「選択と集中」に代わるVUCA時代のキャリア戦略:「分散と修繕」による探究的アプローチ
「選択と集中」に代わるVUCA時代のキャリア戦略:「分散と修繕」による探究的アプローチ

「選択と集中」に代わるVUCA時代のキャリア戦略:「分散と修繕」による探究的アプローチ

2022.02.18/10

現代の社会やビジネスのあり方を語るにあたって、「VUCA*」という言葉がよく聞かれるようになりました。また、その言葉通りに、価値観の多様化や急速な技術発展、また近年では新型コロナウイルスの流行もあり、不確かで先の読めない時代を迎えていることは、今まさに誰しもが実感している最中にあるかと思います。

*VUCA
変動性(Volatility)・不確実性(Uncertainty)・複雑性(Complexity)・曖昧性(Ambiguity)の頭文字をつなぎ合わせた造語。現代社会が予測困難な状況に直面しているという時代認識を表している。(参考:「日本の人事部」

他方で、情報の流通量が爆発的に増大していることも、現代社会の大きな特徴です。SNSでは一つの問題に対して一人ひとりが発信し、多種多様な意見に簡単に触れることができるようになりました。便利といえば便利ではあるものの、そのあまりの幅広さに戸惑ってしまうのもまた事実です。何が正解で、何が不正解なのか。個人として、あるいは組織として、膨大な情報の中でどうすればより良い意思決定ができるのか。現代を生きる私たちにとって無視できない問題のひとつといえます。

こうした未来に対する意思決定を行う中で、長く──そして現在に至ってもなお──正しいと信じられている考え方があります。20世紀を代表する経営学者であるピーター・ドラッカーが提唱した「選択と集中」と呼ばれる戦略です。達成すべき目標を事前に定め、それに向けて資源を集中すべきというドラッカーの主張は、シンプルであるがゆえに応用が効き、個人のキャリア戦略と組織の経営戦略の両方において、基本的な考え方として知られています。

しかし、時代は変わりつつあります。不確実性が高まるこれからの時代を迎える中で、はたして「選択と集中」は、まだ有効な戦略といえるのでしょうか。本記事ではそのような挑戦的な問いを投げかけながら、CULTIBASE編集長・安斎勇樹が“「選択と集中」のオルタナティブ”として提唱する、「分散と修繕」戦略について解説します。

「選択と集中」の問題点(1)──学習がもたらす「変容」による目標の陳腐化

本題である「分散と修繕」の話に入る前に、前世紀に提唱された「選択と集中」がなぜ今の時代にそぐわないのか、もう少し細かく見ていきたいと思います。

「選択と集中」は、時間や資金などの限られたリソースを効果的に活用するための戦略です。まずは目標をはっきりさせて、やるべきことを確定させる。そしてそのタスクに向けて資源を集中させ、成果を出す。経営における基本戦略であると同時に、キャリア戦略としてもごく一般的な考え方でもあります。

しかし、VUCA時代においては、この「目標を立てる」という行為自体、適切に行うことが難しくなりつつあります。綿密な計画に基づく目標設定も、社会的な前提が変わればどこかで作り直さなければならなくなってしまうかもしれません。また、知識や技術を身につけるうちに、若手時代に立てたキャリアプランが、徐々に陳腐に思えるようになることもあるはずです。学習が進めばものの見方や考え方に変化が起こって当然で、むしろ、変化していることが学習や成長の証とも言い換えられます。

それらを踏まえると、あまりに先の未来に対して「これしかない」と目標を定め、資源を投下する「選択と集中」は、これからの時代における不確実性の増大や、人間が学習によって認識や価値観を変容させ続ける生き物であることを考えると、キャリア戦略としてやや脆弱なやり方だと言わざるを得ません。

もし「選択と集中」をキャリア戦略として活用する場合、環境が安定していることが必須条件となります。例えば、一流の野球選手の多くは幼少期の頃にプロになることを決め、学生として過ごす時間の多くを練習に費やしています。そしてそのとおりに夢を叶えたのですから、その決断や努力は大変素晴らしく、称賛されるべきものだと思います。しかし、先ほどの観点でいえば、「野球選手を目指してからプロになるまでの間、野球のルールや戦略、市場などの環境面の変化がそれほどなかったため、努力が無駄にならなかった」というふうにも考えられます。

あるいは、受験勉強や資格試験に向けた勉強など、短期的な自己実現に向けた取り組みにおいても「選択と集中」戦略は効果的です。しかしこの場合も、受験をすること自体が困難になるほどの前提の変化は想定されていないはずです。人生100年時代」とも呼ばれる昨今、数十年に及ぶキャリアの戦略を練る上では、環境変化は起こるものと考えるほうが自然ではないでしょうか。

「選択と集中」の問題点(2)──知識の分断化による「全体性」の欠如

また、組織全体が「選択と集中」的な考え方に偏っていると、思わぬ困難を招く場合があります。先ほど述べたとおり、現代は情報爆発時代であり、様々な情報を手軽に入手できるようになりました。しかし、それらの情報は散発的であることが多く、それによって「知識の細分化と分断」という別の問題も発生してしまっています。

