よいチームは“矛盾”で遊ぶ。複雑さを力に変えるリーダーシップの最新知見
よいチームは“矛盾”で遊ぶ。複雑さを力に変えるリーダーシップの最新知見

よいチームは“矛盾”で遊ぶ。複雑さを力に変えるリーダーシップの最新知見

2023.03.17/7

「既存事業を伸ばしつつ、新規事業を開発してほしい」

「利益は最大化しつつ、環境にも配慮したい」

「トップダウン型の組織構造はそのまま、ボトムアップ的なアプローチを増やしたい」

ビジネスの現場は、矛盾とも言える難題で常に満ち溢れています。“両利きの経営”の「知の探索」と「知の深化」も、考えてみれば相矛盾する2つの概念です。

こうした矛盾を一度に対処しようとしても、ついつい片方のみにフォーカスしてしまいがち。もう片方がおざなりになってしまったり、「どちらから手をつければいいのか分からない」と、身動きが取れなくなることも多いのではないでしょうか。

一方で、「矛盾(パラドックス)は、組織を力強く前進させる力にもなる」と語るのは、リーダーシップ教育の研究・実践を進める舘野泰一(株式会社MIMIGURI リサーチャー/立教大学経営学部准教授)。

本記事では、オンラインイベント『組織の「矛盾」を手懐けるリーダーシップの最新知見』の内容を元に、舘野泰一と安斎勇樹による新刊『パラドックス思考 ─ 矛盾に満ちた世界で最適な問題解決をはかる』の執筆のきっかけになった「パラドキシカル・リーダーシップ」についてをご紹介します。

リーダーシップは「全員」が発揮すべきもの

パラドキシカル・リーダーシップの解説に入る前に、そもそも「リーダーシップ」とはどのようなものでしょうか。もしも、「マネージャーや経営者のような役職を持った人が発揮すべきもの」「チームや事業を統括し、引っ張っていくもの」「生まれ持った才能やセンスによって決まるもの」というイメージがあるならば、考え方をアップデートする必要があるかもしれません。

近年のリーダーシップ論においては、「リーダーシップはメンバー全員が発揮すべきものである」という考え方が主流になってきています。この背景となるのはシェアド・リーダーシップの研究です。

チームの全員によるシェアド・リーダーシップが発揮されている環境は、心理的安全性が高く、成果につながりやすいということが研究によって分かってきました。リーダーシップは、「リーダーのセンスがある人が、役職についたときに人を引っ張る・責任をとる際に使うもの」から、「全員が発揮」するものであり、「陰から支える行動」も当てはまり、「学習可能」なものになっているのです。

また「全員発揮」型のリーダーシップを実践する上でキーワードになるのが、「自分らしさ」です。こうした流れにより「リーダーは他の優れたリーダーを真似るのではなく、自分と向き合い、自分らしいリーダーシップ・スタイルを築くことが重要である」というオーセンティック・リーダーシップの考え方にも注目が集まっています。

矛盾するものを両立させるリーダーシップ論を考える

しかしながら、こうした新たなリーダーシップの考え方を実践しようとすると、さまざまな問題にぶつかります。

たとえば、シェアド・リーダーシップ型の組織では、責任の所在があいまいになり、決めるべきタイミングで決断をすることができなくなる、といった問題が出てきます。学生の組織の場合は、フラットな組織であることが一番の目的になってしまい、プロジェクトの進行が二の次になってしまうこともしばしばあります。

また、「自分らしさ」を活かしたリーダーシップを実践しようとするあまり、臨機応変さや柔軟さが失われる、ということもあるでしょう。

トップダウンとボトムアップ。一貫性と臨機応変さ。こうした相反する2つの要素は、本来いずれも組織にとって重要なものです。また、従来型のフォーマルなリーダーシップとシェアド・リーダーシップが両立しうることは、もともと研究者たちによって主張されていました。

ならば「どちらを選ぶか」ではなく、「どのように両立させるか」を考えられないだろうか。組織の矛盾を、組織を前進させる力に変えていけないだろうか。こうした問題意識のもと舘野は、パラドキシカルなリーダーシップについての研究を始めました。

パラドックスは大きな可能性とリスクを秘めた「両刃の剣」

矛盾(パラドックス)を活用していくためには、パラドックスがどのような性質を持つものなのかを知っておく必要があります。そこでまずは、組織論においてパラドックスがどのように捉えられてきたのかを確認しておきましょう。

