“複雑さ”を強みに変える。経営の多角化を実現する「分散と修繕」の組織戦略論
“複雑さ”を強みに変える。経営の多角化を実現する「分散と修繕」の組織戦略論

“複雑さ”を強みに変える。経営の多角化を実現する「分散と修繕」の組織戦略論

2022.04.22/10

「VUCA時代*」とも呼ばれる予測不可能性の高い時代を迎える中で、個人として、あるいは組織として求められる成長戦略が変わりつつあります。

*VUCA|変動性(Volatility)・不確実性(Uncertainty)・複雑性(Complexity)・曖昧性(Ambiguity)の頭文字をつなぎ合わせた造語。現代社会が予測困難な状況に直面しているという時代認識を表している。(参考:「日本の人事部」)

たとえば「選択と集中」は、従来の成長戦略の中でももっともポピュラーな考え方として知られています。しかしながら、事前に目標を立てて計画的に実行する「選択と集中」は、急速な環境的変化によって短期間で様々な前提が変化する時代には適していないのではないか、と指摘する声も多く上がっています。

「選択と集中」は、これまで個人のキャリア戦略と組織の経営戦略の両方で当たり前に用いられてきた考え方です。その「選択と集中」が時代遅れのものになってしまったのだとしたら、その代わりにどのような戦略があり得るのでしょうか。

CULTIBASEでは、個人のキャリア戦略であり、同時に組織の経営戦略でもある「選択と集中」のオルタナティブとして、「分散と修繕」という新たな戦略を提唱しています。

「分散と修繕」の3ステップ
(1)目標ではなく、明らかにしたい「問い」や「理念」を立てる
(2)設定した「問い」や「理念」に関わるタスクに「分散」投資する
(3)得られた洞察を手がかりにして、「問い」や「理念」を”修繕”する

「選択と集中」が最初に目標を定めるのに対し、「分散と修繕」では、まず探究したい問いやテーマ、あるいは理念を設定します。そしてその探究が進むように、直感や好奇心に従ってあえて複数の対象に資源を分散投資します。その結果得られたさまざまな洞察をもとに、最初に掲げた問いや理念をアップデート(修繕)し、あとはそのプロセスを繰り返していきます。

先日公開した記事では、個人のキャリアデザインの観点から、「分散と修繕」が必要とされる背景やその実践のポイントを解説しました。

「選択と集中」に代わるVUCA時代のキャリア戦略:「分散と修繕」による探究的アプローチ

組織としての「分散と修繕」が今の時代になぜ必要なのか。そこには個人の場合とはまた異なるコンテクストが存在します。特に、VUCA時代において経営の多角化の重要性が増している今の状況下では、「新規事業を生み出すための創造性をいかに育むか」という点で、組織レベルの「分散と修繕」戦略は大きなヒントを与えてくれます。

本記事では、組織において「分散と修繕」が求められる理由や、「分散と修繕」による理念の探究が経営の多角化にどのような影響を与えるか、また最後には組織として「分散と修繕」を推進するための構造化とマネジメントについて解説します。

「5段階企業成長モデル」における発達課題:「分散と修繕」が組織に必要な理由とフェーズ

組織においてなぜ「選択と集中」以外の戦略が求められているのでしょうか。この問いと向き合うにあたり参考になるのが、ラリー・グレイナーという経営学者が提唱した「5段階企業成長モデル」です。グレイナーは、企業の成長を5段階に分類し、そのフェーズごとに発生する“危機”を指摘します。

まず、50名以下の組織が該当する第1段階から見ていきましょう。この段階の企業が成長するためには、創業者個人による創造性が必要だと指摘します。そこから徐々に組織が拡大し、100名規模が見えてくる第2段階に突入すると、指揮が正しく機能するかどうかが組織の成長に大きく影響すると述べています。また、次の第3段階では、指揮の権限を他者に移譲できるように組織の構造化が求められるようになります。

第3段階までは、一つの事業に注力することが到達するのがセオリーとされ、実際、第1・第2段階の企業のほとんどがそうした戦略をとっています。これはまさに「選択と集中」戦略であり、第1・第2段階の企業においては、限られた資源を特定の事業に注ぎ込み、軌道に乗せる「選択と集中」はたしかに効果的な戦略といえます。

しかしながら、第4段階以降になると、事情が大きく異なります。この規模になると単一の事業の成功だけでは組織を支えきれなくなってくるのです。ここで初めて経営の多角化に取り組む必要が生じます。けれども、冒頭で述べたとおり、経営の多角化を進めるにあたって、「選択と集中」ではVUCA時代の急速な環境変化に対応しきれないため、大きなリスクを背負うことになります。すなわち、第3段階まで頼ってきた「選択と集中」戦略を脱ぎ棄て、新たな戦略へと移行する必要が生じるのです。

「理念の探究」が魅力的な事業創出のきっかけとなる

ここで改めて、経営戦略としての「分散と修繕」がどのような考え方なのか見てみましょう。

組織戦略としての「分散と修繕」では、理念の探究を活動の中心に据えています。これはとても重要なポイントです。新規事業開発においてよくある落とし穴として、それまでの事業や組織の価値観と関係のない事業を興してしまうケースが挙げられます。

