企業と行政が手を携えて社会課題に取り組む機会が着実に増えています。脱炭素や子育て支援、防災、地域経済の活性化など、公共性の高い領域は、もはやCSR活動の一環ではなく、事業機会そのものとなりつつあります。こうした文脈で注目されているのが、官民連携(Public-Private Partnership:PPP)です。
しかし、現場では依然として「行政とのやりとりはハードルが高い」「動きが鈍くリスクが読めない」といった民間側の声も少なくありません。行政側からも「企業の利益志向が強く公共性が確保しにくい」といった懸念が寄せられることがあります。こうしたギャップを乗り越え、持続的に成果を生み出すためには、単なる契約関係にとどまらない協働の「コミュニティ」を築いていく視点が必要です。本稿では、近年の研究知見をレビューしながら、企業と行政が信頼関係に基づく官民連携を進めていく上で大切な実践要件とは何かを考察します。
官民が連携を始める動機は何なのか
官民が協働する動機は単純ではありません。複数の目的が絡み合います。従来、官民連携の主な目的は、民間の資金やノウハウを活用して公共サービスの効率化を実現することでした。これは「Value for Money(VFM)」の考え方に基づくものであり、政府支出の節減や平準化が重視されてきました。 しかし、近年の地方自治体におけるPPP(Public-Private Partnership)の導入現場では、単なる財政効率だけでは説明できない動機が増えています(大西ほか,2023) 。
大西ほか(2023)の調査では、自治体が官民連携に期待する効果は「効率化」と「リソース補完」に大別しています。「効率化」は従来通り最小の費用で一定のサービスを提供することですが、「リソース補完」は人員・技術・ノウハウといった不足資源を民間と協力して補うことを意味します。特に地方自治体では、少子高齢化や職員減少の影響が大きく、「行政組織では足りない力を外部と連携して補完する」こと自体が重要な価値と見なされています。
また近年、官民連携に対して「付加価値の創出」への期待も高まっています。東海林・風見(2021)は、官民が協働することで従来困難だった課題解決や地域経済の新たな基盤づくりが可能になるとし、PPPを単なるコスト削減策ではなく「共通価値(shared value)」の創出手段として捉えています。この論文における共通価値とは、公共性(社会的価値)と事業の自立性(経済的価値)の両立を目指す考え方であると捉えられます。 紫波町のオガールプロジェクトでは、民間が収益性を、行政が公共性を担保するという役割分担により、地域に新しい付加価値が生まれています。こうした事例からは、官と民の目的が交わる部分で共通価値を見出すことが、持続的な協働の鍵となるといえそうです(東海林・風見,2022)。
こうした官民連携は、なにより民間企業にとっても取り組む意義があります。企業側のブランド力や信頼性を高め、ESGの観点から投資家の評価にも資する点が多くの研究で指摘されています。日本のESG投資は急速に一般化し、投資家は企業評価にESG情報を組み込む方向へと移行しています(辻本 2019)。また、企業の持続的成長には財務だけでなくESGを考慮した経営が必要であり、非財務情報の整備・説明がステークホルダー評価の向上に直結することが指摘されています(生田・藤井 2020)。
社会起点のイノベーション―行政と創る新たな事業機会
医療・福祉・教育・防災・地域交通・環境対策など公共性の高い領域は、今後の成長市場でありながら、行政との連携なしには参入が難しい分野です。実際、スマートシティや公園等の公共空間といった分野では、複数主体が関与する運営体制・ガバナンスの確立が課題であることが先行研究の中でも示されています(津田ほか 2021)。
他方で、自治体との協働により信頼性や導入の正統性を高め、普及の障壁を下げた事例も存在します。公共空間の運営でも、官民連携で再編された天王寺公園の「てんしば」では、管理運営の実態と利用者の回遊行動から、周辺商業施設との連関や「誘客装置」としての機能が確認され、公共・民間の価値を接続する効果が報告されています(加藤・佐久間 2022)。こうした事例は、行政と組むことで商品提供を超えて、公共サービスの一翼を担う事業への位置づけを高められることの論拠になります。
このように、PPPでは単なる契約や受託の関係を超え、目の前の社会課題を起点に新しい価値を創出することが求められます。その実現には、行政と企業が共通の課題認識を持ち、解決策を協働的に創り出すための方法論が不可欠です。そこでヨーロッパを中心に生まれてきた共創の方法論である「リビングラボ」は、企業の製品・サービス開発や行政の政策改善に直結する新しい気づきや共創解の創出、社会導入の不確実性低減に加え、関係者の学習とネットワーク形成という副次効果をもたらしうるものとして近年注目を集めています(木村・赤坂 2018)。昨今では日本におけるリビングラボをリードする組織としての、一般社団法人日本リビングラボネットワーク(JNoLL)が設立されており、活況を見せている状態にあります(一般社団法人日本リビングラボネットワーク online)。
