「矛盾」を力に変える。新しい時代のリーダーシップとは?:連載「リーダーシップ教育の最前線」 第6回
「矛盾」を力に変える。新しい時代のリーダーシップとは?:連載「リーダーシップ教育の最前線」 第6回

「矛盾」を力に変える。新しい時代のリーダーシップとは?:連載「リーダーシップ教育の最前線」 第6回

2022.02.17/10

こんにちは、舘野泰一です。私は立教大学経営学部の准教授として、若年層を対象にしたリーダーシップ教育に関する研究・実践をしています。

本連載では「リーダーシップ教育の最前線」として、リーダーシップ教育の背景となる理論や、実践の手法について紹介します。

これまでの記事では、

第1回 新しいリーダーシップの考え方について知る
第2回 リーダーシップ教育の実践の概要について知る
第3回 学習者にとってちょうど良い「課題」を設計するための勘所
第4回 リーダーシップを育むための「より振り返り」とは?
第5回 「つい、リーダーシップを学んでしまう」環境をどうデザインするか?

について取り扱ってきました。

前回の記事から、「プレイフルなリーダーシップ論」について論じています。今回の記事では、これからのリーダーシップにおいて、「なぜプレイフル(遊び心)という発想が重要なのか」について書いていきます。

私は、プレイフルなリーダーシップは「矛盾」の中でこそ価値を発揮するのではないかと考えています。海外の研究では、組織の矛盾や矛盾をマネージするリーダーシップ論が議論されてきており、リーダーが矛盾とどう向き合うかというのは注目テーマです(これらの先行研究をレビューした内容は、また別記事で公開していこうと考えていますので、楽しみにしていてください)。

今回は、矛盾とプレイフルリーダーシップの関係に関する考えをお伝えできればと思います。まだまだ試論的なものではあるので、エビデンスのある内容というより、コラム的なものとしてお読みいただけたらうれしいです。

制約から創造的なアイデアが生まれる 

リモートワークやハイブリッドワークについての議論がなされるなかで、「オンラインか、対面か」など二者択一で問いが共有されることも珍しくありません。

新型コロナウイルスが流行してからというもの、私も「オンラインのコミュニケーションには非日常のワクワク感がない」ということに悩んでいました。「オンラインではインフォーマルなやりとりがうまくできない」などが言われますが、私は「本当にこの問い方しかできないのか?」と疑問があり、なんとかできないかと苦悩していたのです。

そこで、私は「オンラインだからこそできる非日常的なコミュニケーションはできないものか?」という問いに変換して、「くらやみ自己紹介」という「オンラインならでは」のワークショップを開発しました。一度、CULTIBASE Labの「遊びのデザインゼミ」でも体験会をおこないました。

これはZoom上でおこなうワークで、全員名前を「83(やみ)」にして、カメラオフで参加してもらいます。そして、ブレイクアウトルームでランダムで出会った人と3分間だけ対話をするというものです。

対面でも「視覚を使わないコミュニケーション」を使ったワークなどはありますが、これをやるのはアイマスクを用意したり、部屋を真っ暗にしたり、色々と大変です。しかし、オンラインであれば、あっという間にそうした環境を創り出すことができます。

オンラインでの会話はつまらない、非日常感がないとよく言われていましたが、このワークはワクワク・ドキドキの非日常感があり、大学生・社会人ともに好評でした。対面でやろうとしても、ブレイクアウトルームのようにランダムに人の組み合わせをつくることはできないので、「オンラインならでは」の楽しみを体感できます。

このように「A or B」といった二者択一の問いにぶつかった時に、その中でなんとかがんばるのではなく、そこでの「制約」をむしろ、「新たなCを考える素材」にしてしまうのが「遊び心(プレイフル)」です。