「効率性を高めつつ、創造性を育むには」「既存事業を回しつつ、イノベーションを生み出すには」。こうした二項対立を含んだ問いは、ビジネスにおける永遠の課題でした。

これらが容易に解けないパラドックスであることは、これまでの研究においても指摘されてきました。一方でそもそもパラドックスとは何なのか、どのような性質を持つものなのか、もっと掘り下げて考える必要があるという問題提起が論文上でなされたのが、2000年のことでした。

著者であるルイスは、パラドックスを「矛盾しているが相互に関連する要素」「単独では論理的に見えるが、同時に適用すると不合理である要素」と定義しました。

その後もパラドックスは、「組織の複雑性・多様性を認識するレンズ」として、注目を集めるようになりました。

パラドックスの持つ性質は、一言で言えば「両刃の剣」です。

パラドックスには、「創造や変化の種となる」という光の側面があります。一方で、長期にわたって矛盾した状態にさらされることは、人間にとって大きなストレス。組織を疲弊させたり、2つの矛盾の間で議論が堂々めぐりしてしまい、行動がとれなくなったりするリスクがあるのです。

パラドックスは「回避する」のではなく「受け入れる」

この「ハイリスク・ハイリターン」とも言えるパラドックスを、うまく使いこなすためにまず重要なのは、パラドックスを回避したり抑制しようとするのではなく、パラドックスを受け入れ、その中に身を置くことです。

パラドキシカルな状態は不快感や緊張感を伴うため、パラドックスを回避するような認知や行動をとりたくなります。しかし一時しのぎ的な回避を続けていくと、ますますパラドックスの渦に捕えられてしまいます。

矛盾する2つの要素の間で対立を起こすのではなく、両者を受け入れた方が成果につながりやすいことは、いくつかの事例によっても明らかになっています。

たとえば、弦楽四重奏の演奏において、どのようなチームであればよりよい演奏を行えるかを調べた研究(*)がありました。

四重奏の演奏においては、誰か1人が引っ張っていくという「強力なリーダーシップ」と、一人ひとりが自律してよい音楽を奏でるという「個人の自律性」の両方が重要です。そしてこの2つは、矛盾としてしばしば衝突することがあります。

研究の結果、「こうするべきだ」と議論を行ったチームではなく、2つの矛盾する要素があることを理解したうえで、その矛盾を“遊べる”ようなチームの方がよりよい演奏ができていたことが分かりました。

このように、パラドックスの力を引き出すには、その存在をチームのメンバーで認知する必要があります。しかし、矛盾があることが分かっているにもかかわらず、対立的な議論は行わない、というのは案外難しいものです。

ここでうまく使いたいのが「ユーモア」。正面から論理的に伝えると角が立ってしまうような指摘も、ツッコミをいれるときのようなユーモアのある方法で伝えることで、摩擦を減らすことができます。

パラドックスへの向き合い方や対処法、活用法については、舘野と安斎による新刊『パラドックス思考 ─ 矛盾に満ちた世界で最適な問題解決をはかる』の中でも扱われています。ぜひ合わせてご覧ください。

パラドキシカル・リーダーシップとは

ここからは、パラドックスを活用したリーダーシップ論「パラドキシカル・リーダーシップ」の内容に入っていきましょう。

パラドキシカル・リーダーシップの概念を知る上でわかりやすいのが、2016年にハーバード・ビジネスレビューに掲載された「“Both/And” Leadership」 という記事です。

この記事では、リーダーは「A or B」の二者択一ではなく、「A and B / C」の視点に立つべきである、ということが言われています。

これまでリーダーには「一貫性」が求められてきましたが、VUCAの時代において一貫性を望んでも、報われることはありません。「目の前の売上を上げることに集中しよう」と言っても、すぐさま「長期的な売上はどうするんですか?」という声が上がるように、1つの固定的な解決策を選べば、別の目標を求める声が上がります。

一方、リーダーが安定ではなく変化を好み、パラドックスのある状態を自信を持って受け入れると、組織は変化しつつもバランスのとれている「動的平衡状態」に達します。この動的平衡状態の維持こそが、リーダーが目標とするべきものです。

その達成のためには、下記のような視点に立ってリーダーシップを発揮していくことが有効だと言われています。

講演内では、パラドキシカル・リーダーシップについてより詳しい内容や実践について紹介し、パラドックスを受け入れるためのマインドセットについてもご紹介しています。より詳しく知りたい方は、アーカイブ動画をご覧ください。

参考文献

(*)Murnighan, J. K., & Conlon, D. E. (1991). The dynamics of intense work groups: A study of British string quartets. Administrative Science Quarterly, 36(2), 165–186.

執筆:藤田 マリ子

編集:佐藤 由佳

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