地図なき道を歩むには?──創造性を動かす「触発」と「ずらし」の力:連載「境界を渡る創造性」第2回
/

15分

地図なき道を歩むには?──創造性を動かす「触発」と「ずらし」の力:連載「境界を渡る創造性」第2回

創造性は、本当に一部の“天才”だけに与えられた資質なのでしょうか。
私たち一人ひとりの中にも確かに存在するはずのその力を、なぜ多くの人は発揮できずにいるのでしょうか。
本シリーズ『境界を渡る創造性』では、創造性研究の第一人者である岡田猛さんと石黒千晶さんが、日常の出来事を手がかりに、創造性を取り戻すための視点と実践のヒントを綴ります(全3回予定)。

第1回はこちら: 人は創造的になれるのか?──CBAAモデルが示す3つの視点:連載「境界を渡る創造性」

■著者プロフィール(執筆順)

岡田 猛

岡田 猛

東京大学名誉教授、大学院 教育学研究科 客員教授
東京大学 芸術創造連携研究機構 客員フェロー
株式会社MIMIGURI シニアリサーチフェロー

認知科学者、東京大学名誉教授。1994年に米カーネギーメロン大学にてPh.D.(心理学)を取得。名古屋大学教授などを経て、2008年より東京大学教授、2025年より名誉教授。専門は教育心理学、認知科学、芸術教育。フィールドワークや心理実験による実証的研究と、大学や美術館での実践研究を往還しながら、芸術の創作プロセスや熟達化、創造性を高める教育支援方法の解明に取り組む。特に、アーティストが創作プロセスの要素を意図的に変動させる「ずらし」の理論や、アート鑑賞が創造意欲を高める「触発」のメカニズムに関する研究で知られる。2024年、日本認知科学会フェローに選出。研究知見を基に、社会に「創造的教養人」を広げる教育・社会実践にも力を注ぐ。

石黒 千晶

石黒 千晶

東京大学大学院教育学研究科附属学校教育高度化・効果検証センター/大学総合教育研究センター 准教授
株式会社MIMIGURI リサーチパートナー

2017年東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学.博士(教育学)。日本学術振興会特別研究員(DC2)、玉川大学脳科学研究所嘱託研究員、金沢工業大学情報フロンティア学部心理科学科助教ならびに講師、聖心女子大学現代教養学部心理学科専任講師を経て、現職。創造性や芸術に関わる心的過程の測定、また、芸術活動や創造性教育の効果測定について研究している。

「地図なき山」を登る興奮

全くの偶然なのですが、このコラムの著者は、二人とも山登りを趣味にしていました。今は多忙のため、ずっと山には登っていませんが、気持ちの上ではまだ山屋(登山愛好者)の端くれであると思っています。山屋は、身につけた山歩きの知識や技術を使って、地図とコンパスでルートを確認しながら、目標の山に登って無事に下山するということを楽しみにしています。その際、地図を読む技術は極めて重要で、地図上の地形と実際の地形とを対応させながら、今どこにいて、これからどこに向かうのかを確認しながら歩いて行きます。

ところで先日、私(岡田)は、角幡唯介さんの「地図なき山:日高山脈49日漂泊」という本を読みました。この本には、角幡さんが初めて日高山脈を登るときに、あらかじめ何の情報も仕入れずに一人で山に向かい、地図も持たずに沢登りをした時の行程が記録されています。地図ではなく、実際の地形を読みながら沢を登り、絶壁のようなゴルジュや70メートルの滝に悩まされながら探索を進め、出会った尾根や滝に名前を付け、地図を作っていく様子が生き生きと記述されており、わくわくしながら読み進めました。

よく考えてみると、伊能忠敬が始めて日本地図を作ったときも、アムンセンが南極点に到達したときも、地図なきところを探索した訳ですので、本来の山登りも地図なき山を登るものだったと思うのですが、現代では地図のない場所は世界中探してもほとんどありません。そんな中、角幡さんは地図を見ないで、登山案内も読まずに日高山脈を縦断したのです。

