こんにちは、舘野泰一です。私は立教大学経営学部の准教授として、若年層を対象にしたリーダーシップ教育に関する研究・実践をしています。
本連載では「リーダーシップ教育の最前線」として、リーダーシップ教育の背景となる理論や、実践の手法について紹介します。
これまでの記事では、
第1回 新しいリーダーシップの考え方について知る
第2回 リーダーシップ教育の実践の概要について知る
について取り扱ってきました。
第3回となる今回は、筆者の関わる大学教育でのリーダーシップ教育の実践事例を紹介しながら、リーダーシップ教育プログラムを具体的にどのように設計するかについて説明したいと思います。
筆者がリーダーシップ教育の研究・実践にかかわることになったきっかけ
私がリーダーシップ教育の実践・研究に携わるようになったのは、現在筆者が所属している立教大学経営学部のビジネス・リーダーシップ・プログラム(BLP)に関わったことがきっかけです。
このプログラムは2006年にスタートしました。当時、この規模でリーダーシップ教育を大学でおこなっていたのは、このプログラムだけでしょう。立教大学経営学部に入学する約380名の学生全員を対象とする大規模なプログラムながら、少人数でのアクティブ・ラーニング型授業で実践がなされています。
私がBLPに初めて関わったのは約10年前。当時は、私自身BLPのことはほとんど知らず、リーダーシップ教育という分野やキーワードもあまり聞いたことがないという状態でした。それくらい、リーダーシップ教育という実践や分野は、まだ日本で始まったばかりで、マイナーな分野だったと思います。
当時と比べると、ここ10年で急速にリーダーシップ教育は実践・研究の広がりを見せています。もちろん、いまもメジャーな領域ではないかもしれませんが、こうした連載の執筆ができたり、興味を持ってくださる読者が増えたりしていることは、驚くべき変化です。
私がBLPの運営に関わるようになったのは2013年から。BLPの1年生向けの授業の講師として参加しました。その後、2014年に立教大学経営学部に助教として着任し、現在はBLP主査というプログラム全体を統括する役割を担っています。
10年前はリーダーシップ教育の実践も研究もしていなかった私ですが、実際にプログラムに関わってみると、創業メンバーである教職員のみなさんや、授業運営に関わる学生スタッフがすさまじい熱量で運営されていて、大いに刺激を受けました。
その面白さに引き込まれて、私は本格的にリーダーシップ教育の実践、そして研究に携わるようになったというわけです。今後の社会・世の中を考えた時に、リーダーシップ教育の持つ意義は大きいと思いますが、それだけでなく、リーダーシップ教育を実践することは、実践者自身のリーダーシップを大きく成長させる機会となります。
私も、リーダーシップ教育の実践を通じて、自分の強み・弱みを自覚し、毎年新たなリーダーシップスタイルに挑戦しています。
以上が、私がリーダーシップ教育に携わるきっかけです。
さて、今回の記事ではこれらの経験と研究知見をもとに、BLPでリーダーシップを学ぶ場の設計する際、どのようにプロジェクト課題を設定するかについて紹介します。
BLPは大学教育の事例ではありますが、近年企業のリーダーシップ開発として行われている「地域の課題解決プロジェクト」や「企業内の若手を集めた部門横断型の新規事業提案プロジェクト」とも設計原理は同様なので、参考になるかと思います。
リーダーシップ教育のプログラムを設計する3つのポイント
今回取り上げる授業は、私が授業設計をしている「リーダーシップ入門(BL0)」という授業です。この授業は、受講生約380人が18クラスに分かれ、連携企業さまから与えられたプロジェクト課題に取り組むことを通して、リーダーシップを学ぶというものです。
座学でリーダーシップについて学ぶわけではなく、プロジェクトに取り組み、フィードバックと振り返りを通して学びます。これは第1回の連載で紹介した「経験学習型リーダーシップ教育」というスタイルです。
経験学習型リーダーシップ教育の設計のポイントを、あえてすごく簡単にいうと、
1.リーダーシップを発揮するしかない状況を作り出す
2.そこで発揮されたリーダーシップ行動をフィードバックの素材として、振り返りを通して自身の成長につなげてもらう
といえます。設計原理は、実はすごくシンプルです。
「リーダーシップを発揮するしかない状況を作り出す」のは、リーダーシップを学ぶ最初の条件と言えます。まずは、なにはともあれ「リーダーシップを発揮する経験」をしてもらう必要があるからです。この経験は、のちのフィードバックや振り返りの大事な素材となります。