「共通価値」を育む官民連携──協働を可能にする6つの鍵
このように現代の官民連携は、自治体にとっては自前主義からの脱却が、企業にとっては公共性と収益性の両立が求められるなかで、両者が互いの目的や強みを尊重し、重なり合う部分に東海林ら(2022)のいう「共通価値」を見出していくことが、持続的で実りある協働の鍵となるといえます。 しかし、立場も文化も異なる官と民が、単なる契約関係ではなく、真に対等で創造的なパートナーシップを築くことは容易ではありません。そこで重要になるのが、形式的な手続きや役割分担を超えて、信頼を土台とした関係性をいかに育てていくかという視点であると考えられます。そこで本記事では、こうした信頼関係に基づいた共創を実現するために、企業と行政が実践すべき六つの要件を考察してみます。
①共通目的・ビジョンの明確化
第一の要件は、何よりも「共通目的・ビジョンの明確化」です。企業と行政は、それぞれ異なる使命や価値観を持っています。例えば行政は公共の福祉を守ること、企業は持続的に利益を生み出すこと。これらは本来異質な目的であるにもかかわらず、官民連携ではその違いを超えて協力関係を築くことが求められます。そこで重要になるのが、両者の目的が交わる「重なり部分」を丁寧に探ることであると考えます。たとえば、成功事例である紫波町オガールプロジェクトでは、人が集まり、交流が生まれるまちづくりというべき共通目的が官民双方のモチベーションとなり、持続可能な拠点形成につながったといえます(東海林ら,2021)。民間企業の立場としては、提案段階でこの「共通目的」を自ら言語化し、行政とすり合わせていくことが、信頼構築の第一歩となるでしょう。
②トップのリーダーシップと組織的支援
第二に挙げたいのは、「トップのリーダーシップと組織的支援」です。官民連携は通常の業務とは異なる調整や意思決定が必要となるため、企業側においても、部門横断的に動ける担当者やチームの配置が求められます。その際、経営層の理解と支援があるかどうかが分かれ目になります。行政側でも同様で、リーダーの明確な意思と権限移譲がなければ、現場レベルの連携は形式的に終わりがちです。町田(2017:2019;2022a;2022b)による豊富な事例研究では、首長や副市長が明確なビジョンを掲げ、民間との連携に積極的に関与したことが、組織の慣性を打ち破る原動力となったことが窺えます。企業として行政と協働したいと考えるなら、まず自社内における「協働プロジェクトを進められる土壌」が整っているかを振り返ることが重要です。具体的にはトップがプロジェクトの意義を理解し、リスクを受け入れる姿勢を持っているか。社内に横断的な連携体制があるかなど。これらは単なる体制の問題ではなく、協働の成否を左右する本質的な要因です。
③バウンダリースパナーの配置とネットワークの形成
第三の要件は、「バウンダリースパナーの配置とネットワークの形成」です。行政と企業の間には、言葉の違い、判断基準の違い、文化の違いが横たわっています。そのギャップを埋め、両者を橋渡しする存在(バウンダリースパナー)が不可欠です。これは一人の人材でも良いですし、チームや中間支援組織として存在しても構いません。例えばF市の事例では、地元金融機関が中心となり、企業同士をつなぐ「PPPプラットフォーム」が形成されています(町田, 2022a)。そこでは、業種や規模の異なる中小企業が知識や情報を共有し合いながら、行政との接点を増やしていきました(町田,2022a)。また、行政内部にもPPP推進専門部署が設置され、庁内調整と民間窓口を一手に担いました。こうした「橋渡し役」が存在することで、協働プロジェクトはスムーズに進行していくものと考えられます。
④信頼関係の構築と継続的なコミュニケーション
第四に大切なのが、「信頼関係の構築と継続的なコミュニケーション」です。PPPは制度設計や契約スキームだけで成り立つものではなく、むしろその前提となる人間関係の質こそがカギを握ります。信頼は一朝一夕にできるものではありません。最初は小さな協働から始めて、そこに誠実に取り組むことで信頼が醸成されていきます。たとえば、品川区における教育サポートセンターの事例においては、行政が小規模で自由度の高い事業をNPOに委託し、徐々に実績と信頼を積み重ねた結果、より安定性のある福祉政策の共創にまで発展していった報告もあります(渡真利,2020)。企業としても、行政に対して誠実な対応を重ね、透明性を持って情報を共有し、成果や課題について率直に対話を続けることが、やはり信頼の礎になるのだと感じられます。「共にやっている」という実感が持てるような関係づくりが不可欠であるといえます。
⑤人材育成とマインドセットの転換
