プロジェクトの”関係性の変化”を可視化する:共創の営みを築く、パーパスモデルの思想と実践

プロジェクトの”関係性の変化”を可視化する:共創の営みを築く、パーパスモデルの思想と実践

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約15分

昨今、持続可能性や社会的意義を重視する社会背景のもと、「共創」というキーワードに注目が集まっています。しかし、さまざまな立場の人が関わる「共創プロジェクト」の具体的な実践方法やプロセスは、語られる機会が少なく、多くの人が試行錯誤している最中にあります。

書籍『パーパスモデル: 人を巻き込む共創のつくりかた』(以下、『パーパスモデル』)では、「いろんな立場の人が関わるプロジェクトの『設計図でありコミュニティツール』」として「パーパスモデル」と呼ばれるモデルが紹介されています。

本記事では、『パーパスモデル』の著者の一人であり、数多くの共創プロジェクトに参画・研究してきた吉備友理恵さん(株式会社日建設計イノベーションデザインセンター)をお迎えし、「共創」をめぐるプロジェクトの思想と実践知を伺ったときの模様をお届けします。聞き手は小田裕和(株式会社MIMIGURI デザインリサーチャー/コンサルタント)が務めました。

複雑な問題を共創の力で創造的に解決するために、社内外のステークホルダーが豊かな関係性を築いていくために、何ができるのでしょうか。現場とモデルを往復した実践を続ける吉備さんの目線に迫ります。

プロフィール

吉備 友理恵(株式会社日建設計イノベーションデザインセンタープロジェクトデザイナー)

1993年生まれ。神戸大学工学部建築学科卒業。東京大学大学院新領域創成科学研究科社会文化環境学専攻修士課程修了。株式会社日建設計NAD室(Nikken Activity Design Lab)に入社し、一般社団法人FCAJへの出向を経て現職。都市におけるマルチステークホルダーの共創、場を通じたイノベーションについて研究実践を行う。共創を概念ではなく、誰もが取り組めるものにするために「パーパスモデル」を考案。日建設計本社にある都市課題を共創で解く場「PYNT(ピント)」の企画運営を行う。

パーパスモデルは、多様な立場の人が関わるプロジェクトの『設計図でありコミュニティツール』

吉備さんは、企業・行政・市民など、立場が異なる多様なステークホルダーが関わるプロジェクトについて、特に「共創」をキーワードに研究と実践を重ねてきた吉備さん。パーパスモデルは、これらの「共創プロジェクト」の事例の中で発生したさまざまな課題を解決するために考案されました。

吉備友理恵さん(以下、吉備)

「共創プロジェクトについて研究する中で、『共創って、そもそも何なのかわからない』や『実際、何をどんなふうにやっていくの?』といった声をよく耳にしました。そのような“わからなさ”が原因でプロジェクトが行き詰まってしまうこともあって、もったいなさを感じることも多くありました。そのような課題に直面して、『プロジェクトを可視化して見せることができたら、共創プロジェクトの後押しになるのではないか』と考え、モデル化にチャレンジしたんです」

パーパスモデルの見方には、3つのポイントがあると吉備さんは語ります。1つ目のポイントは、中央に配置されている「共通目的(パーパス)」と、その周りの「各ステークホルダーの目的と役割」です。2種類の目的が同心円状に描かれることで、プロジェクトに関わる全員が共通して目指す目的と、その目的の実現に向けて、どんな人や組織が、どんな理由で、どのような関わり方をしているのか、一枚の図の中で表現されています。

2つ目のポイントは、各ステークホルダーが配置される位置です。パーパスモデルでは、プロジェクトを主体的に進める組織やそのパートナー、そしてプロジェクトに自発的に貢献してくれるユーザーなどは、「主体的な共創パートナー」として、図の下側に配置します。一方、プロジェクトの成果物を対価を支払って利用するユーザーや、顧客企業などは、「共創に関与するステークホルダー」として、上側に置きます。

従来のプロジェクトでは、多くの場合、「企業が主体であり、ユーザーが客体である」と画一的に捉えてしまいがちです。しかし、ステークホルダーとして関わる企業がすべて主体的に共通の目的の実現に向けて動いてくれるとは限りません。また、ユーザーの中に、時間やお金を使ってでも協力的に関わりたいと思っている人がいるかもしれません。企業だから、ユーザーだからといった枠組みにとらわれず、プロジェクトに対して主体的に関係性を持ちたいステークホルダーによる自由な連帯を重視したい思想が反映された設計といえるでしょう。

最後の3つ目のポイントは色分けです。企業・行政・市民・大学/研究機関という4属性ごとに色を分け、どのような立場のステークホルダーがどれくらいの割合で関わっているのか、ひと目でわかるように描かれています。