しかし、リーダーシップというのは、人間いつでも発揮しているわけではありません。例えば、ひとりで簡単にできる課題を解く時に、いちいちリーダーシップを発揮する必要はありませんよね。これではリーダーシップについて学ぶことができません。
つまり、リーダーシップを発揮したくなる・発揮せざるをえないような状況を作り出すことが最初のステップになります。主な設計ポイントとしては以下の3つが考えられます。
1.一人では解決できない課題である(協力の必要性)
2.適度に難しく、がんばれば届きそうな課題である(難易度の設定)
3.解決してみたいという課題である(課題の意義・面白さ)
CULITIBASEの読者のみなさんに対しては「リーダーシップを発揮したくなる問いを設定する」と言い換えたほうがさらにわかりやすいかもしれません。
私が設計している授業では、連携する企業の方とともに「プロジェクト課題を設定すること」を通して実現しています。プロジェクト課題とは、例えば「○○に関する新規サービスを提案せよ!」といったものです。
例えば、今年はカルビー株式会社様と連携し、学生が取り組むプロジェクト課題を提示しました(具体的なプロジェクトについてはのちほど紹介します)。
経営学部に入学した大学1年生にとって、企業から与えられる課題は「ひとりで解決することができない」課題です。むしろ難しすぎる課題なので、背伸びして届くような課題になるよう、難易度を調整する必要があります。
そして、企業のみなさんが実際に日々取り組んでいる課題に対して取り組めることは、学生にとっては「解決してみたい・取り組んでみたい課題」として認識してもらいやすいといえるでしょう。
ただし、プロジェクト課題の内容が、あまりに自分と離れたものであると、取り組む意義を見出すことが難しくなります。つまり、この部分も設計のポイントとなります。
学習者にとって意義を感じつつ、背伸びすれば届く難易度の課題を設定
次に、具体的なプロジェクト課題をみてみましょう。今年度のプロジェクト課題は2つあり、1つ目は「半日」かけて「プランの検討から発表まで」おこなうときのもの、2つ目は3ヶ月かけて取り組むものになります。
1.With/Afterコロナにおいて、「楽しい食」を実現する新たな「お菓子」を提案せよ!
2.カルビーの強みを活かした新しいサービスを考案せよ!※必ずカルビー以外の企業やブランドとコラボレーションしたサービスにすること
こうしたプロジェクト課題は、毎年、連携企業の担当者のみなさまと相談しながら決めています。決定するときのポイントとしてまず重要なことは、連携企業のみなさまにとって「本当に知りたい・解決したいと思っている課題」であるという点です。
社員のみなさまにとって切実な問題である方が、学生にとってもその本気度が伝わり、「よし、やるぞ!」という気持ちで取り組みやすくなります。平たく言えば、「ガチ度」を感じる課題にすることが大切ということです。
しかし、「本当にガチの課題」をそのままのかたちで提示すればいいかというと、そうではありません。企業の人たちがガチで悩んでいる課題をそのまま提示しても、大学1年生が短い期間で答えを出せるわけがありません。教員である私でも難しい話です。
そこで、ガチである要素を残しながら、プロジェクトに取り組む「半日」や「3ヶ月」という期間や、参加者のレベルに合わせて、課題の中に条件をつけたり、評価ポイントを工夫したりしていきます。そうすることで、「学習者にとって意義を感じながら、背伸びすれば届く難易度」になるように、課題を設定していきます。
例えば、今回のプロジェクト課題をみると、
・半日の課題は「お菓子の開発」
・3ヶ月の課題は「サービスの開発」
といった具合で、「開発するものの範囲」が異なることがわかります。当然「お菓子」のほうが限定的で、「サービス」のほうがより範囲が広くなります。
さらに、プランの条件をみてみましょう。
・半日の課題は「楽しい食」
・3ヶ月の課題は「カルビーの強み」「コラボレーション」
半日の課題では、「楽しい食」という「ユーザーである、あなたにとっての価値観」を重視しています。この課題では「カルビーさんのことを調査して、そのエビデンスに基づいてプランを考えること」はあまり重視していません。
課題を出す側と参加する側、双方にとって意義のある場にする