五つ目の要件は、「人材育成とマインドセットの転換」です。官民連携を担うには、従来の業務では求められなかった能力が必要になります。たとえば行政職員には、地域全体を最適化する視点や、民間事業の構造への理解が求められます。企業側には、公共目的への共感や、制度の複雑性への対応力が問われます。こうしたスキルや意識は、現場経験だけではなかなか身につきません。そうした中で重要になるのが前回記事でも論じた、「知的コモンズ」の観点ではないでしょうか。

異なる組織をつなぐ「知的コモンズ」の力──「知を持ち寄る場」がつくる協働の未来
今回のレビューを通じて新たに得られた事例として、木下ら(2020)らが運営する「都市経営プロフェッショナルスクール」では、官民が合同で学ぶことで、相互理解と人脈形成を同時に進めていることが窺えました。また企業としては、CSR部門や新規事業部門の人材が公共セクターに関する研修や人材交流の機会を持つことが、将来的な連携の種まきになっていくとも考えられます。官民協働は決して簡単なものではなく失敗も伴いますが、それを「学び」として捉えるコモンズが、取り組み全体の成長を促すと考えられます。
⑥柔軟なプロセスと制度設計
最後の要件は、「柔軟なプロセスと制度設計」です。官民連携では、事前にすべての条件を決め打ちするのではなく、走りながら調整していくアジャイルな姿勢が求められます。たとえば企画段階では、行政職員や市民との対話を重ねながら構想を練り、まずは社会的価値を創出し、後から経済的価値につなげていく。紫波町のオガールプロジェクトでは、利用者の流れや空間の魅力を高めることで、市民サービスの向上や循環型経済の創出に繋がっていきました。また、契約内容についても、長期運営を見据えて、途中での見直しや柔軟な修正が可能な設計とすることで、変化への対応力を確保することができます(東海林・風見,2022)。何より、行政からの発注を「受ける」姿勢ではなく、「共に事業をつくる(一緒に走りながらつくっていく)」姿勢に立つことが、プロジェクトに柔軟性を生む第一歩といえるでしょう。
参考文献
- 大西正光, 鈴木文彦, 長南政宏, 坪井薫正, 町田裕彦, & 北詰恵一 (2023)「地方自治体における官民連携の適用動機と課題」,『土木学会論文集』79(23), pp.23-23188.
- 津田采音, 川合智也, 森本章倫(2021)「官民連携に着目したスマートシティの持続可能な運営体制に関する研究」『都市計画論文集』56(3): 635–640.
- 泉あかり, 村木美貴(2019)「公共施設マネジメントにおける官民連携のあり方に関する一考察―先導的官民連携支援事業からみた官民連携の推進傾向と課題」『都市計画論文集』54(3): 1418–1423.
- 加藤翔太, 佐久間康富(2022)「都市公園の官民連携による管理実態と利用者の回遊行動からみた周辺施設との関係―天王寺公園エントランスエリア『てんしば』を事例に―」『都市計画論文集』57(2): 279–289.
- 辻本臣哉(2019)「日本におけるESG投資の現状と課題」『インベスター・リレーションズ』13(1): 32–38.
- 生田孝史, 藤井秀道(2020)「企業の非財務情報開示とESG経営に関する研究展望」『環境経済・政策研究(REEPS)』13(2): 44–59.
- 木村篤信, 赤坂文弥(2018)「社会課題解決に向けたリビングラボの効果と課題」『サービス学会論文誌』5(3): 4–11.
- 東海林伸篤, 風見正三(2021)「地域活性化に資する官民連携事業のプログラムマネジャーの役割」『国際P2M学会誌』16(1): 121–142.
- 町田裕彦 (2017)「ラディカルな組織変革の実証的検討――横浜市の官民連携の事例分析――」,『日本経営学会誌』39, pp.37-49.
- 町田裕彦 (2019)「連続的な創発プロセスによりラディカルな組織変革を起こすリーダーシップ 官民連携の比較事例分析―」,『赤門マネジメント・レビュー』18(2), pp.45-68.
- 町田裕彦 (2022a)「官民連携事業における地域の中小企業のネットワークの形成過程とその成果に関する考察 -F市のPPPプラットフォームの事例よりー」,『AAOS Transactions』11(1), pp.92-97.
- 町田裕彦 (2022b)「連続的な創発プロセスにより実現するラディカルな変革とトランスフォーメーショナル・リーダーシップ: 官民連携を促進する連続的創発プロセス起動のメカニズム」,『組織科学』55(4), pp.55-66.
- 日本リビングラボネットワーク(online1)https://jnoll.org/
- 渡真利紘一 (2020) 「NPOからみた行政との協働プロセス~福祉分野のNPOのケーススタディから~」『計画行政』43(4), 21-28.
- 木下斉 (2020)「官民連携に資する再教育システム」,『計画行政』43(4), pp.9-14.