聞き手を務める小田は、特に2つ目の特徴について、次のように指摘します。

小田
「『主体性の線を引く』という点が興味深いですね。線の下側に書かれているのは、いわゆる『この指止まれ側』でプロジェクトの目的に共感して集まった人たち。上側の人は『そこに集まってくる人たち』です。しかし、プロジェクトに関わるうちに、上側にいた人たちが『この指止まれ側』(下側)に回ってくることもありそうですね」

吉備
「まさに、そうですね。仲間がどんどん増えていき、下側に入っていくステークホルダーが増えることもあります。パーパスモデルは、プロジェクトにおけるその時点での関係性を捉えることができるものだと考えています。なので、たとえば一つのプロジェクトの中でパーパスモデルを数回にわたって制作し、それを時系列順に見ていくことで、プロジェクトの中で関係性がどう変化していったのか、可視化することもできるんです」

また、吉備さんは複数の共創プロジェクトをパーパスモデルという共通のモデル上に表すことによって、各プロジェクトの特徴をあぶり出すこともできるのだと語ります。

このようにパーパスモデルは、「一度つくって終わり」なモデルではなく、日々変化するプロジェクトのその時点での状態を可視化する”スナップショット”として使うことができるモデル図でもあります。

パーパスモデルで、プロジェクトの『関係性の変化』を捉える

パーパスモデルを活用した事例のひとつとして語られた、東京・下北沢周辺エリアにおける再開発プロジェクト「BONUSTRACK」も、プロジェクトが進むにつれて関わるステークホルダーのあり方が大きく変化したプロジェクトでした。

小田急電鉄株式会社を中心としながら、まちづくりでよく見られるトップダウン的なアプローチではなく、地域のプレイヤーとの共創を軸に「支援型開発」を目指した本プロジェクト。吉備さんはプロジェクトの背景や過程を詳細に解説しながら、このプロジェクトに関わるステークホルダーの関係性の全体像が変化していく様子を、「初期」「転機」「現在」「未来」の4つフェーズごとに制作した4枚のパーパスモデルを用いて説明します。

吉備
「パッと見ただけでも、色がカラフルになって、関わっている人が増えていることがわかると思います。だんだんプロジェクトが成長しているさまが見えてくるというか.......」

小田
「成長している様子が感じられるというのは面白いですよね。単純にステークホルダーの種類が増えていることもわかるんだけど、それだけではなくて、共通の目的の仲間が増えていることが可視化されている。プロジェクトが進めば進むほど、“賑わっている”ことがわかります」

ステークホルダーが徐々に増えていく中で、良好に共創し続ける関係性を維持していくことは容易ではありません。そうした課題に対しては、パーパスモデルの中心に位置する「共通目的(パーパス)」の存在が鍵を握ると吉備さんは話します。

吉備
「来街者が多い下北沢ですが、ボーナストラックでは地域の人を中心として、プロジェクトの『軸』になるように、共通目的(パーパス)がつくられていきました」

小田
「ステークホルダーがそれぞれの視点からこの図と向き合うことで、必然的にパーパスを通じた『問い』が生まれますよね。プロジェクトに関わる全員が目指すパーパスと、自分自身が関わる理由との繋がりについて考えることになると思います。何より、ステークホルダーが増えたりして、プロジェクトを取り巻く環境が変われば、真ん中のパーパスも問い直されて、リライトされていく。そのプロセスがあるからこそ、すごく豊かな営みが生まれているように感じます」

小田

「プロジェクトの目的を立てるにあたって、人はどうしてもわかりやすいものを立てたがる傾向があります。確かにわかりやすい目的や目標は、短期的なモチベーションの向上には有効だと思います。しかし、わかりやすいがゆえに形骸化しやすい側面もある。だから、どこかで問い直したり、アップデートされる機会がなければ、うまくいかないことも多いと感じます。

パーパスモデルが活用される共創プロジェクトでは、パーパスが状況に応じてリライトされるエコシステムが自然と備わっているように見えます。そしてそのエコシステムの中でそれぞれのステークホルダーがどのように関わり、営みを紡いでいるのか、詳細に見ることができるところが興味深いですね」

吉備

「そうなんです。わかりやすく、きれいにモデル化してしまうと、『一度描いたらゴール』と思われることが多いんですが、それは違うと思っています。パーパスモデルは、話し合いを重ねながら、描いては消してを何度も繰り返しながらつくり上げています。

BONUSTRACKのパーパスも、最初は全然、こんなに短くまとまった言葉で表現されてはいなくて、ものすごい文量だったんです。けれども、他の人に伝えるために、削って削って、最終的にここまで短くなりました。ぐちゃぐちゃしたモデルを途中でいくつもつくりながら、(対話を重ねて)今のかたちに出来上がったんですよね」

パーパスモデルはいかにして共創の“営み”をつくり出すのか?

