矛盾を越え、拡張する学び──【連載】学びのレンズをかけかえる 第3回

矛盾を越え、拡張する学び──【連載】学びのレンズをかけかえる 第3回

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13分

「学び」と聞いたとき、多くの方が想像するのは、研修やセミナー、勉強会や読書などを通して得られる知識やスキルではないでしょうか。この連載では、第1回で「行動主義・構成主義・状況的学習観」という3つの異なる学習観を紹介し、第2回では「省察」や「越境」「語りの再構成」などを通じた学びのプロセスがあることをみてきました。「学び」といっても様々な捉え方があり、複雑なプロセスがあると感じていただけたかと思います。

しかし、すべての出来事が内省を通じてスムーズに意味づけられるとは限りません。

私たちはつい、すぐに成果に表れたり、評価ができるような目に見えやすい効果に注目してしまいます。しかし実際には、研修直後には何も変わっているとは思えなかったのに、数ヶ月後、ある現場で「あのときの違和感が今わかった」とスッと腑に落ちるようなことも少なくありません。学びはしばしば「遅れて」やってくるのです。

また、ときに私たちは、自分の立場や価値観が通用しない状況に放り込まれ、身動きが取れなくなることもあります。そのような「何をどう考えてよいかわからない」状態にも、深い学びが潜んでいます。

今回は、こうした「矛盾」や「不整合」から始まる学びのかたちを捉えるために、エンゲストロームの「拡張的学習」理論を軸に据えつつ、個人と集団、自己と実践の間で生じる学習のプロセスを再考します。

矛盾の現れ

エンゲストロームは拡張的学習(後に詳しく触れます)の契機として、「矛盾」に注目していました。
まずはその「矛盾」がどのように生まれるのかを見ていきましょう。

矛盾は、特定の文脈や経験のなかで顕在化します。特に多く見られるのは、組織内外の「越境」や「転機」、あるいは「行き詰まり」といった場面です。
教育と医療、NPOと企業、あるいは現場と経営など、私たちは様々な文脈や状況に属しており、それぞれの場には、独自の価値観・制度・言語があります。そこで活動する実践者は、両者の「あいだ」に立たされ、「常識が通用しない」という状況に直面します。

例えば、部署異動や組織改革などにより、従来とは異なる価値観や文化のなかに放り込まれたときに、矛盾は顕在化します。「前の部署では通用していたやり方が、ここでは否定される」「相手が何を重視しているのか見えない」といった状況では、暗黙の了解が通用せず、実践の足場が揺らぎます。昇進などに伴い立場が変化すると「これまでは評価されていたやり方が、評価されなくなる」という事象も同様に、これまでの実践で培ってきた常識が通用しなくなる例です。

また、ある自治体が「地域住民と信頼関係を築くこと」を理想として掲げていたにもかかわらず、職員の業務の大半が部署間の調整や上司への報告に費やされているとしたらどうでしょうか。本来の目的と現実の実践のあいだに齟齬が生じており、意味が繋がらずに「何のために働いているのか」を見いだすのが難しくなるでしょう。理想と現実の間に生じる矛盾は、とても身近かもしれません。

このように異なるシステムの間にはしばしば矛盾が生じますが、他方でこれが

  • お互いの理解を深め新たな解釈を生む
  • 集団的な問い直しを通して目的を再構成する
  • 個人の捉え直しを通して新たな意味を与える

など、様々な学習の契機となるのです。

そこで、矛盾からはどのような豊かな学びが生まれるのかに注目してみましょう。

矛盾を乗り越える──問い直しと活動の再構成

拡張的学習において、矛盾は学習の出発点とされます。

エンゲストロームは、矛盾を「活動システムに内在する構造的なズレ」であると捉え、これを単なるエラーや衝突ではなく、新たな目的(オブジェクト)を創出するための駆動力と位置づけました。矛盾をどう扱うかは、学習の質と深く結びついているのです。

矛盾に直面した組織や個人が最初に行うのは、通常、既存の枠組みの中で問題に対応しようとすることです。たとえば、プロセスの遅延があれば手順を見直す、人材不足であれば追加の人員を配置する──といった対症療法的対応です。しかし、根本的な前提や目的自体が変化している場合、こうした対応では問題は解消されません。

