本連載は、「学びとは何か?」という身近な問いに対して、学びに対する考え方の “レンズ” をかけかえながら、個人と組織の学びがどこで・どのように生まれ、変容していくのかを探究してきました。私たちは日常的に「学ぶ」という言葉を使いますが、その多くは知識やスキルの獲得を指しています。
しかし、教育学や心理学、組織学習論の研究をたどると、学びはもっと広い概念だとわかります。行動の変化、認知の枠組みの更新、他者との関係性の変化、制度や文化との相互作用など、多層的な営みとして理解されます。
第1回では、行動主義・構成主義・状況的学習観という三つのレンズを通して、学びを多面的に見つめ直しました。第2回では、学びを動かす力に注目し、省察・越境・語りの再構成というプロセスを辿りながら、経験が意味へと変わる過程を整理しています。そして第3回では、実践の中に潜む矛盾を起点に、学びがどのように拡張していくのかを考えました。
【連載】学びのレンズをかけかえる
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これまでの3回で、人間の学習のレベルがどのようなものか、どのようなときに起きるかをレンズをかけかえながら深めてきました。

最終回となる本稿では、これまでの議論を振り返りながら、学びを個人・チーム・組織を貫く多層的な営みとして統合して整理します。そのうえで、こうした理解を実務にどう位置づけ、組織の変化にどう結びつけられるのかを考えていきましょう。
1. 3つの学習観から見えてくる学びの多層な姿
学びという営みを多面的に理解するために、第1回では「行動主義」「構成主義」「状況的学習観」という三つのレンズを通して、学びの構造を見つめ直しました。これらの理論はそれぞれ異なる側面を照らし出し、行動・意味づけ・関係性という三つの焦点から学びを立体的に捉える視点を与えてくれます。

3つの学習観から見えてくる学びの多層な姿 - 【連載】学びのレンズをかけかえる 第1回
行動主義(B.F.スキナー)は、学びを「望ましい行動の定着」として捉えるものでした。成果を観察可能な形で測定できるため、育成や評価の設計に活かしやすい一方、行動の背後にある意味づけや、学びが持続していくプロセスまでは十分に説明しきれません。
そこで構成主義(ピアジェ、デューイ、コルブ)は、学びを「経験を通じた意味の再構成」としてとらえます。人は知識を受け取るだけではなく、経験を試し、振り返り、理解の枠組みを修正することで成長していく──そうした内面的な変化に焦点を当てた理論です。
さらに、状況的学習(レイヴ&ウェンガー)は、学びを他者や共同体との関係のなかで捉え直しました。人は最初から中心にいるのではなく、周辺的な関わりを通じて実践を学び、やがて共同体の一員としてアイデンティティを形成していく。この視点は、学びが「私は誰か」という問いと深く結びついていることを教えてくれます。
三つの学習観を重ねて見ると、学びは単なるスキル習得や行動変化ではなく、外面的な行動・内面的な理解・社会的な関係が響き合いながら進む、多層的なプロセスとして立ち上がります。こうした構造の理解が、以降の議論──学びがどのように深まり、どのように拡張していくのか──の出発点となりました。
2. 経験が「意味をもつ」まで
第1回の議論では学びの構造を描き出してきましたが、では深い学びはどのようなときに生まれるのでしょうか。第2回ではこの問いに対し、省察・越境・語りの再構成という三つのプロセスから考察しました。学びは自然に積み重なるものではなく、こうした往復を通じて深まり、実践を変えていきます。

見て学ぶ機会が失われている? 経験が「意味をもつ」まで─【連載】学びのレンズをかけかえる 第2回
新しい環境に入ったとき、私たちはまず観察を通じてその場のルールや価値観を読み取り、少しずつ行動を合わせていきます。ジーン・レイヴとエティエンヌ・ウェンガーが提唱した「正統的周辺参加」は、このような初期の学びを説明する理論です。人は最初から中心的な役割を担うのではなく、周辺的な立場で観察や模倣を重ねながら、共同体の一員となっていきます。この参加の過程を通じて、暗黙知や文化的文脈を身体的に学び取るのです。
一方、経験を積んだ後には、より内省的な学びが求められます。教育学者ドナルド・ショーンは、専門家が実践を通じて自らの思考や判断を問い直す存在として「省察的実践家」を示しました。彼は省察を「行為中」と「行為後」に分け、状況の中で判断を修正したり、前提を振り返ったりするプロセスに学びの核心があると述べます。経験を繰り返すだけではなく、「なぜそう考えたのか」と問い直すことが、専門性の更新を促します。
さらに、実践者が組織のリーダーへと立場を移すと、学びの焦点はより広がります。スチュアート・ブランドの「ペース・レイヤリング」理論が示すように、組織には変化の速い層(戦略・業務)と、ゆるやかに変化する層(文化・理念)が共存しています。リーダーはそれらを往復しながら、自らの判断や価値観を問い直し、組織全体の学びを導いていくことが求められます。
このように、学びは経験を重ねることではなく、経験をどう意味づけ、どの文脈で問い直すかによって深まります。新しい環境への参加、省察による実践の更新、そして組織全体を見渡す省察へ──その連なりは、常に自分と環境との関係を捉え直す営みなのです。
3. 矛盾を越え、拡張する学び
第3回では、学びを「矛盾や不整合から生まれる変化のプロセス」として捉え直しました。私たちはしばしば、学びを知識やスキルの獲得、あるいは行動変化の結果として理解します。しかし、現実の実践でより深い学びが生まれるのは、既存の前提や価値観が通用しなくなったときです。これまでのやり方が機能しない、何を目指せばよいのかわからない──そんな行き詰まりの中にこそ、変容の契機が潜んでいます。

