創造性に欠かせない「概念シフト」とは?一橋大学・永山晋さんに聞く、認知変化がもたらす変革メカニズムの最新研究

創造性に欠かせない「概念シフト」とは?一橋大学・永山晋さんに聞く、認知変化がもたらす変革メカニズムの最新研究

/

約14分

学術知の探究

#創造性
#アイディア
#問い
#組織学習
#ナレッジマネジメント
#CI
#実践研究方法論
#組織文化開発論
#ナレッジマネジメント論
#組織デザイン論
#デザイン論
CULTIBASE編集部
CULTIBASE編集部

iPhone、Airbnb、メルカリ……世の中を大きく変える新しい製品やサービス、ビジネスモデルは、いかにして生まれるのでしょうか。

「人や組織の創造性はいかなるメカニズムによって左右されるのか」をテーマに研究を行う一橋大学准教授の永山晋さんによれば、「概念シフト」と呼ばれるイメージ変化のプロセスが、イノベーション創出のメカニズムにおいて重要なカギを握っていると言います。

本記事では概念シフトの定義や概念シフトが起こるメカニズムについて、認知科学や神経科学に関わる研究知見とともに、永山さんに解説いただきます。まだまだ草創期で、研究成果として明らかになっていない内容も多いこの領域ですが、永山さんの仮説も含めて現在地をお話しいただきました。

永山 晋(一橋大学ソーシャル・データサイエンス教育研究推進センター 准教授)

1982年生まれ。広島県出身。2002年広島市立大学情報科学部休学後、音楽制作会社で働く(同大学退学)。2007年に早稲田大学商学部に編入学し、2009年に卒業。2011年に同大学院商学研究科博士後期課程に進学し、2017年に早稲田大学より博士号(商学)を取得。早稲田大学商学学術院助教を経て、2017年から法政大学経営学部講師に着任。2018年より准教授。楽天ピープル&カルチャー研究所アドバイザリーボード(2018年10月より)、野村不動産Human First研究所アドバイザリーボード(2020年11月より)を兼任。2022年4月より現職。

社会や時代ともに、「概念」は変化し続ける

「概念シフト」とは、どのようなものでしょうか。永山さんによれば、概念シフトとは「ものごとに対するイメージ(=概念)が大きく変化するプロセス」であり、私たちが日々体験しているものです。

「スマホ」「インスタ映え」「SDGs」「プレミアムフライデー」……私たちの身の周りでは、常に新たな概念が生み出され、変化し、消えていっています。例えば最近では、コロナ禍によって「働き方」の概念が大きく変わりました。リモートワークが以前より身近なものになり、オフィスは「単なる職場」から「コミュニケーションのための特別な空間」になったと言う人も多いでしょう。

なぜ、概念シフトがイノベーションにつながるのでしょうか。それは、概念シフトによって人の認知が変化することで、新たな価値が生まれるためです。同時に、既存の価値の一部は失われ、企業には変化への対応が求められます。

永山 例えば携帯電話が普及する前まで、カフェは主に『待ち合わせのための場所』として利用されていました。しかし今は、待ち合わせのためにカフェを使っている人はあまりいませんよね。代わりにPCを広げて作業する人が増え、カフェの価値は『快適に過ごせるサードプレイス』へと変化しました。その結果、もしかしたら『主要駅近くに立地すること』は、かつてほど重要ではなくなったかもしれません。
またイヤフォンは、かつては『音楽を聴くためのツール』であったことから、音質が重視されていました。しかし、『スマホやPCと接続し、人と通話するためのツール』という価値が生まれたことで、音質だけでなく、小型であることやワイヤレスであることが重視されるようになりました。

社会の中で概念は常に変化し続け、それに合わせて価値の転換も起こり続けます。だからこそ、ビジネスは盛者必衰であり、個人の生活スタイルも変わり続けるのです。

したがって、主体的に概念シフトを起こすことができれば、それはビジネスにとっても個人にとっても、大きな意味を持つことになります。

概念とは、「予測」のための正確かつ単純なモデル

概念シフトのメカニズムの説明に入る前に、「概念」の定義をもう一段掘り下げてみましょう。

スマートフォンを例に考えてみます。私たちが普段「スマホ」と言うとき、写真のような詳細な姿かたちや具体的なスペックをイメージする人はほとんどいないでしょう。どちらかといえば、「画面をタッチして操作できる便利な電話」のような、もう少し抽象的なイメージで「スマホ」を捉えているはずです。

概念は英語で「Concept(原義:同時に抱く)」であり、文字通り「いま おおむね こころに あるもの」。このことからも、言葉としての「概念」にも、状況によって移ろう、曖昧なものであるという意味が込められていることがわかります。