一見、矛盾した状況に置かれた際に、むしろその状況を遊んでしまうことが、これからのリーダーシップを考える鍵になるのではと考えています。

「矛盾だらけの職場」をやりくりするリーダー

私が経験したケースはほんの一例ですが、現代の職場はさまざまな制約があり、矛盾を感じる場面にあふれています。リーダーは、その矛盾をなんとかやりくりして組織を成立させています。リーダーが抱える矛盾とは、例えば以下のようなものです。

  • これまでやったことのない新たなビジネスに挑戦してほしいけど、失敗しないでほしい
  • プレーヤーとして活躍してほしいが、部下の育成にも力をいれてほしい
  • 短期的な目標はもちろんクリアしてほしいが、長期的な視点も持って仕事をしてほしい

なんだか文字を読むだけでも、胃のあたりが重くなってくるような気がしますね。私もひとりのリーダーとして、こうした状況は他人事ではありません。

矛盾は人間にとって大きなストレスです。矛盾を含んだメッセージに長期間さらされ続けることは、精神的に大きなダメージを与える可能性があります。このことを専門的な用語で「ダブルバインド」といいます。

例えば、マネージャーが置かれている悩ましい状況の1つに「チームとしての成果と、部下の育成の両立の問題」があるでしょう。マネージャーであるあなたはリーダーシップを発揮して、なんとかこの状況をやりくりしようとがんばっているとしましょう。

本来、組織にとって「矛盾を抱えてやりくりするマネージャーは尊い存在」です。しかし、マネージャーは矛盾を抱えているがゆえに、非常に「つっこまれやすい存在」ともいえます。

例えば、こんな状況が想定できます。

  • あなたがチームの目標達成のためになんとかプレイヤーとして成果を出してきたら、「お前のやることはプレイヤーじゃなくて、チームで成果を出すことだろ」と言われる
  • あなたがマネージャーとして部下の育成をせっせとがんばっていたけれど、チームとしての目標が達成できずに、マネージャーとして失格だと言われる

もちろん、これらは個別にみれば「正しいこと」でもあります。マネージャーに求められているのは「成果」と「育成」です。

しかし、矛盾を抱えている個人の視点からトータルで見てみると、非常につらい状況であることがわかります。最終的に両方できるようになることが目的ではありますが、どちらをやっても「短期的には怒られる」という状況です。

こうした日々が続くと、「がんばっているけれど、報われない」という気持ちになるのは無理もありません。それを見ている周りの人たちも「ああ、自分はマネージャーなんてやりたくないな・・・」と思ってしまうでしょう。

このように、組織を成立させるために矛盾を抱えるリーダーシップを発揮する人が必要であるものの、その重要性を理解しないと、簡単にその人たちを潰してしまう状況にあるのです。

矛盾に向き合うリーダーにとって「遊び」が有効か?

組織の中にはたくさんの矛盾が存在しており、その矛盾をなんとかしている人のおかげで成立しています。

こうした人々が、まともに矛盾を受け止めると、自分自身が壊れてしまう危険性すらあります。こうした強大な力から身を守りつつ、それらを力に変えて乗りこなすための要素としてプレイフルなリーダーシップに注目しています。

プレイフルなリーダーシップの特徴を挙げると、

(1)所与の条件を客観視し、制約の外に「飛び出す」軽やかさを持てること
(2)制約を「遊びのルール」と読み替え、創発的な活動へと展開できること

といったものが挙げられます。これらは矛盾に直面するリーダーにとって、力になるはずです。

「遊び心(プレイフル)」を持つことは「AかBか?」という問いに囚われるのではなく、「AでもBでもないものがあるのではないか?」を軽やかに考えることにつながります。

書籍「プレイフル・シンキング」(宣伝会議)の著者である上田信行先生は、プレイフル・シンキングの特徴として以下の点を挙げています。

(1)どうやったらできるか?(How can I do it?)で考える
(2)自分の取り巻く状況を冷静に把握する(メタ認知)
(3)ありものの素材を使いこなす(ブリコラージュ的発想)