それに対して、「分散と修繕」の場合は、理念を実現を探究するため、その事業は理念とどこかで紐付いたものになります。また、その事業が理念とどのように結びついているのかを社内外に広く示すことで、メンバーが事業に取り組む意義を感じやすくなるほか、理念に対する理解が深まったり、解釈の幅が広がったりすることもあります。

理念の存在が新規事業開発に大きな影響を与えている一例として、スープ専門店「Soup Stock Tokyo(スープストックトーキョー)」をはじめ、ネクタイ専門店の「giraffe」や、セレクトリサイクルショップの「PASS THE BATON」など幅広い事業を展開する株式会社スマイルズが挙げられます。

スマイルズが掲げるミッションは「世の中の体温を上げる」。そして重要なのは、一見多様に見えるスマイルズの事業のどれもが「世の中の体温を上げる」ことに結びついているという点です。

もし仮にスマイルズが「世界一のスープ屋になる」ことをミッションに掲げていたとしたらどうでしょうか。Soup Stock Tokyo以外の事業はミッションと直接結びつかないため、組織として取り組む意義の薄い事業となってしまっていたかもしれません。そうではなく、「世の中の体温を上げる」という絶妙に抽象的な理念を自身のアイデンティティとして定義し、所属する一人ひとりがその理念を自分なりに解釈して、理念の探究活動として多様な事業を興しうる状況をつくったことによって、スマイルズは強固なアイデンティティの確立と多様な事業創出の“両利き”を実現しているのです。

「分散と修繕」戦略でも、目に見える活動は多様でも、その根底にある意識は常に同じ理念の実現に向かっていなくてはいけません。またそれと同時に、探究活動を通して得られた最新の洞察をもとに、本当に自分たちが実現したい理念であるかどうかを問い直し、対話を通じて“修繕”する視点を持ち続けることも大切です。

なお、過去に開催したイベントでは、スマイルズの新規事業創出を促す組織づくりの知見について詳しくお話を伺っています。有料会員限定でアーカイブ動画も公開中ですので、関心のある方はぜひご視聴ください。

新規事業が生まれ、育つ組織の関わり方 -個人の想いが事業化するまでのプロセスとは

「分散と修繕」を実践するため組織づくり

とはいえ、それまで「選択と集中」戦略に基づいて経営を行ってきた企業が、「分散と修繕」戦略に切り替えるためには、どのように組織を変えていけばよいのでしょうか。

「選択と集中」が基本戦略となる第1〜第2段階では、厳格な管理体制と効率化を重視したトップダウン方式の組織(CULTIBASEではこうした組織形態を「ファクトリー型」と呼んでいます)であるほうが効果的です。

対して、第4〜第5段階の組織では、「分散と修繕」戦略に適した、理念の探究と実現に組織全体で取り組めるような体制が求められます。CULTIBASEではそうした組織のあり方として、下記の図のような「ワークショップ型」と呼ばれる形態を提唱しています。

ワークショップ型の組織においては、ミドルマネージャーが特に重要な役割を担います。現場従業員の活動に寄り添い、チームとして何を・どう解くべきかを対話する場を設けるなど、ファシリテーターとして個人や組織の創造性の発揮に必要な変化を促すことが求められるのです。

組織の基本戦略を「選択と集中」から「分散と修繕」に変えていくためには、「ファクトリー型」から「ワークショップ型」の組織へと切り替えていくことが効果的です。ただし、ファクトリー型もワークショップ型も、それだけで優劣を語れるものではない、という点についても注意が必要です。また、極端なファクトリー型組織が高いリスクを抱えているのと同様に、極端なワークショップ型組織への移行も、様々な混乱を招きかねません。あくまでファクトリー型とワークショップ型のどちらの特徴も理解しながら、自分たちにとって適切なバランスを意識することが大切です。

本記事では、組織の経営戦略であり、同時に個人のキャリア戦略としても活用可能な「分散と修繕」戦略について解説しました。そしてこの「分散と修繕」の効果を最大限発揮するためには、個として実践するだけでも、組織として実践するだけでも不十分であり、個人と組織の両方がこの考え方に基づいた探究活動を実際に行っていく必要があります。

個人と組織の「分散と修繕」戦略を実践するには、まずは「自分自身の探究したい問いが何か」「組織として探究し続けたい理念は何か」、そして「それらはどう結びついているのか」を探ることがその第一歩となります。ぜひそうした足がかりから、VUCA時代を探究的学習の力で乗り切る力について、考えてみていただければ幸いです。


CULTIBASEによる会員制オンライン学習プログラム「CULTIBASE Lab」では、週一回開催されるライブイベントを中心に、組織の創造性を高めるファシリテーションとマネジメントの最新知見を学べるコンテンツを多数発信しています。今回紹介した「分散と修繕」戦略やワークショップ型組織を実践するための知見を知りたい方など、関心のある方はぜひご入会ください。現在10日間の無料トライアルも実施中です。

▼「CULTIBASE Lab」の詳細・お申し込みはこちら
https://db.cultibase.jp/lab


本記事は、安斎が登壇したCULTIBASE主催によるライブイベント「組織ファシリテーション論 最新講義:組織の創造性のマネジメント」の内容を一部記事化したものです。

CULTIBASE副編集長の東南裕美が聞き手を務めた本イベントのフルバージョンは以下からご覧いただけます。

組織ファシリテーション論 最新講義:組織の創造性のマネジメント

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