不確実な時代(VUCA)において「自らの地図」を描く意味

この本は、山登りをしない人にはあまりにマニアックすぎて面白くないかもしれませんが、私(岡田)には書かれていることが自分事のように思えて、興奮しながら読み進めました。なぜなら、ここに書かれていることは、研究活動と同じだと思ったからです。多くの研究活動は、程度の差はあれ、地図のないところで新たに地図を作る活動だと言えるでしょう。

例えば、ワトソンとクリックによるDNAの二重らせんの研究は、分子生物学という新しい領域を開く最初の地図を作ったと位置づけることができます。未知のテーマに挑み、試行錯誤しながら新しい領域を開拓することは、ある意味で研究者の理想とする活動です。研究者に限らず、企業においても個人においても、先が不明確で予測できない不確実性の時代(VUCA)には、誰しも自分の地図を作って、未来を開拓していく必要があると言えるでしょう。

創造活動のプロセスを解き明かす「5Aモデル」

では、新しい地図を作るにはどうすれば良いでしょうか? これには、創造性の心理学の研究が参考になるかもしれません。ここでは、まずGlăveanuの5Aモデルを紹介しましょう(Glăveanu,2015)。Vlad Glăveanu教授はアイルランドのダブリン・シティ・ユニバーシティで、社会文化的アプローチから創造性を研究している人ですが、創造活動について以下のようなモデルを提案しています。

彼によると、創造活動は、物理的・社会的・時間的次元の中で、5つのA(創造する人actor、行為action、人工物artifact、アフォーダンスaffordance、聴衆audience)が関わるプロセスです。図1は、その関係を表しています。創造する人が何らかの行為を行って、何らかの物事(人工物)を生み出します。その際に、物理的な環境との相互作用(アフォーダンス)が起こります。絵を描く時に、キャンバスの大きさや絵の具の種類、アトリエの光の状態などによって描画のプロセスが異なってくるのは、この例です。

さらに、人工物を作る過程で、鑑賞者や仲間などの、他者との相互作用が起こります。絵を描いている途中で、画家仲間からのアドバイスを受けたり、ギャラリーに来たお客さんから感想を聞いたりといったことがこれに当たります。ちょっと斜めになった横軸は、時間軸を表しています。人工物が生まれる時点が現在だとすると、その右側には未来の可能な人工物が広がっています。物理的環境とのやりとりだけでは、未来の人工物の可能性のパタンは限られていますが、他者が関わることによって、新しい視点(パースペクティブ)が得られ、未来の可能性が広がっていく様子が描かれています。

このモデルは、創造プロセスの大枠を説明するには、とても分かりやすいモデルだと、私たちは考えています。つまり、新しい地図を作るためには、実際の地形を歩いて見ながら(物理的環境とのやりとりをしながら)、徐々に地図を作っていく必要があります。その際、一人で山を登るのとは異なり、仕事仲間や顧客や他分野の専門家とのやりとりを経て新しい視点が得られるのだと考えて良いでしょう。

図1 創造的行為:文化心理学的枠組み (Glăveanu (2015) をもとに筆者作図)

アーティストに学ぶ創造のサイクル:触発・探索・省察

しかし、このモデルは大枠を示しているだけなので、具体的にどのようにすれば新しい地図が作れるのかについては語ってくれません。そこは、私たちのこれまでの研究を元に説明してみましょう。

私たちは、過去20年ぐらいにわたって、アートの創作や鑑賞のプロセス、その教育的支援などに関する心理学的研究を積み重ねてきました。そこで明らかになったことは、アーティストは、外界のものごとに触れてワクワクして(触発され)、自分の内なる表現を試してみて(探索して)、その成果について振り返る(省察する)というサイクルを繰り返しながら鑑賞や表現活動に携わっており、そのプロセスを通して、自分の創作活動や生活における新しい視点(パースペクティブ)を得ているということです(岡田・清水,印刷中)。