矛盾を越え、拡張する学び──【連載】学びのレンズをかけかえる 第3回
フィンランドの教育学者ユーリア・エンゲストロームは、こうした状況を「活動システムに内在する矛盾」と呼びました。彼の拡張的学習(expansive learning)理論では、矛盾を単なる問題ではなく、新たな目的(オブジェクト)を生み出す駆動力として捉えます。たとえば「効率性」を重視してきた組織が「信頼関係の構築」を掲げるとき、手順の改善だけでは不十分です。根底にある価値観──何を優先するのか、なぜその目的を掲げるのか──を問い直す必要が生じます。この「目的の再構成」こそ、拡張的学習の核心です。
エンゲストロームは学びの過程を、「疑問化(Questioning)」から始まり、「分析」「新たなモデルの構想」「実践」「検証」「再省察」へと進むサイクルとして整理しました。このプロセスを通じて、活動は単なる改善ではなく、意味そのものの書き換えへと至ります。矛盾に対して即時的な解決を図るのではなく、その背景を言語化し、対話を通じて新しい目的を共創することで、組織や個人の枠組みが再構成されるのです。
このように、矛盾を乗り越えるのではなく出発点として扱うとき、学びは拡張します。学びとは、予定調和の延長ではなく、「揺らぎの中から立ち上がる営み」です。矛盾に直面し、それを手がかりに問いを再構成し、意味を更新していく──そこにこそ、人と組織の変容を支える力が宿っています。
4. 学びを創造性へとつなぐ
ここまで見てきたように、学びは個人・集団・組織といった複数のレベルが相互に作用する複雑な営みです。こうした学習のさまざまな側面をベースとしながら、組織内で創造性をマネジメントする見取り図として整理した枠組みとしてMIMIGURIが提示しているのが Creative Cultivation Model(CCM)です。CCMは「人間の学習能力を源泉に組織が創造性を発揮している状態を表すモデル」であり、個人/チーム/組織の三層それぞれにおける矛盾(パラドックス)と各層の創造性が循環している状態を表しています。

※ここでは、便宜上、2022年版CCMをベースに記載しています。2022年版のCCMについて詳しくはこちらをご覧ください。

2022年版「Creative Cultivation Model(CCM)」とは:組織の創造性をマネジメントするための見取り図
CCMが重視するのは、三層が「別々に最適化される」のではなく、往復しながら更新し合うことです。個人が自分の興味・関心など内的に湧き上がる動機(衝動)と、仕事などで外的に要求される価値(専門性)に基づきながら「探究」を行うことで、自身の価値観やアイデンティティ、スキルの形成・拡張へと繋げていきます。
個人が探究によって磨いてきた専門性やアイデンティティなどによる個性を活かしながら、集団がお互いのこだわりやものの見方を共有する対話的なコミュニケーションを通じて相互触発を起こし、組織にとって価値のある何かを生み出していきます。
そして、組織内部に根付く理念に基づきながら、組織としての存在意義やありたい姿、アイデンティティと照らし合わせ、ときに葛藤しながら、自分たちらしい事業を展開しているかどうかを問い直し続けることで、組織の創造性を育むのです。
矛盾を安易に排斥せずに粘り強く両立・止揚させることで「創造性」は発揮されます。個人も組織も自己拡張と相互触発によって、常に新しい経験のなかで揺れ動き続ける ことになるのですが、経験を振り返り、どんな意味があったのかを内省(リフレクション)することで、アイデンティティが変容するような深い学びを経験します。

この循環の中核には、「矛盾を創造性の源泉として扱う」という態度があります。学習の過程で生じる価値の衝突を、どちらかに折り合いをつけて終わらせるのではなく、粘り強く両立する可能性を探り、高次の基準に組み替えることで創造性が発揮される──CCMはその前提を据えています。
目指すべき状態は、「各層の創造性が循環していること」です。すなわち、個人が創ることを楽しみ学び続け、チームが信頼と多様性に根ざした対話から新しい発想を生み、組織が理念に基づく事業を通じて社会的価値を連続的に更新する──この三つが連動しているかを問い続けます。
なお、CCMはアップデートを続けており、最新のモデルでは「探究」を中心軸に据え、機能面(事業構造・組織構造・業務構造)と精神面(ブランド・組織文化・職場風土)の整合を“動的に探り続ける”、ための組織づくりの羅針盤「新時代の整合性モデル」として提案しています。

本稿では詳細に踏み込みませんが、関心のある方はぜひ以下の解説をご参照ください。

CCMとは何か? 新時代の整合性モデル “Creative Cultivation Model”は、冒険的組織づくりの羅針盤

【3分解説】Creative Cultivation Model(CCM)とは何か?
学びを変化の土壌として位置づける
ここまでの議論から、学びを知識やスキルの習得にとどめず、変化を生み出す基盤として考える視点が重要だとわかります。行動の変化、経験の意味づけ、共同体への参加、矛盾からの目的再構成──これらは別々ではなく、行き来しながら人と組織の変容を支えています。
学びを多層的に捉えることで、日常の小さな改善から大規模な組織変革に至るまでを、一つの連続体として理解できるようになります。その視点は、MIMIGURIが提唱する Creative Cultivation Model(CCM)にも通じています。CCMは、個人・チーム・組織の各レベルで学習を循環させ、矛盾や揺らぎを創造性の源泉として扱うための見取り図です。本連載で紹介した学びのレンズは、その理解を支える基盤でもあります。
学びは個人のスキルアップに閉じず、組織の未来をつくる営みでもあります。矛盾や揺らぎに直面したとき、それを障害として避けるのではなく、次の実践を考える契機として活かす。その行動の積み重ねが、組織の変化を支える力になります。
本連載が、そのための視点を考える一助となれば幸いです。



