近年、日本におけるM&A(企業の合併と吸収)は急速に増加しています*1。多くの企業がM&Aを通じた新たな価値の創造に注目するなか、残念なことにM&Aの成功率は40%にも満たないと言われています*2。異なる環境にあった2社が組織文化を統合していくにはさまざまな困難が生じるのが実情です。
CULTIBASEでは、そんなM&Aの問題に注目するべく、イベント「なぜM&Aはうまくいかないのか」を開催しました。『M&A後の組織・職場づくり入門』共著者の一人である東南裕美(株式会社MIMIGURI リサーチャー)と、組織開発/人材育成を担当する和泉裕之(株式会社MIMIGURI HR)が異なる組織文化を統合する組織開発の方法論について掘り下げました。
「人と組織」の視点からM&Aにおける課題をひも解く
近年、M&Aは経営戦略のひとつとして重要性が高まっています。企業は「成長」と「生き残り」を目的にM&Aを進めるようになりました。
前者の「成長のためのM&A」とは、柔軟でスピード感ある事業開発のためのM&Aです。未来の不確実性が高まるVUCA社会では、市場の変化に対応したスピード感ある事業開発が求められます。企業は自社リソースのみで市場の変化に対応することは難しくなり、M&Aを通じての外部リソース獲得を目指すようになりました。
一方で、「生き残りのためのM&A」は、事業継承のためのM&Aと言い換えられます。企業を存続させるための事業承継者の確保や、経営戦略上で不要になった不採算事業等を売却しての事業再編がこちらに当たります。
このように企業は経営戦略を最適化するためにM&Aを進めますが、その成功率は期待ほど高くないのも実情です。価値創造型の組織づくりについて研究を行ってきた東南は、M&A失敗の原因について次のように語ります。
東南 M&Aが失敗する原因の多くは、異なる環境にあった2社での組織文化の衝突やコミュニケーション不全といった「人と組織の問題」にあるといわれています。たとえ、経営者層が慎重に交渉を重ね契約にいたったM&Aであっても、人と組織の問題がシナジー創出の妨げになります。
実際に、Forbes500社を対象とした調査*3によると、M&Aがうまくいかない原因として挙げられるのは「相容れない企業文化」「相手企業に対する管理能力の欠如」「経営スタイルや自尊心の衝撃」といった人と組織に関わる問題です。
では、そうした人と組織の問題を解決するためにはどのようなアクションが必要なのでしょうか?東南は、目に見えない人間の心理や関係性に関する課題(=適応課題)の解決が重要であると続けます。
適応課題とは、ハーバード・ケネディスクールのロナルド・ハイフェッツ氏によって提唱された、解決に(慣れ親しんだ環境から離れることによる)痛みや喪失をともなう複雑な問題です*5。M&Aにおいて発生するキャリアに対する不安、事業を進める上でのアイデンティティの喪失、給与体系などの不公平の発生などがその実例です。
東南 M&Aによるシナジー創出を妨げている原因の大半は適応課題にあります。適応課題は知識やノウハウだけでどうにかなるものではなく、当事者のものの見方を変えたり、周囲との関係性が変わったりしなければ解決できない問題です。複雑で困難な問題ですが、PMI(合併後の統合プロセスの総称)の各プロセスにおいて「人と組織」の視点を持つことで、解決に導くことができます。
M&Aは、企業統合が決まってからの100日が勝負
一般的にPMIは準備、変革実施、定着、発展、クロージングの5つに分けられると考えられており、それぞれのステップごとに適応課題を整理し、解決策を考えていくことが求められます。
5つのステップのなかでも、組織開発において特に重要なのは、契約締結前までの「準備」期間、M&A後の新しい組織の形成に着手する「変革実施」期間、変革として取り組んだ内容を組織に適合させる「定着」期間です。
東南 「M&Aを成功させるためには企業統合が決まってからの100日が勝負」とも言われています。2社の環境が大きく変化するこの時期にいかに柔軟に適応課題に対処/防止できるかを考えることが重要になります。
さらに東南は、M&Aにおける適応課題に対処するための重要な視点として、組織の制度や文化、メンバー間のコミュニケーションを計画的に変えていく「Planned Change(組織に対する計画的な働きかけ)」のアプローチ*5を紹介しました。
社会心理学者のクルト・レヴィンによって提唱されたPlanned Changeは、組織変革を場当たり的に行うのではなく、組織やメンバーの状態を見える化し、課題を特定した上で、必要な施策に計画的に取り組むためのフレームワークです。
氷が溶けて水になり、形を変えて再び氷になるように、「解凍」「変化」「再凍結」という3プロセスにより構成されます。Planned ChangeのフレームワークにPMIを当てはめることで、M&A後の組織における適応課題が顕在化し、取り組むべき施策も明らかになってきます。