「触発(Inspiration)」のメカニズム:異質なものとの出会い

ここでは最初に、触発(inspiration)について考えてみましょう。例えば、皆さんは小学校の図画工作や中学校の美術の授業で、モビールという、紙やプラスチックの板が風になびいてユラユラ揺れるような美術作品を作ったことがあるかもしれません。これは、カルダーというアーティストが、友人のアーティストのモンドリアンのアトリエに遊びに行って、抽象絵画の作品を見たことがきっかけとなっています。

モンドリアンの描いた、色の異なる四角形が組み合わさった絵画を見た後、カルダーは日記に「モンドリアンのアトリエを訪れてショックを受けた」と記しています。彼は、その時、様々な色の板が風に揺れたらきれいだろうなとイメージをふくらませたのです。これは触発と言われる現象です。触発は、人々が自分のレパートリーの外側にある物事(例えば、美術家が作ったアート作品や政治的な出来事や大地震の脅威など)に出会い、感情が動き、新しいイメージやアイデアが浮かび、何かを始めたくなるような現象を指しています(岡田,2016)。

触発について検討した私たちの心理実験では、絵を専門的に学んだことがない学生が、アーティストの美術作品を模写したり、じっくり時間をかけて鑑賞したりすることで、その後に創造的な作品を作るようになったことが示されています(Okada & Ishibashi,2017)。その際、学生達はアーティストの作品の背後にある創作プロセスを推測し、それと対比しながら、自分の創作のための独自の視点を作り上げていたのです。私たちはこのプロセスをデュアル・フォーカス(dual focus: 他者の作品の背後にある創作プロセスと自分が何かを作るときのプロセスの両方に注意を向け、比較することと呼び、人々が美術作品から受ける触発はデュアル・フォーカスによって起こるというモデルを提唱しています(Ishiguro & Okada,2021)。これらの一連の研究は、人々が自分の思考枠組みの外側の事物や出来事とじっくりと出会うことにより、触発が起こり、新しい創作のモチベーションが高まり、新しい視点が得られることを示しています。

「探索(Exploration)」の実践:意図的な「ずらし」がもたらす予期せぬ発見

アーティストが頻繁に行っているもう一つの重要な活動は、探索(exploration)です。探索活動の中でも、私たちは特に「ずらし」というプロセスに焦点を当てて研究をしてきました。「ずらし」はこれまでの創作プロセスの中の一部の要素を変更して創作を行い、それにより予想外の結果(サプライズ)を体験し、新しいアイデアや作品を生み出す現象を意味しています(Okada & Yokochi,2025)。例えば、私たちの研究では、現代アーティストの篠原猛史さんが絵を描くときに、それまでは床に紙を置いて下を向いて描いていましたが、その時は紙をテーブルの裏側に貼り付けて、下から上に向けて描くという「ずらし」を取り入れて創作した時のプロセスを、詳細に検討しました(Okada & Yokochi,2025)。

その結果、篠原さんは「自分の描画行為を自分ではうまくコントロールできない」という感覚を体験し、それがきっかけになって、それから数年かけて三つの新しい作品シリーズを展開し、美術館の展覧会やギャラリーの展示に結実しました。篠原さんは、自分が通常行っているやり方の一部を変更してみる(ずらす)ことによって、創作プロセスの中で新しい感覚を経験し、サプライズの感情が起こり、それが刺激となって新しいアイデアやイメージが浮かび、新しい作品コンセプトが生まれたのです。我々の研究では、10年以上にわたる長い期間の創作活動の中で、彼らは様々なずらしを行いながら作品を作り続け、その体験についての深い省察を行い、自分の創作の中核となる創作ビジョン(中心的なテーマ)を発見しそれを展開していたことが、明らかになっています(岡田,横地,難波,石橋,植田,2007)。

ビジネスにおける創造的実践:プロセスを自覚し、省察する

さて、このようなアーティストの創作プロセスの特徴は、ビジネスにはどのように役に立つのでしょうか? 私たちはビジネスの世界で仕事をしている訳ではないので、はっきりとしたことは言えませんが、おそらく触発や探索のプロセスは、ビジネスの活動にも重要な役割を果たし得るのではないかと思っています。最初に述べたように、不確実性の高い時代のビジネス活動には創造性が必要とされています。