拡張的学習のためにここで求められるのが、問題を生み出している前提、価値観、ルールそのものを問い直し、新たな意味づけと行動原理を生み出すことです。

エンゲストロームは、活動システムにおける構成要素(主体、道具、ルール、共同体、分業、目的)を問い直し、それらの関係性を再構成することで、学習が成立すると述べました。構成要素には、組織的に発生したものだけでなく、社会的・歴史的に形成された矛盾が内包されていることもあります。

例えば、「業務効率」を最優先してきた組織が、ある時点で「顧客との信頼関係構築」の必要性に直面したとします。このとき、「なぜ効率を重視してきたのか」「信頼とは何か」といったメタレベルの問いを投げかけることが求められます。単に手法を変えるのではなく、そもそも何を目的とするのか、その目的は今でも妥当なのか、といった「目的の再構成」が起こることで、初めて実質的な変容が始まります。

このような「目的の再構成」は、拡張的学習のプロセスの核にあります。
エンゲストロームはこれをさらに精緻に捉え、学習の進行を段階的なサイクルとして描きました。

まず現状に対して「本当にこれでよいのか?」と疑問を投げかけ(Questioning)、過去や現在の実践を分析し(Analysis)、そこから新たなモデルを構想する(Modeling)。次に、そのモデルを検証し(Examining)、実際の現場に適用する(Implementing)。さらに、それを他の場面や組織へ広げ(Spreading)、最後にその試みを振り返り、学習として統合する(Reflecting)のです。

この一連のサイクルを通じて、活動の目的やルール、役割分担などが根本から問い直され、再編されていきます。つまり拡張的学習とは、既存のやり方を改善するにとどまらず、「活動そのものの意味」を書き換える営みなのです。

なお、前提を問い直す学習は、組織学習においては「シングルループ学習」「ダブルループ学習」という2つの性質で捉えられています。(詳しくは組織学習はどのようにして進むのか:連載「組織学習の見取図」第3回をご覧ください)

この問いの変容は、組織全体で起こる場合もあれば、個人の内面で進行する場合もあります。第2回で扱った「物語の再構成」や「捉え直し」は、まさにその典型です。

拡張的学習の視点から見ると、これらは「活動システムの前提を、個人のレベルで再構成する」局面にあたります。例えば、「結果を出すことがすべてだ」と信じていたマネージャーが、チームとの関係性に行き詰まりを感じたとき、「支える」「聴く」「委ねる」といった新たな行動を通じて、「リーダーシップとは何か」を再定義していくプロセスが生まれます。これは単なるスキルアップではなく、「自己とは何か」「自分の仕事の意味とは何か」を問い直す、より深層的な学習です。

エンゲストロームの拡張的学習は、こうした「目的(オブジェクト)の再構成」や「活動の再設計」を経て、活動システム全体が変容していく動態を示します。

矛盾に対する即時的な解決ではなく、問いの生成→意味の転換→制度・役割の再構築→実践の変化という段階的なプロセスを経るのです。

このとき重要なのは、学習が直線的ではなく、また個人に閉じてもいないということです。問いは多くの場合、個人から始まりますが、やがてチームや組織の実践を揺るがしていきます
矛盾をめぐるズレを言語化し、複数人の対話によって集団的な「問い」や新たな目的が生成され、再構成を進めるとき、活動が再設計されていくのです。

拡張的学習とは何か──矛盾を起点とした学習理論

ここまで、拡張的学習の詳細に触れずに、エッセンスを見てきました。ここで改めて、拡張的学習とは何かをみていきましょう。

フィンランドの教育学者ユーリア・エンゲストロームは、ロシアの心理学者ヴィゴツキーの活動理論に起源をもつ、文化歴史的活動理論(CHAT)をベースに「拡張的学習(expansive learning)」を提唱しました。この理論は、単なる知識やスキルの獲得では説明しきれない学習のあり方、特に、活動の目的そのものが問い直され、再構成されるような学習プロセスを扱っています。