例えば、「組織の雰囲気がどうにも良くない。何か改善の手立てはないだろうか…」という悩みを抱えた事業部長が、解決の糸口を掴むために書店を訪れたとします。ビジネスコーナーの中では、採用であったり、評価制度や研修の設計であったり、細かい領域ごとに分かれて様々な書籍が並んでいます。しかし、自分の悩みを解決するにはどれも今ひとつ決定打に欠けるように感じてしまう。採用に問題があるようにも思えるし、評価制度や研修についても改善の余地はありそうだ。──そのように、抱えている悩みに対して、どの本がもっとも効果的なのか、領域だけで判断することは困難です。

「組織の雰囲気を良くしたい」という悩みは、何かひとつの領域による知見で解決するものではありません。採用の観点、評価の観点、研修の観点、あるいは他の観点からもその問題について検討し、多角的にアプローチしてはじめて根本的に解決可能な問題です。そのためには、異なる部署同士が「組織の雰囲気が悪い」という問題を共有し、連帯する必要があります。それにも関わらず、「選択と集中」的な考え方に基づくと、一人ひとりの視野が自身の専門性に閉じてしまう。その結果、知識が専門的に細分化し、全体性が失われてしまっているように感じられます。

「選択と集中」のオルタナティブ:「分散と修繕」戦略とは何か?

それでは、もし「選択と集中」が時代遅れなのだとしたら、どのような戦略のもと、自身のキャリアや組織の方向性を定めていくとよいのでしょうか。CULTIBASE編集長の安斎は、「選択と集中」に代わる新たな戦略として、「分散と修繕」という考え方を提唱しています。

従来の「選択と集中」では、最初に目標を定めることが推奨されています。しかし、「分散と修繕」の場合は、未来の自分ではなく、今の自分がわからない・知りたいと思っている「問い(探究したいテーマ)」を起点としています。その時点では、「問い」に対する回答はもっていなくても構いません。むしろ、「分散と修繕」においては、答えを探そうとするプロセスこそが重要です。

探究のプロセスは、まず「切り口」を探すところから始まります。そしてそのためには、一つの分野や手法にとらわれるのではなく、多様な領域を横断しながら、論文を読んだり、自身で実践したり、人に話を聞いてみたりと、様々な取り組みを同時進行的に行うことが大切です。数々のタスクに対してあえて資源を「分散」させ、自分なりの答えを構築するヒントを収集することが、「分散と修繕」の最初のステップです。

そのように自身のテーマに従って多様な知見を集めるうちに、異なる領域で得た知識がふいに結びついて急に理解が進んだり、アイデアを思いつくことがあります。そうした気づきや発見を、ここでは「洞察」と呼んでいます。そして、その洞察をもとに、起点となっていた問いに立ち返り、さらに探究したいと思える問いになるようにアップデートすること。この行為を私たちは「修繕」と呼んでいます。分散によって得られた洞察もとに、自身の探究テーマを絶えず修繕し、また新たな洞察につなげていく。それが「分散と修繕」の基本的なプロセスです。

ちなみに、「修繕」という言葉は、フランスの文化人類学者・レヴィ=ストロースが、書籍『野生の思考』の中で「ブリコラージュ」という概念を説明する際に用いた言葉に由来しています。ブリコラージュについては、CULTIBASE Lab内のアーカイブ動画で詳しく解説しています。関心のある方はぜひこちらもご覧ください。

まとめ:「分散と修繕」の3ステップ

「分散と修繕」は次の3つのステップで行われます。

(1)目標ではなく、明らかにしたい「問い」を立てる
(2)設定した「問い」に関わるタスクに「分散」投資する
(3)得られた洞察を手がかりにして、問いを「修繕」する

この3つの工程を繰り返し行いながら、まるで自由研究を行うかのように、自身の“いま、ここ”の好奇心に基づいて、自身のキャリア選択や、情報収集の軸を形作っていきます。つまり、「分散と修繕」とは、様々な領域に寄り道しながら得た気づきをもとに、自己のアイデンディディを見つめ直し、今の関心や環境に合ったかたちに変化させていくための戦略なのです。

「分散と修繕」の主眼は、「どこかに到達すること」ではなく、あくまで「自己の変容」に置かれています。そして、そのプロセスは基本的に楽しいものであるはずです。自身の関心に基づいたたくさんの“寄り道”を味わいながら、できればその道中で得た発見を他の人に話してみましょう。語り合うことで、きっとまた別の発見が得られるかと思います。


CULTIBASEでは本記事で紹介した「分散と修繕」を、ビジネスパーソンがキャリアを拡げる探究的学習の基本戦略として掲げています。過去に開催したイベントでは、今回紹介した「分散と修繕」戦略のほか、「アイデンティティ戦略」「分散投資戦略」「ブランディング戦略」などについても解説しています。詳しく知りたい方は、ぜひ下記のCULTIBASE Labのアーカイブ動画をご覧ください。

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執筆・水波洸

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