抽象化されたイメージである概念を使うことによって、一つの語句にさまざまな情報を圧縮して詰め込み、他者とコミュニケーションをとることが可能になります。

さらに永山さんは、私たちが世界を知覚するうえで、概念が重要な役割を果たしていると話します。

永山 私たちが直感的に思い浮かべる知覚の仕組みは以下のようなものでしょう。それは、目などの感覚器官によって得られた情報を脳内で処理してはじめて、私たちが目の前のものを見ているというものです。しかし実際のところ、例えば私たちがものを認識する際、視覚情報に拠っているのはわずか4-10%だと言われています。では、どこから知覚が立ち上がっているかというと、主に脳からのトップダウンのプロセスだと言われています。その際、『〇〇とはこういうもの』という既存の概念を使うことで、限られた感覚情報で世界を認識しているのです。

私たちは概念を使って、現象に対して無意識に「予測」を立て、感覚情報を用いてその予測に照合する情報を集め、「答え合わせ」をしている。他方で、概念は、立てた予測と、予測をもとにして得た情報との誤差によって更新されます。それゆえ、概念シフトとは、対峙する現象と既存概念(予測)の差によって生じる大幅な概念の更新と捉えられます。だからこそ、これまでの経験とそれに伴う学習によって各自獲得した概念が異なれば、同じ現象に対する知覚が、時代や文化によって大きく変わってくると考えられます。また、新しい技術や商品・サービスを体験することで、対象へのイメージがいつのまにか変化している、ということが起こるのでしょう。

ここまでの内容をふまえて、もう少し学術的に捉え直すならば、概念とは「積み重ねの学習によって各自が獲得していった、世界の『予測』のための『正確かつ単純なモデル(対象に関する原因と結果のパターンの集合体)』」と定義することできるかもしれません。

永山さんは、この定義のうち「正確かつ単純」という部分が、概念シフトのメカニズムを考えるうえでのポイントだと言います。

永山 例えば『虹』には、本来は無限の色があるわけですが、それを『7色』に単純化することによって、情報処理や伝達が容易になります。一方で、この色が『4色』や『3色』まで単純化されてしまうと、虹ではないものを虹と誤認する可能性があります。そのため、正確さと単純さは常にトレードオフであり、その最適なバランスを、脳は自動的に探っているという指摘があります。

「概念」と「現実」のギャップを埋める、推論と行動のメカニズム

ここまでの「概念」についての議論を踏まえ、永山さんは概念シフトの方法論に関する研究を紹介してくれました。

先に述べた知覚のプロセスの説明にもあった通り、概念シフトは、事前に持っていた「概念(イメージ)」と実際に情報を得た「現実(現象)」のギャップによって引き起こされると考えられます。

「概念(イメージ)」と「現実(現象)」は絶えず作用し合うわけですが、永山さんの試みとは、そのプロセスを神経科学者のカール・フリストンが提唱する「能動的推論モデル」を用いて説明しようとするものです。

「能動的推論」とは脳の情報処理に関するモデルです。このモデルは、「人間を含む生物は、感覚的観察の驚き(自由エネルギー)を最小化する」という仮定を持ちます。生物は環境から受動的に情報を得てその驚きを最小化するというよりは、望ましい感覚的観察を得るために能動的に環境に働きかけ、行為と知覚を制御しながらこの驚きの最小化を行うだろうというモデルです*1。このモデルに照らし合わせることで、概念シフトが具体的にどのような変数によって起こされるのかを検討することができると考えているとのこと。

この式における「F」は「自由エネルギー」と呼ばれ、能動的推論モデルでは、生物は環境に適応すべく、これを最小化すると仮定しています。このFは、正の「複雑性(推論と事前信念(概念)の乖離度、推論をどの程度変化させるべきか?)」と負の「正確性(概念の予測がどの程度現象と正確にマッチするか?)」から表されます(ただし、式展開によって他の意味解釈も存在します)。それゆえFを最小化するうえで、正確性が高く、複雑性が低いことが求められるのですが、この2つが互いに足を引っ張り合う関係にあります。既存概念(事前信念)から乖離してまで正確性を追求しようとしない、ということです。そのため、複雑性と正確性のバランスが最適なポイントに落ち着くように、推論を変化させているというのが、この式の意味するところです。

さらに、先にも述べた通り、私たちは、頭の中の推論を変化させるだけでなく、行動を起こす(環境に働きかける)ことによって、推論の正しさを確かめることができます。例えば、「対峙している人物が危険かどうかを見極めるためには、笑顔を見せるかどうかが重要」という予測(概念)があったとします。その場合、その人に挨拶することで、何らかの表情を引き出せるかもしれません。これは受動的にその人の表情を読み取るというよりは、環境に働きかけて情報を収集していることを意味します。

