チームと実践共同体──二重編み構造で生む成果と学びの循環

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チームと実践共同体──二重編み構造で生む成果と学びの循環

近代から現代にかけて、効率性や指揮系統の明確化を重視するため、多くの企業が事業部制やその中で業務機能別チームを組成するといった「縦割り構造」を採用しています。
この構造の利点は複数ありますが、特に「人の学習」の観点でいえば、特定の職能を集中的に伸ばす仕組みとして機能し、高度な専門性が求められる分野で活躍する人材を育成できる点で優れているとされています。

一方で、縦割り構造は、安定した環境下では着実に成果を上げるものの、現代のように変化が激しく複雑化した社会では、新たな課題の温床にもなり得ます。特に、あるひとつの職能に特化した部門や人材ほど、「サイロ化」と呼ばれる現象が発生し、結果的に変化への適応や他の部門と連携して問題解決に取り組むことが難しくなってしまうケースが散見されます。

このような既存の組織構造における利点を活かしつつ、課題を克服し、柔軟性を確保したり学習を促進するためにはどのような組織設計が有効なのか──新しい組織モデルの提案や、企業の組織構造の変革は、そのような試行錯誤のあらわれといえるでしょう。

本記事では、松本(2012)「二重編み組織についての一考察」を参照しながら、単一のチームでは生み出し得ない学習を生み出す仕組みとして、この二重編み網み組織 (double-knit organization) を取り上げます。

社内外の急速な変化に柔軟に対応するための組織やチームを設計するヒントを探究していきましょう。
二重編み組織では、「実践共同体」という学習科学をルーツとする概念を組織づくりに取り入れ、公式組織(実務を担うために公式に設置された作業グループ・チーム・部門など)の「縦」の構造と、部門横断的な「横」のつながりを組み合わせることで、ジレンマを克服する可能性を探るというものです。

実践共同体についてはチームを超えた学びを生むには? 「実践共同体」がもたらす深い学びと変容を是非あわせてご覧ください。

チームを超えた学びを生むには? 「実践共同体」がもたらす深い学びと変容

チームを超えた学びを生むには? 「実践共同体」がもたらす深い学びと変容

組織における2つの「共同体」:「実践共同体」と「部門・チーム」はどう違う?

まず「実践共同体」とはどのような概念なのでしょうか。

実践共同体とは、「あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団」(Wenger et al.(2002) コミュニティ・オブ・プラクティス -ナレッジ社会の新たな知識形態の実践, 翔泳社より)と定義されています。

個人が一人で知識を得たり技を磨いたりするのではなく、共通の目的に向う集団で協力しながら学びを深めていく共同体を指します。新しい技術の習得を目的としたエンジニアのコミュニティや、学校の部活動のようなものをイメージしてもらえるとわかりやすいかもしれません。

一方で、学習科学の領域においては、実践共同体は意図的につくりだすものではなく、自然に存在するものと捉えられていました。ここが、公式組織と実践共同体とが異なるポイントだと言えるでしょう。ただし、企業によってはこれらが制度化される等により、公式の組織として扱われている場合もあります。
また、共同体に関わる中で個人がアイデンティティを変容させることを学びと捉え、重視されています。これらを受けて、「経営学における実践共同体研究の展開と展望」(今井・松本, 2024)では、実践共同体を以下のように定義し直しています。

『ある状況に置かれた人々が共通の目的、関心のために諸力を提供して関わり合うことによって、特定技能の向上や知識の創出、そしてアイデンティティの形成を行う集団』

その他に、公式のチームと実践共同体では、下記の図のような違いが見受けられます。

松本雄一(2012)二重編み組織についての一考察

松本(2012)によれば、実践共同体の境界は明確なものではなく、それぞれの実践により変化していく可能性があることが公式組織との明確な違いの1つであり、それが学習を促進したり、公式組織との相互作用を生み出す源泉になっていること。

また実践共同体は職務上の義務や責任ではなく、自律的なコミットメントや情熱、集団や専門知識への帰属意識によって結びつくことが特徴として指摘されています。

このように組織には、公式組織としての「チーム」と、非公式的に自然発生する「実践共同体」の2つが存在します。二重編み組織は、これら2種類の共同体を「二重構造」として、組織づくり──特に組織・チームの学習の促進──に活かそうとする考え方です。

二重編み組織への理解を深める:「マトリックス組織」との違いについて

二重編み組織と類似の組織モデルに「マトリックス組織」があります。

マトリックス組織と二重編み組織は、どちらも複雑な環境に複数の切り口からアプローチすることで対応力を増したり、異なる組織や共同体を行き来したりする点で同じ特徴を持っています。

マトリックス組織は、事業部ごとに縦の構造で分かれながらも、その中に横断組織をつくることによって、全社的な目線も忘れないようにする考え方です。「縦」と「横」の2つ以上の指揮系統がある中で、それぞれの上司にあたる人物の目的は極力一致していることが望ましいとされています。
この組織形態は、事業規模の拡大や事業の多角化に適している一方で、個人やチームに対する調整負荷が高まるため、設計と運営の難易度の高い組織形態です。

▼参考

組織デザイン入門:集団がよりよく協働する仕組みと構造をつくるには?

