディアなどを、多数の人々が共有し、共同で利用・発展させる資源およびその制度的仕組み」を指します(阿部, 2012)。知的コモンズの特徴は、誰でもアクセス可能で、利用しても減らず、ルールに基づいて再利用や発展が可能である点にあります。つまり、単に知識が“無料で公開されている”というだけでなく、知識をめぐる利用の枠組み自体が制度として支えられているのです。このような多様な主体が参加する仕組みのことを「プラットフォーム」と呼ぶ場合もありますが、その中でも知識・情報資源を、多様な人々が共有し、共同で管理・利用・発展する機能を持つものを今回は新たに「知的コモンズ」という角度から紹介いたします。

こうした知的コモンズの場では、立場や専門性にかかわらず、互いに対等な関係で学び合うことができます。「教える/教えられる」「支援する/される」といった非対称な関係を越えて、それぞれの知識や経験を持ち寄りながら、新しい価値や関係性を共につくっていくことが可能になります。このような場の設計は、異なる組織間の連携を支える「協働の土台」としても、今後いっそう重要になっていくでしょう。今回の記事では知的コモンズに類すると判断できる3つの事例を先行研究に基づき紹介しつつ、知的コモンズの実践がコミュニティ形成において重要である点を議論していきます。

知識の「持ち寄り」が社会を変える──知的コモンズが育む越境の協働実践

(1)持ち寄りの思想が育む協働の土壌──鳳雛塾に見る知的コモンズの実践

たとえば飯盛(2021)が報告する「鳳雛塾」の事例研究では、行政、住民、NPO、企業といった多様な立場の人々が、資源を「交換」ではなく「持ち寄り」として位置づけることで、共創型の地域プラットフォームが育まれていました。鳳雛塾とは、佐賀県を中心に実施されている大学・地域・企業といった多様な主体が、互いに知識と経験を持ち寄りながら学び合う、協働のための「学習コミュニティ(学習のコモンズ)」です。特定のゴールに向かって効率的に成果を出す「プロジェクト型」の取り組みではなく、むしろそれぞれが直面している現場の問いや、言葉にならない違和感を起点に、緩やかに対話を重ねていく場です。この塾のユニークさは、「教える側」と「学ぶ側」が固定されていないことにあります。大学教員や研究者、地域のNPO、自治体職員、企業人など、異なるバックグラウンドを持つ参加者たちが、自らの現場の葛藤や問いをオープンに語ることで、他者の知見を触媒にしながら思考を深めていきます。参加者は自分の知識や経験を「提供する」のではなく、「持ち寄る」ことで場に貢献します。

飯盛は地域プラットフォーム成功の要件の一つに「多様な主体が資源を持ち寄り運営すること」が挙げられており、そうした場では利用可能な資源の量的増大、異質な資源の組み合わせによる社会的創発への期待、さらに資源提供者となった人々の主体性の萌芽という三つのメリットがもたらされると報告されています。印象的なのは、この場が「何をやるか」を決める前に、「誰がどんな思いを持っているか」「いまどんな困りごとがあるか」といったことを丁寧に共有するプロセスに時間をかけていたことです。それにより、参加者は自分の意見が尊重されているという感覚を持ち、目的の違いを乗り越えて「一緒にやってみよう」と思えるようになっていったのです。このような関係性の構築が、単なるネットワーキングとは異なる、実質的な協働を可能にする基盤となっているのです。

(2)日常に根づく対話が協働を育む──「菊池まちづくり道場」の実践から

熊本県菊池市で2011年から始まった「菊池まちづくり道場」は、地域の対話のあり方を再構築しようとした先進的な取り組みです。この道場は、熊本県立大学、市役所、市民団体の三者が協働し、少子高齢化やコミュニティの広域化といった課題に対応する新しい地域コミュニケーションの場として構想されました。毎月1回開催されるこの場では、地域の多様な世代・立場の人びとが集まり、「語り手」と「聞き手」に分かれて、まちづくりに関する自身の経験や想いを語り合います(佐藤,2017)。

「菊池まちづくり道場」がユニークなのは、それが一度限りのワークショップではなく、常設型の“対話の場”として継続している点にあります。まさに「井戸端会議」の現代版ともいえるこの場は、特別なイベントではなく、日常の中に対話を根づかせることで、地域の人々の関係性を少しずつ耕していくものと言えます(佐藤,2017)。

このような場では、専門家が正解を与えるのではなく、住民それぞれの実感や生活の知恵が対等に持ち寄られます。医師と患者、教師と親、行政と住民といった本来なら非対称な関係性も、ここでは「語ること・聞くこと」によって水平化され、互いの立場を超えて学び合う姿勢が育まれていきます。議論の目的も合意形成ではなく、問いを共有し、相互理解を深めることにあります。このような対話の連鎖は、地域の創造性と信頼関係をじわじわと育んでいくのです。

道場の運営も、当初は大学教員、市役所職員、市民団体が分担して担っていましたが、研究プロジェクト終了後も活動を継続するため、役割分担の見直しが行われました。たとえば大学側は、聞き手を教員から学生に交代させ、市役所は後方支援に徹し、市民団体が事務局を担うことになりました。(佐藤,2017)。さらに、会場費などの必要経費も市民団体が自らの資金から捻出するなど、それぞれの主体が無理のない範囲で「資源を持ち寄る」ことでの、場の継続が可能となったといえます。