このように能動的推論モデルでは、私たちは将来驚かないよう(不確実性の低下ができるよう)豊富な情報が得られる状態に、かつ好ましい現象が得られる状態(双方の和は負の期待自由エネルギーと呼ばれます)に到達すべく行動を決定する、という仮定を持っていると永山さんは言います。

永山 将来驚かないためには、まず未知の事物に対する情報を集める必要があります。新たに得られた情報によってどの程度自分の推論が変わるか(=認識的価値)は、環境が一定であれば、情報を得るにつれて次第に逓減していきます。すると今度は、自分にとって好ましい現象が得られる確率(=実利的価値)を上げるべく、得られた情報をもとに、自分の選好に沿った行動を取れるようになります。
つまり、新たな情報を得る「探索」と、その情報をもとに自分にとって好ましい行動を起こす「活用」のプロセスを繰り返すことで、環境に適応できるのです

下記の数式は、これらのプロセスを表したものだといいます。

概念シフトを起こすための条件:言葉・道具・所作

ここまでの内容を踏まえると、概念シフトが起きる条件を、次のように整理することができると永山さん。

まず、既に知覚/体験している現象の概念を変えるためには、複雑性と正確性のバランスをとりつつ概念である変数「s」を変化させる必要があるため、「①新しい概念と旧概念の乖離度が低い(複雑性が低い)」「②新しい概念が現象をよく説明している(正確性が高い)」の2条件を同時に満たす必要があると考えられます。

さらに、新たな概念の獲得や定着には、大抵の場合「行動」が必要になります。この行動を変えるためには、「①認識的価値が高い(獲得できる情報が多い)」「②実利的価値が高い(獲得できる報酬が多い、自分にとってより好ましい現象を得られる」の2条件が必要になります。

永山 概念シフトを起こすには、上記の条件を満たすような形で、新しい概念を司る『言葉』と、新しい行動や体験へと誘う『道具や所作』を用意する必要があるのです。より具体的に言えば、直面している世界の現象(体験)をよく説明でき、かつ、既存の概念からの乖離(複雑性)が小さい『言葉』と、既存概念では説明できない新しい体験(情報)をもたらすと同時に、古い概念世界で良いとされてきた利点が得られる/悪いとされてきた負を解決する体験をもたらす『道具・所作』です。

概念シフトがうまく起きた事例としてわかりやすいのは「サウナ」かもしれません、と永山さんは続けます。

永山 サウナは、かつて、とりわけ若者にとっては『お風呂のついでに入るもの』程度の位置付けで、サウナを目的として銭湯に行く人はほとんどいませんでした。しかし『ととのう』という効用をわかりやすく表す『言葉』が生まれ、『サウナ⇨水風呂⇨外気浴』という一連の『所作(典型的行動)』が提示されたことで、『サウナ』の概念が変わり、サウナブームという社会的な行動変容が起きました。

さらに、永山さんは、本当の概念シフトは「旧概念と接続した概念」→「旧概念と接続していない概念」の2ステップを経ることで“完了”するのではないかと言います。

例えば、「スマホ」のケースで考えてみましょう。「スマホ」は、「通話」というよりも、「いつでもどこでも情報の発信・取得ができる」というイメージがある方が多いのではないでしょうか。他方、携帯は「いつでもどこでも通話できる」というイメージでしょう。

仮に、携帯が全盛の時代に、「情報の発信・取得」をうたったスマホが登場したとしても、既存概念からの「乖離」が大きすぎるため、簡単には移行できません。そこで、間に「iPhone」のような、「携帯」の通話イメージと接続した概念があることで、概念シフトがスムーズに行われた可能性があります。

永山 このように、間にiPhoneのような旧概念と接続した概念シフトを経由することで、旧概念と断絶した大きな概念シフトが可能になるというのが、『概念シフトの二段階仮説』です。こうした概念シフトのモデルを用いて、過去のイノベーションを捉え直すことで、新たな発見があるかもしれません。ぜひ、今後の事業や組織開発に、『概念シフト』というフレームワークを加え、ご活用いただけたら幸いです。

本記事は、概念シフトの定義や概念シフトが起こるメカニズムを永山晋さんにレクチャーいただいたイベント「『概念シフト』のイノベーション:ヒトとコトに通底する「変革」のメカニズムとは?」の一部を記事化したものです。

Text by Mariko Fujita
Edit by Masaki Koike

*1…トーマス・パー、ジョバンニ・ペッツーロ、カール・フリストン『能動的推論──心、脳、行動の自由エネルギー原理』(ミネルヴァ書房, 2022)