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▼参考

なぜ「マトリクス組織」はうまくいかないのか?|CULTIBASE Radio|Management #110

なぜ「マトリクス組織」はうまくいかないのか?|CULTIBASE Radio|Management #110

例えば、営業部に配属されたエンジニアは、営業部長とエンジニア長の2人の上司に報告の義務を持ちますが、その2人の目指す目標や方向性があまりにも乖離していた場合、不必要なコストや摩擦が生じかねません。両者の目標が完全に一致することは現実的には難しいものの、互いに調整・連携しながら最適化していくことが求められます。

一方で二重編み組織の場合、実践共同体に公式な命令系統はありません。また主な目的も「知識」に焦点があてられ、「成果」を重視する公式組織とは異なる目的の組織構造を組織にもたらすことができると考えられます。

個人にとって、業務の指揮命令系統が一本化されている中で、職能やキャリア発達、アイデンティティ形成の機会を持てることになります。「実践共同体である」と意識されずとも、既に組織内にそのようなケースを思い浮かべることができる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

知を創出する「二重編み組織」のメカニズム

では、組織の学習モデルとして、二重編み組織はどのようにして知を創出していくのでしょうか。論文に基づきながら、3つの主要な観点で整理・解説します。

1. 多重成員性による学習サイクルの創出

公式組織は通常、目標や成果物を重視します。一方、実践共同体は、知識の深化やアイデンティティの形成において重要な役割を担うとされています。松本(2012)は、このそれぞれの共同体の役割の違いに着目し、2つの共同体を行き来しながら循環的に知の生成を促していく「多重成員性のサイクルモデル」をつくり上げることが重要だと述べています。

成員性とは、所属する集団の一員であることを言います。これが多重であること、すなわち複数の共同体に同時に参加し、それぞれの共同体で育まれる成員性を複数保有している状態です。

「多重成員性のサイクルモデル」とは、公式組織においては、チームの問題に取り組み、問題に突き当たったときは実践共同体に知識や意見を求め、それを公式組織チームに持ち帰って問題に適用し、そこから学習するというプロセスで構成されています。二重編み組織の大きな特徴は、公式組織と実践共同体の両方に所属することで生じる学習サイクルです。2つの共同体がうまく連携することで、組織において継続的な学習と、それに基づく新たな価値の創出が可能になると考えられます。

松本(2012)は、「マトリックス組織は権限関係の調整に時間と労力を要するが、二重編み組織にとって大切なのはむしろ、多重成員性による学習と実践のサイクルを構築するところにある」と述べています。

公式組織にのみ所属している場合は、マトリックス組織であっても、普段携わっている業務や事業における目的が元となるため、多重成員性を獲得しにくいといえます。

ゆるやかに持続する実践共同体に参加することで、知識の深掘りや新たな視点を得ることができます。この二つの要素が相互に作用することで、学びの循環が生まれ、組織全体が常に成長し続けることが可能になります。

2. 公式組織と適度に距離感を置いた学習環境の創出

通常業務においては、一般的に成果を出すことが求められるため、どうしても短期的な目標達成が重視されがちです。しかし、実践共同体では一見すると実務とは関連の薄いテーマや問題について取り組むことが可能となり、高いモチベーションで活動に取り組める事例も報告されています。このように部門・チームと適度な距離感がある共同体の中で学べることも二重編み組織の大きな特徴のひとつだとされています。

3. 公式組織とは異なる「アイデンティティの拠り所」が生まれる

二重編み組織では、メンバーが公式組織と実践共同体、両方に所属することで、複数のアイデンティティを形成することができます。共通のテーマや関心を共有することで、公式組織の中では獲得できなかった新たな専門性や価値観が芽生えることもあるでしょう。複数のアイデンティティの拠り所を持つことにより、より多角的な視座を持ちながら、個人の成長や組織内での柔軟な役割適応を促進することができます。

また、配置転換が比較的少ない組織においては、公式組織でのアイデンティティも形成されやすくなりますが、変化が多く、公式組織でアイデンティティが形成しづらい働き手にとっては、実践共同体がアイデンティティの拠り所となる、と見ることもできます。

二重編み組織を導入する最初のステップ:実践共同体が組織内で生まれるには?

実際に組織を二重編み構造に変えていこうとした場合、最初のポイントとなるのが「実践共同体の形成」です。しかし、先述した通り本来的には、実践共同体は自然発生するものであり、意図的に設計するものではありません。
そのため、組織内でメンバーが自主的に知識を共有し、共同体を形成しやすくするための「場づくり」や「ファシリテーション」や文化づくりが重要となります。

そうした中で、公式組織のリーダーとは別に、実践共同体におけるコーディネーターの役割を設けることも一つの方法です。コーディネーターは、そのコミュニティが対象とする領域に焦点を当てた上で、メンバー間の関係を維持し、実践を開発することができるように支援します。コーディネーターはコミュニティのコアメンバーとして深く関わることができる人であればよく、必ずしも熟達者や古参者である必要はないとされています。

チームという枠組みを超えて、学習を促進し、イノベーションを生み出す

実践共同体を公式組織に編み合わせる「二重編み組織」という考え方をもとに、社内外の急速な変化に柔軟に対応するための組織やチームを設計するヒントを深めてきました。

二重編み組織は、公式組織の枠組みを超え、公式組織だけでは困難である、多重成員性や距離感、それにもとづく学びアイデンティティの形成などの側面が見られます。
公式組織のチームとして、目標と成果にもとづきながらタスクを遂行していくことはもちろん重要です。しかし、そこだけではこぼれ落ちてしまう要素がある点には目を向けていくことで、個人のやりがいや学習や成長の観点でも、より望ましい状態に向かうことができるのではないでしょうか。結果的にチームの成果にも持続的なポジティブな変化が起こることが期待されます。

※本記事は以下の動画を参考に執筆しています。あわせてご覧ください。

チームの限界を超えた学習を生み出すには?:“二重編み構造“による実践共同体の活用

チームの限界を超えた学習を生み出すには?:“二重編み構造“による実践共同体の活用

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