こうした実践は、知識や資源を共有しながら、誰もが対話に参加できる「学習のプラットフォーム=ダイアログ・プラットフォーム(DP)」のあり方を体現しています。佐藤(2017)は、まさにこの道場の在り方を「対話による創造性」と「継続するプラットフォーム性」を兼ね備えた方法として評価しており、地域づくりの新たな基盤となる可能性を指摘しています。菊池まちづくり道場は、制度や事業枠組みに依存せず、関わる人々の問いや関心、そして自律的な運営努力によって支えられてきました。その営みは、「知識を持ち寄り、対話を続ける」というシンプルながら力強い方法論が、いかに地域の協働を促すかを示す実例といえるでしょう。

(3)偶発性と余白が育む知的コモンズ──酒田市「UNDERBAR」の実践から

山形県酒田市に2015年開設されたコワーキングスペース「UNDERBAR」は、異分野協働の実践が根づきつつある地域の好例として注目されています。東北公益文科大学に隣接する公共施設内に設けられたこの場は、市から大学に運営が委託されており、フリーランス、会社員、学生、起業志望者など、多様な背景を持つ人びとが出入りしています。単なる作業スペースとしてだけでなく、利用者同士が互いの関心や強みを持ち寄り、貢献し合うことを通じて、領域や組織の枠を超えた創発が起きる場として機能しています(小野,2017)。

たとえば、地元企業組合と大学生が協働して立ち上げた「アグリ‘カルチャー’シティ計画」はその代表的な成果の一つです。地域企業の知識やネットワークと、学生のアイデアや行動力が、UNDERBARという中立的なプラットフォームを介して結びつくことで、双方にとって新たな気づきやリソースの交換が促され、地域資源の活用や新産業の創出へとつながりました。このように、大学(知)と企業(経験)とが対話を通じて接続される環境が、地域における“学びと実践の循環”を生み出しています。運営そのものも官学連携のモデルとなっており、UNDERBARはまさに多様な主体の接点=ハブの役割を果たしています。開設以来、毎週のようにイベントが開催され、延べ500名以上が参加。参加者のあいだで新たなプロジェクトや出会いが次々と生まれているのです(小野,2017)。

UNDERBARの特徴は「余白を残す場」として設計されている点にあると考えます。予定調和を避け、自己紹介や雑談から小さな関心が芽吹き、それが時間をかけて協働へと展開していく。このような偶発性を受け入れる場づくりが、まさしく小野(2017)の論考でも触れられているような、肩書きを超えた出会いを支えているように思えます。UNDERBARは、組織の外に開かれた「知的コモンズ」の一形態として、日常的な出会いと対話を基盤に、新しい協働のかたちを模索していると言えるでしょう。

協働を育てる場のデザインとは──問いを共有するという姿勢

知識を持ち寄る場、ここでいう知的コモンズの実践には、一つの成果をめざす「プロジェクト型」の協働とは異なる、「関係性の土壌を耕す」協働のあり方が見えてきます。そこで大切にされるのは、「互いがどのような関係でいるか」ということ。そして「問いを共有する」ことが重視されるのです。たとえば、「なぜ私たちは協力しづらいのか?」「立場が違えば、何が見えているのか?」といった問いを開くことで、相互理解の入口が生まれます。知識や経験は一方的に「提供される」ものではなく、「持ち寄られる」もの。たとえ未完成でも、自分の実感を言葉にすることが、場に意味をもたらすものであると考えられます。

この構造は、オフライン環境だけでなく、オンライン空間にも共通するのではないかとも考えられます。例えばyahoo知恵袋や、SNSコミュニティでの情報共有、さらにはSlackやTeamsなどのWeb上での社内コミュニティにも見られるように、人は単に知識を得るためだけでなく、誰かを助ける、支える、といった社会的な動機に突き動かされて、知識を持ち寄っているともいえます。それはオンラインのコミュニティでも、オフラインのコミュニティでも共通性があるのではないかとも考えられます。

知恵を提供し合い、集積された知識が誰もがアクセスできる資源となる様は、まさに現代の「知的コモンズ」とも呼べるでしょう。そして、こうしたコモンズもまた、制度ではなく人のふるまいから始まります。問いを開く、耳を傾ける、反応を返す──その一つひとつのふるまいが、信頼と創造の土壌を育てていくのです。どこかで誰かが「知的コモンズ」を立ち上げること。それが、組織間協働の芽を育む最初の一歩なのです。

参考文献

  • 阿部容子 (2015). 『知的コモンズ』の囲い込みと共有レジーム―標準化プロセスの多様化と変容を中心に―. 情報社会学会誌, 7(2), 45-60.
  • 飯盛義徳 (2014). 地域づくりにおける効果的なプラットフォーム設計. 日本情報経営学会誌, 34(3), 123-146.
  • 小野英一 (2017). コワーキングスペースに関するプラットフォーム論からの一考察―コワーキングスペースUNDERBARを事例として―. 日本地域政策研究, 19, 48-56.
  • 佐藤忠文 (2017). 新たな地域コミュニケーション手法としてのダイアログ・プラットフォームの検討. 熊本県立大学COC研究報告.
  • 藤井資子 (2011). コモンズのビジネスモデル-インターネットでのボランタリーな価値創造とビジネスの両立-. 情報社会学会誌, 5(1), 19-31.

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