まず拡張的学習の前提には、「活動システム」という概念があります。これは、ある目的(オブジェクト)を中心に、主体、道具、ルール、共同体、分業といった構成要素が相互に関係しあう枠組みです。例えば、ある医療現場で「患者中心のケアを推進する」というオブジェクトに対して、主体である看護師は、記録システムやマニュアル(道具)、病院の規則や医師との関係(ルールと共同体)、専門職間での責任の所在(分業)をすべて踏まえて行動を決定します。つまりある活動は、目的、主体、道具、といったそれぞれの構成要素で構成されたシステムであり、主体である私達はそれらの構成要素を踏まえて行動しているということです。

そしてエンゲストロームは、この活動システムの内部において矛盾(contradiction)が生じることで、変化の契機が生まれると考えました

ここで言う矛盾とは、単なるトラブルや意見の不一致ではなく、「既存の枠組みでは対応できない深層的な構造的ズレ」を意味します。例えば、「顧客満足の最大化」と「業務効率の追求」の対立、「部門間の利害の不一致」などが典型です。これらは表面的には見えづらく、現場の混乱やジレンマとして現れます。

拡張的学習は、この矛盾を起点として、実践者たちが新たなオブジェクト(目的)を見出し、活動システム全体を再構成するプロセスなのです。つまり、ここでいう学習とは「何を目指していたのか」を問い直すことであり、それはときに、自らのアイデンティティや役割の捉え直しを伴います。

例えば、先ほどの医療現場では、「患者中心のケア」を掲げながら、現実には「時間内に業務を終えること」や「医師の指示を優先すること」が暗黙のルールとして優先され、看護師が患者と向き合う時間を確保できないという矛盾が生じているという設定を考えてみましょう。

このような状況で、職員たちは「何を基準に動くべきか」が揺らぎ、目的を見失った感覚に陥ります。こうした矛盾に向き合い、「本当に大切にすべきことは何か?」という問いを立て直すプロセスのなかで、チームとして新たな目的が共有され、業務の組み立てや役割分担が見直されていく──これが拡張的学習の一例です。

このように拡張的学習とは、既存の制度や知識を前提とした最適化ではなく、「なぜこの制度や目的が機能しなくなっているのか」を問い直し、新しい意味の枠組みを集団でつくり直すことを指します。この学習は、必ずしもスムーズに進行するわけではなく、時に対立や混乱を孕みながら、段階的に進行していきます。

学びは、揺らぎの中から立ち上がる

本稿では、「矛盾」や「不整合」に直面したときに生じる深い学びのプロセスを、エンゲストロームの「拡張的学習」理論をもとに考察しました。そこでは、個人と集団がともに既存の枠組みを問い直し、新たな目的や意味を構築していく営みが、学びの中核として描かれていました。

私たちはつい、学びを「成果の獲得」や「行動の変化」として捉えがちです。しかし、実際の現場で起こる変化は、もっと複雑で時間のかかるものです。なかでも、活動の目的が見えなくなったり、自分の役割や信念にズレを感じたりするとき、私たちは一度立ち止まり、「そもそも何を大事にしていたのか?」という問いに戻らざるを得なくなります。

そのような「わからなさ」のなかにこそ、深い学びの契機が潜んでいるのです。

この視点に立つと、学びとは単なる知識の蓄積でも、スキルの修得だけでもありません。それは、意味のズレに立ち会い、問いを更新し、物語を語り直す過程であり、自己や実践の再構成という、変容のプロセスに他なりません。

これまでの3回の連載で、行動・省察・越境・矛盾といった多様な視点から、学びのレンズをかけかえてきました。最終回となる第4回では、これまで扱ってきた学びの捉え方をラップアップしながら、「学びとは何か?」をあらためて考えていきたいと思います。

参考

  • エンゲストローム, Y. (1999)『拡張による学習:活動理論からのアプローチ』新曜社原題: Learning by expanding: An activity-theoretical approach to developmental research
  • Engeström, Y. (2001). Expansive learning at work: Toward an activity-theoretical reconceptualization. Journal of Education and Work, 14(1), 133-156.
  • エンゲストローム, Y. (2018)『拡張的学習の挑戦と可能性:いまだここにないものを学ぶ』新曜社原題Studies in expansive learning: Learning what is not yet there

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