MIMIGURI安斎勇樹さんと、創造性研究の第一人者でMIMIGURIシニアリサーチフェローに就任した岡田猛さんの対談シリーズ「おとな創造性Q&A」。創造性をめぐるさまざまな「お悩み」を起点にしながら、ビジネス×アカデミアの知見をお二人にぶつけていただきます。第2回のテーマは「才能と創造性」。
【今回のお悩み】
そもそも創造性って、持って生まれた才能の部分が大きいのでは? 私はたぶんそういうセンスがないので、クリエイティブなことには向かないと思うんですが…。
岡田猛(以下、岡田):まず大前提で言えば、創造性にとって「才能」の影響はもちろんゼロではないですよ。とくに領域にもよりますが、たとえば対人競技などを考えてみるとわかりやすいでしょう。こうしたスポーツはかなり創造的な領域でしょうが、やはり身体が資本になるので、「体格がいい」とか「早く走れる」といった持って生まれた要素がかなり大きく影響します。
安斎勇樹(以下、安斎):面白いですね。この相談でぼくが思い出すのは、父親のことです。
ぼくの父は芸術家でして、昔からずっと家のなかでもちょっと変わった振る舞いをしていましたし、ある種、社会規範をあえて無視するような仕事ぶりなんかも見てきました。たとえば、3.11の東日本大震災が起きた直後、世の中がすごくどんよりしたムードのときに「たまに揺れるから怖いんだ。つねにマグニチュード8で揺れ続ける世界を想定してみよう」というある意味で不謹慎なワークショップをあえてやっていたり……。
そういう人を見ながら育ったので、こちらは「ぼくはこの人たちとは根本的に違うな……」「自分はアーティストにはなれないな……」という一種のコンプレックスのようなものを強く持っていたんです。批判を恐れずにあえて常識に反するような発想って、ぼくの性格的に到底できなさそうですし。ですから、この相談者のような感覚ってよくわかります。
岡田:「性格」の話が出ましたね。[以前の記事]では創造性を「パースペクティブの広がり」から捉える話をしましたが、学問の世界では創造性は「性格(パーソナリティ)」と結びつけて語られることも多いんです。たとえば、「ビッグファイブ」ってありますよね?
安斎:人の性格を5つの因子(神経症傾向/外向性/開放性/協調性/誠実性)から説明する学説ですよね。
岡田:そのとおりです。そのなかでいうと、伝統的には「開放性(Openness:環境とか他者に対してオープンである傾向)」という因子が、創造性と深く関わっていると考えられてきました。また別の研究では、「外向性(Extraversion)」も関係性が深いと指摘されていたりもします。そういう性格の因子を強く持っている人ほど、創造性が高いというわけですね。
他方で、ビッグファイブのなかでも「神経症的傾向(Neuroticism)」の因子などは、創造性の文脈ではネガティブな扱いを受けてきました。神経症的傾向が高いと、なかなかクリエイティブにはなれない、と。
しかし、私の周りを見ていても、クリエイティブな研究者って神経質な人も多いんですよね(笑)。さらに、私の研究対象であるアーティストの方たちにも、すごく細かいことを気にする方がいます。個人的に「これって実感として違うな……」とずっと思っていたのですが、最近の研究では「やはり神経症的傾向も、状況によっては創造性と深く関係している」という結果が出ています。
安斎:いずれにせよ、「創造性を発揮しやすい性格(パーソナリティ)というものがある」ということなのですね。
岡田:そうなんです。しかも、「創造性=性格」と考えると、そもそも人の性格というのは経験によって少しずつ変わることはあるものの、基本的にはあまり変わらないものとされていますから、「創造的でない性格の人には、創造活動をしない傾向がある」というのはたしかに一理あるのかなと。
ただ、そこで諦めないでいただきたいのは、最近ではクリエイティブセルフ(Creative Self)、つまり「創造的自己」という概念があるからなんですよね。多くの人たちは「自分の性格的に、創造性なんて発揮できるわけがない」とか「クリエイティブかどうかは人によって決まっているのだ」と思い込んでいるわけですが、「創造的なマインドセット(Creative Mindset)」や「創造的自己効力感(Creative self-efficacy)」、つまり「人は自分で創造的になっていけるのだ」という創造性の捉え方(創造についての成長的マインドセット)を身につけたり,「自分は創造ができるのだ」という自信(創造的自己効力感)を身につけるだけで、実際にクリエイティブになれてしまうという指摘もあるんです。
今日の午前中、私はとある美術の授業に出ていたんですが、そういう場面でも「創造性に対するマインドセットや創造的自己効力感」みたいなものって、わりと簡単に変わっていくということを実感しますね。最初のうちは「いや、自分は絵なんてぜんぜん描けません……」と言っていた学生でも、いろいろなことをやっていくうちに「あれ? 自分でも創造できるかも!」という手応えを得て、創造性の捉え方が変化していくことがあるんですよ。
安斎:面白いですね! 「創造性に対するマインドセットが変わり得る」という話は、めちゃめちゃ共感します。
ぼくはアーティストである父に対して「創造性コンプレックス」のようなものを抱いていたわけですが、あるときから「自分に合ったぼくなりの創造性の発揮の仕方がある」と後天的に学習してきた感覚があって。父のようにいきなりルール無用でやるのではなく、むしろ世の中で言われていることをこつこつレビューして、そこに「ひとさじの工夫」を投げ込むようなスタイルのほうが自分には合っているなと思っています。
あるいは、本を出すときとかも、ぼくは「一気に原稿を書き上げて出版社に持ち込む!」みたいな暴挙には出られないのですが、SNSで発信したりして企画をちょっとずつ温めているうちに、出版社側からお声がけをいただいたりして、自然と自分の作品が生まれるような状況をつくっていくほうがしっくりくるんですよね。
ぼくのように消極的・内向的な性格あっても、自分なりのスタイルさえ見つかれば、創造性を発揮することができる──そういう感覚があるんです。ですからぼくは、創造性を「持って生まれた才能」だと考える必要はないし、むしろ人が持って生まれた性格ごとに、それを生かした「発揮の仕方」を模索していけばいいんじゃないかと思っています。
岡田:おっしゃるとおりだと思います。さらにもう一つの観点を加えると、創造性って「ダイナミック(動的)なプロセス」のなかで展開していくものなんですよね。
だから、「一発目に思いついたアイデアがすごいかどうか」というだけでは決まらない。むしろ、最初は大したことないアイデアであっても、いろいろと頭のなかで考えたりとか、それこそ安斎さんのように外部に発信したりするなかで、どんどん変化していってよりいいものになっていく。そうやってダイナミックに展開していくプロセスのなかで初めて創造性が立ち上がってくるんですよね。
「才能がある/ない」というように、創造性をスタティック(静的)に捉えてしまって、ダイナミックな展開の中に飛び込んでいけなくなるのはもったいないと思いますね。