こうした課題にしている理由は2つあります。1つ目は、授業がはじまって間もないタイミングなので、しっかりと調査してエビデンスも含めた発表を求めるのは難易度的に難しすぎるということです。これは学習者に対する難易度的な問題ですね。やや消極的な理由にも聞こえるかもしれませんが、次の理由と合わせていることが大事になります。
2つ目は、大学生が考える「先入観なしのお菓子に対する考えや接し方」を企業側が知ることができるという点です。何かを調べて発表することは重要である一方で、かえって情報を集めてしまったがゆえに、自分が本当に素朴に思っていたことを忘れてしまうというのはよくあることです。短い時間で、インターネットで調べた情報からプランをつくっても、そうした情報は企業のひとたちにとって既知の情報であることも多いでしょう。
「ユーザーが普段どのように考えているかを知りたい」というのは、企業の人たちにとって真に知りたいことなので、「ガチの課題」の条件を満たしていると考えられます。
次に、3ヶ月の課題をみてみましょう。こちらは「カルビーの強み」という文言が追加されており、「カルビーさんのことを調べた上で、強みをどこに見出すかを検討した上でプランを発表すること」が求められています。こちらは、プランを検討する期間がある程度あることから、「調査」を追加しています。
さらに、「コラボレーション」という限定をつけることで、プランの新規性や意外性を生み出すための制約を追加しています。これは参加者にとっては「難易度が上がった」と思われるのですが、ある意味では「新規性や意外性の切り口を事前に条件として教えている」という点では「難易度を下げている」ともいえます。
このように、プロジェクト課題を設定する際には、
・参加者にとって背伸びが必要な適切な難易度になっている
・参加者が取り組みたいと思えるような課題になっている
・課題を提示する側にとって「本当に知りたい・解決したい」というガチの課題になっている
という条件を満たすために、課題の範囲や、条件をさまざまに設定して授業をつくっているというわけです。これは毎回なかなか難しく、やってみて予想外のこともたくさん起きたりもします。
今回は、大学と企業が連携するプロジェクトの例で紹介しましたが、企業でおこなわれている「地域の問題解決プロジェクトを通したリーダーシップ研修」などにおいても、同じような設計が必要になるでしょう。地域の人たちにとってガチで解決したい問題でありながら、このプロジェクトに参加するひとたちにとっても、取り組む意義と課題のレベルを考慮したプロジェクト課題を設定することが重要です。
こうした考え方は、「社内の新規事業を開発するプロジェクト」などにおいても同様で、プロジェクト課題を出す側、参加する側、双方にとって意義のある場にするためには、適切なプロジェクト課題を設定する必要があるのです。
関係者の反応を見ながらプログラムをアップデートしていく
今回は、私が関わる大学教育の事例をもとに、「プロジェクト課題をどのように設定するか」について述べてきました。こうしたプロジェクト課題は、たいてい一行の文章なので、読んだだけでは「ふーん」と思うかもしれませんが、学習者にとって絶妙な課題になるように、いろいろな側面から検討した結果、設定をしています。
この課題設定は、重要ですが、よりよい課題にするのは非常に難しいです。よい課題設定にするためには、頭で考えるだけではだめで、必ず事前に一度、運営スタッフで同じ課題に取り組んでみるなど、トライアルをするようにしています。やってみてわかることはたくさんあるので、その結果をみて、課題の文言の微調整をおこなっていきます。
しかし、どれだけトライアルを重ねても、スタートすると予想外のことが起こってきます。ある意味、事前に100%修正のいらない課題を設定するのは無理ともいえるでしょう。もちろん、20〜30点の課題ではいけませんが、スタート時点では80点くらいのものを目指して、実施していく中で、条件を足したり、明確化したりして、調整していくのが現実的といえるでしょう。
アプリやネットゲームの「アップデート」のような感覚ですね。ユーザーの反応をみながら、絶妙に課題のバランスをとりつつ、参加者全員にとって意義ある場をつくることが、難しくもあり、リーダーシップ教育を行う上での醍醐味ということができます。
ぜひみなさんもそうした醍醐味を体感していただければ幸いです。次回の連載も、こうした具体的な実践事例をもとに、リーダーシップ教育のためのプログラムを設計するポイントについて説明していきたいと思います。楽しみにしていてください。