ミドルマネジャーによるストーリーテリングの重要性
Planned ChangeのフレームワークにPMIを当てはめた「解凍(準備)- 変化(変革実施)-再凍結(定着)」のプロセスを具体的に見ていきます。
はじめに、解凍(準備)期間です。このフェーズでは、組織文化の異なる二社が一緒になるとどんなシナジーが生まれるのか、理想の組織体制はどんなかたちなのかを検討していきます。組織全体として変革の必要性が高まっている時期ですが、一方で、組織はこの先どこに向かうのかと、社員全体の不安が高まっている状態にあります。
そんな状態を解消するために、解凍(準備)フェーズにて取り組むべきアクションは「目的とビジョンの明確化」だと東南は語ります。
M&Aが決定するまでのプロセスは守秘性が高く、現場への情報共有が後手後手になる傾向があります。現場まで目的とビジョンの説明されないままPMIが進められることもしばしば。しかし、その状態では「自分の会社はどうなるか」「自分の仕事がどうなるか」「自分がどうなるか」など、現場の不安は尽きません。
そんな適応課題を解決するために重要なのが、ミドルマネージャーが社員に向かって、新しい組織の目的とビジョンを物語にして語ることです。
自社がM&Aするとなったときに社員がまず気にするのは「自分はこの先どうなるか」です。「業務内容に変更はあるのか?」「自分の部署は存続するのか?」など不安は尽きません。それらを解消するためには、マネージャーが自部門を主語にして組織の「これまで」「いま」「これから」についてのストーリーを語る必要があります。
組織は過去にどのような経験をしてきたのか、その結果なぜM&Aするようになったのか、近い将来組織が合併することでどんな価値が生まれるのかをストーリーとして語ることで、聞いた人々は一連の流れを疑似体験でき、M&Aの事実を納得感を持って受け入れられます。
この際に注意したいポイントは自部門のこれまでを否定しないことです。M&Aの目的が衰退部署の事業編成だとしても、「社内リソースだけでは価値が生めないからM&Aを行う」という語り口ではなく、「事業にさらなる可能性を見出したからこそ、追加のリソースを獲得して価値の最大化を目指す」というような前向きなメッセージを語ることが求められます。
業務オペレーションの統合に欠かせない「組織文化」の視点
次に変化(変革実施)期間です。M&Aを発表し組織が変わり始めるこのフェーズでは、組織全体に緊張感が走っています。「統合した組織のメンバーはどんな人なのか」「仕事内容に変更はあるのか」と不安が募る中でも、業務オペレーションを統合し、共同で事業活動を進めていく必要性があります。
しかし、業務オペレーションを統合する際には多くの適応課題が発生する可能性が高く、慎重に統合を進めていく必要があります。
東南 企業がシナジーを生み出すためには業務オペレーションの統合が欠かせません。業務プロセスや言語が統一されなくては不効率な作業が続くだけです。しかし、社員にとって使うツールが変わるなど、目の前の業務が変わることは大きなストレスを生み出します。これまで積み上げてきた業務ルーティーンを崩してもらうためには、一つひとつの変更に納得感を持ってもらう必要があります。
納得感ある業務オペレーション統合のためには「組織文化」の視点が必要だと東南は続けます。統合の際には、なぜ組織がそのプロセスやツールを採用していたのかという背景が大切です。
組織文化は、組織心理学者のエドガー・シャインによれば、このような氷山モデルで表されます。組織文化は目に見えるものと目に見えないもので構成されており*6、業務オペレーションは組織文化の中でも見に見える部分であり、その背景には暗黙の組織の信念や価値観があります。
東南 業務オペレーションを統合することは互いの組織が大切にしている価値観を知るのと同じです。議事録の書き方を揃えたり、社内コミュニケーションツールを一元化したりする際にも、なぜその書き方/ツールを選ぶのかといった理由の部分から目線を合わせることで、組織理解が深まり、業務オペレーションの統合を納得感をもって進められます。
事業ビジョンを語るだけでなく、「統合的なマネジメント」を
最後に、M&A後3ヶ月後以降の再凍結(定着)期間です。このフェーズでは組織は徐々に落ち着き、安定した状態に入ります。社員は今後の身の振る舞いを考えるようになるため、「この組織で働きたい」「この仕事を続けたい」と、社員が働き続けることを前向きに捉えられる環境づくりが求められます。
そこで重要となってくるのが現場と経営の架け橋になるミドルマネージャーの存在だと東南は述べます。日々の業務の中で社員が直接的に関わるのは経営層ではなく、直属の上司です。現場の最前線に立つ彼/彼女らが部下を総合的にマネジメントすることが、M&Aにおける社内コミュニケーションにおいて重要度が増していきます。