そもそも、立場の異なる人同士が共創することはなぜ難しいのでしょうか。

吉備さんはその要因として、「自分たちが関わる意味をうまく語れない」ことと、「想いを共有する機会が少ない」ことの2点を指摘します。

まず、「自分たちが関わる意味をうまく語れない」とは、どういうことでしょうか。吉備さんは目的工学研究所の図を引用しながら、次のように語ります。

吉備
「たとえば、SDGsのような社会的に広く掲げられているものや、あるいは組織でいうと経営計画やビジョンなどの「大きな目的」に対しては、ほとんどの人が、それらと自分自身との間に距離を感じていると思うんですよね。だから、「大きな目的」と個人レベルの「小さな目的」を繋げる、中間くらいの「私たちごととして向き合える目的」を見出していくことが重要だと考えています。その最初の一歩として、「私たち」の中で共通する目的をともにつくり上げていくことが、「なぜ自分や組織がこのプロジェクトに関わるのか?」と考えるきっかけになるのだと思います。

小田
「パーパスモデルで掲げられるパーパスは、具体と抽象のバランスがいいですよね。中心に置かれる文言が”私たちごと”になるところもそうなんですが、ステークホルダーがそれぞれ自身の目的を言語化することによって、パーパスに対する解釈の多様さが可視化されて、膨らんでいくような印象を受けるんです。この解釈が膨らんでいく感覚を持てることが、僕は理念浸透においてはすごく大事なことだと考えていて、それが自然と生まれる関係性がつくれるのが、とてもいいなと思っています」

続いて2つ目の「想いを共有するタイミングが少ない」ことについて。吉備さんは昨今様々なプロジェクトでこの問題が起こっていることについて触れながら、その課題に対してパーパスモデルを通じて、どのようにアプローチしているのか、次のように語ります。

吉備
「パーパスモデルでは、共通の目的と同時に自分自身の関わる目的も書くので、それを見せ合うことで、共創する相手がどんなモチベーションで関わっていて、自分と共感できるものをもっているかどうかを知ることができたり、相手の立場からパーパスを見てみる機会になったりするんですよね。想いを語り合うきっかけをつくったり、(その重要性を)感じてもらえる機会になっているのかなと思います」

小田
「他方で、ぼくは『相手のことがわかっている』というのは、ある意味、幻想だと思っていて。完璧にわかっているということはありえなくて、『相手についてある程度の理解を持っている自分がいる』というだけでしかないと考えています。その中で、パーパスモデルを通じて、たとえば、『私はこのプロジェクトに関わる自分自身の目的について、こんなふうに思っています。そして、別のステークホルダーはこう思っているんじゃないかと思います』と開示したとする。それに対して、別のステークホルダーが『いやいや、自分はこう思っているよ』と応答する。そこで認識の差が浮き彫りになりますよね。パーパスモデルを用いることで、お互いがお互いを知り合ったり、自分に対する理解が深まったりする"営み”が生まれているのだと思います」

吉備
「"営み”って言葉、いいですね。これから使っていこう(笑)」

小田
「モデルを描いて終わっちゃうだけじゃないですもんね」

吉備

「私がなぜ『共創』に惹かれるかというと、誰かが『よくしてくれるだろう』ではなくて、『私たちでよくしていくこと』ができるからです。

一人でも多くの人が一人では解決できない厄介な問題に向き合うことができるように、ツールを作成したり、事例を共有したりすることを通して、皆さんとともに変化と向き合うチャレンジに取り組んでいきたいですね」

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本記事は、多様なステークホルダーが同じ目的(パーパス)と向き合うための共創のあり方について探求したイベント「パーパスモデルに学ぶ、サステナブルに価値が生まれ続ける自律的なチームのつくり方」の一部を記事化したものです。

イベント内では他にも以下のようなトピックスが語られました。

  • 価値観が多様化するなかで、組織内で共創を行なうには?
  • パーパスと向き合う関係性づくりにつながる「振る舞い」や「姿勢」とは?
  • 持続可能性の高い"持ちつ持たれつ”なエコシステムをどうつくるか?

90分に渡るイベントの模様は、下記のアーカイブ動画より全編ご視聴いただけます。ぜひご視聴ください。

パーパスモデルに学ぶ、サステナブルに価値が生まれ続ける自律的なチームのつくり方

パーパスモデルに学ぶ、サステナブルに価値が生まれ続ける自律的なチームのつくり方