矛盾の状態に対して「自分はできるのか(Can I do it?)」と悩むのではなく、「どうやったらできるだろうか?(How can I do it?)」を考える。問題を解決するために、メタ認知を使って、自分の置かれている制約を一歩引いた目で捉え直す。制約を捉えた上で、手元にある素材を全て使うことで、なんとか状況を乗り越える。こうした発想は、プレイフルなリーダーシップを発揮する上で重要な考え方です。

また、前回の記事でも書きましたが「遊び」の面白さの1つの鍵は「ルール(規則)」です。ルールがなくて、自由な方が面白いと思うのですが、遊びはルールという制約こそが面白さの鍵を握っています。

例えば、ゴミ箱にゴミを捨てるという行為であっても、足元に線を引いて、ポーンと投げ入れようとしたら、それは遊びになるのです(前回記事参照)。自由にゴミを捨てられてしまっては、単なる作業で面白くありません。あえて、制約を一つ足して遠回りにすることが遊びを創り出します。

このように一見煩わしいルールを、むしろ「遊び」の要素に見立てることが、矛盾をやりくりする鍵になります。

私はここで示したプレイフルなリーダーシップを発揮できる人が増えることで、組織の矛盾を力に変え、組織をしなやかに変化させ、イノベーションの創出などにつながるのではないかという仮説を持っています。

冒頭に、海外でも矛盾に向き合うリーダーシップが注目されてきていると述べました。そこでは「目の前の成果を選ぶのか?長期的な成果を選ぶのか?」といった二者択一で考えるのではなく、それらの両立を目指すような問いを立てられるリーダーシップのあり方が検討されています。その背景には、組織に矛盾はつきものであり、一貫性のみを追求することは難しく、むしろ矛盾を受け入れて前に進もうという極めて現実的な現状認識があると考えられます。

こうした問題意識に私は共感をするのですが、その一方で、矛盾を受け入れるリーダーシップの発揮は非常に難易度が高く、下手をすると受け止めきれずに、リーダーが壊れてしまうような危険性もあると考えています。矛盾の持つ闇のパワーに飲まれずに、それを光のパワーに変えるために、「遊び心(プレイフル)」が必要になるのではというのが今回私が提示する仮説になります。

プレイフルとリーダーシップの接続点を探る

個人や組織は色々な矛盾を抱えています。例えば、「挑戦したいけれど、失敗するのは怖い」など色々な思いのもと生活をしています。こうした矛盾を抱える姿は、人間であるいじょう当然です。

こうした前提を持った組織をつくろうとしたときに、矛盾や揺らぎは排除するのではなく、それらを受容しうる仕組みが必要です。過度に「一貫性のある状態」を目指そうとすると、息苦しく、いずれはどこかでひずみが生まれてしまいます。

組織の中に「遊び」をつくるようなリーダーシップのあり方は、変化に伴う重力を時に受け流し、その重たい力を「遊び道具」に変換しうる可能性を持っています。

矛盾の怖さを知り、そこから逃げ出すからこそ別の選択肢に気がつくことできること。気づいたからには、矛盾の力を統合して、一肌脱ごうと行動すること。それは強いリーダーシップというよりも、人の弱さを知るからこそ発揮できる、「恐怖と勇気をともに持つリーダーシップ(※)」ではないかと思います。

※漫画でいうと『ダイの大冒険』のポップのような存在です。びびって逃げ出すこともありますが、勇気があり、炎と氷という矛盾した力を統合することで、仲間を救う、大魔法使いのリーダーシップです。

今回、2回に渡って、試論としてプレイフルなリーダーシップについて議論してきました。まだまだコラム的な内容ではありますが、私がこれまで研究をしてきた「リーダーシップ」と「プレイフル」の接合点はこのあたりにあると考えています。

プレイフルなリーダーシップに必要な行動や、それらを育む方法についてはまた別の記事で更新する予定です。今年はこうした新たなリーダーシップ論を少しずつ形にしていきたいと思います。応援よろしくお願いします。

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