東南 ミドルマネージャーは点ではなく面を意識したマネジメントをする必要があります。事業のビジョンのみを語るのではなく、個人や部署としての未来、目的達成状況や人員リソースの確保までに目を向けて統合的にマネジメントを行うことで、社員は自身や所属する部署の現在・過去・未来の解像度を高めることができ、組織で働く意味を見出すことにつながります。
CULTIBASEイベント「現代組織におけるマネジメントの役割を捉え直す:マネージャーが向き合う4つの命題が生む矛盾とは?」より
MIMIGURIの合併にみる──M&Aのコツは早期のシナジー実感・ビジョン提示
イベントの後半では、株式会社MIMIGURIの合併プロセスを題材に、異なる組織文化を統合する組織開発の方法論が掘り下げられました。
CULTIBASEの運営を行うMIMIGURIは2021年3月にミミクリデザインとDONGURIが合併により生まれました。合併のプロセスとしては図のようになっています。2019年よりDONGURIからミミクリデザインへの組織コンサルティングがはじまり、その一年後に資本業務提携が成立、さらに一年後には合併によりMIMIGURIが設立します。
東南 MIMIGURIの合併プロセスのなかでも特徴的なのが、合併した段階で既に再凍結フェーズにあったことです。この時期には、同じオフィス/Slackを使い事業を進めており、業務オペレーションの統合がなされていました。この状態の実現には、早期のシナジー実感とビジョンの共有が大きく起因したと思っています。合併の話が挙がった段階から、CULTIBASEのメディア機能のリリースといった共同プロジェクトの実行や、両社のマネージャークラスを中心とした会議を重ねており、互いの強みや特性を理解できていました。
さらに和泉は組織文化を統合するにあたって最も有効な施策はCreative Cultivation Model(CCM)の創出だったと続けます。
CULTIBASE記事『最新版「Creative Cultivation Model(CCM)」とは:組織の創造性をマネジメントするための見取り図』より
和泉 CCMの開発により、ミミクリデザインが元々持っていた組織開発やワークショップデザイン、とファシリテーションなどの専門性と、DONGURIによるのマネジメントやコンサルティング、デザイン、クリエイティブといった専門性が合わさることによるシナジーを、構造として理解できました。目指したい組織像とその達成法が明確化され、スムーズな組織マネジメントが実現したと思います。
また、合併後にはCCMを各部署ごとの言葉で語り直すという作業を行いました。これにより、社内メンバー全員がM&Aによって生まれるシナジーを自分事化できている状態を実現できました。
CCMなどの組織開発のフレームワークを設計し、個人レベルからチームレベルまで、目指す組織像を明確化することは、M&Aの各フェーズにおいて大きな貢献をもたらします。
イベント内では、解凍・変化・再凍結のそれぞれの段階でミミクリデザインとDONGURIが行った施策についてより詳しく紹介しています。人と組織に注目したM&Aのより具体的な施策について知りたいという方はぜひ下記のアーカイブ動画をご覧ください。
なぜM&Aはうまくいかないのか:異なる組織文化を統合する組織開発の方法論
また、本講座のスピーカー・東南が共著者の一人を務めた書籍『M&A後の組織・職場づくり入門──「人と組織」にフォーカスした企業合併をいかに進めるか』が「HRアワード2022」書籍部門で入賞しました。現在最優秀・優秀賞を選出する投票を実施中です。よろしければぜひこちらより投票に参加してみてください(投票締切:2022年8月26日17時まで)。
引用・参考文献
*1 MARRonline「グラフで見るM&A動向」
*2 Deloitte「日本企業の海外M&Aに関する意識・実態調査結果」
*3 ウイリス・タワーズワトソン編『M&A シナジーを実現するPMI :事業統合を成功へ導く人材マネジメントの実践』(2016)東洋経済新報社.
*4 ロナルド・A・ハイフェッツ,マーティ・リンスキー,アレクサンダー・グラショウ,水上雅人『最難関のリーダーシップ -変革をやり遂げる意志とスキル』(2017)英治出版.
*5 Bernard Burnes(2004).Kurt Lewin and the Planned Approach to Change: A Re-appraisal. JOURNAL OF MANAGEMENT STUDIES, 41(6), 977-1002.
*6 エドガー・H・シャイン, 梅津 裕良, 横山 哲夫『組織文化とリーダーシップ』(2012)白桃書房.
Text by Kai Kojima