その際に、自分が日頃行っている仕事のプロセスの一部をずらして、新しいやり方を試みたり、新しい視点に出会うために異業種交流会や他分野のエキスパートの講演会に参加して触発を受けたりといったことは、これまでも経験したことがあるかもしれません。そこで大事なことは、それをどのように自覚化し、そこから何を学ぶか(省察するか)です。アーティスト達は、そのような行為を自覚的に行い、サプライズを得るべく創作活動を継続しているのです。

References

  • Glăveanu, V. P. (2015). Creativity as a sociocultural act. The Journal of Creative Behavior, 49(3), 165-180.
  • Ishiguro, C., & Okada, T. (2021). How does art viewing inspire creativity?. The Journal of Creative Behavior, 55(2), 489-500.
  • 角幡唯介 (2024). 地図なき山:日高山脈49日漂泊行 新潮社
  • 岡田猛(2016). 触発するコミュニケーションとミュージアム. 中小路久美代・新藤浩伸・山本恭裕・岡田猛(編). 触発するミュージアム:文化的公共空間の新たな可能性を求めて,(pp. 2-10)あいり出版.
  • Okada, T., & Ishibashi, K. (2017). Imitation, inspiration, and creation: Cognitive process of creative drawing by copying others' artworks. Cognitive Science, 41(7), 1804-1837.
  • 岡田猛,清水大地 (印刷中). 岡田猛監修、新藤浩伸,福留東土編,あらゆる学問はアートにつながる―東京大学が進めるアート教育,東京大学出版会
  • Okada, T., & Yokochi, S. (2025). Process Modification and Uncontrollability in an Expert Contemporary Artist's Creative Processes. The Journal of Creative Behavior, 59(1), e635.
  • 岡田猛, 横地早和子, 難波久美子, 石橋健太郎, & 植田一博. (2007). 現代美術の創作における 「ずらし」 のプロセスと創作ビジョン,認知科学,14(3), 303-321.

本稿で扱う5つの重要キーワード

  • 触発(Inspiration):
    外界の物事(他者の作品など)に触れて感情が動き、新しいイメージやアイデアが湧き、何かを始めたくなること。
  • 探索(Exploration):
    自分の創造活動の可能性を広げるために、試行錯誤しながら新しいやり方を探していくこと。
  • ずらし(Process modification):
    自分の創造活動におけるいつもの手順や要素を意図的に変更し、予想外の結果(サプライズ)や新しいアイデアを生む技法。
  • デュアル・フォーカス(Dual Focus):
    鑑賞や創作活動の際に、他者の作品の背景にあるプロセスと、自分の制作プロセスを対比させながら思考を進めること。
  • 省察(Reflection):
    活動の成果やプロセスを振り返り、そこから学びや新しい視点(パースペクティブ)を得ること。

学びをシェアする

MIMIGURI

CULTIBASE運営会社について

運営会社である株式会社MIMIGURIでは、 人と組織の可能性を活かした多角化経営を実現する、ファシリテーション型コンサルティングサービスを提供しています。

著者

Background
Banner Image
CULTIBASE Icon

LINEでCULTIBASEの最新情報を受け取りませんか?

組織づくりにおける「探究」のパートナーとして、LINE公式アカウントではピックアップコンテンツやイベント・セミナー等の情報発信を行っています

MIMIGURI

CULTIBASE運営会社について

運営会社である株式会社MIMIGURIでは、 人と組織の可能性を活かした多角化経営を実現する、ファシリテーション型コンサルティングサービスを提供しています。

CULTIBASEについて

CULTIBASE(カルティベース)は、
人と組織の可能性を 見つめなおし、
これからの経営・マネジメントを探究するメディアです。

もっと知る

CULTIBASEをもっと楽しむために

無料の会員登録を行うことで、マネジメント、経営学、デザイン、ファシリテーションなど、組織づくりに関する1000本以上のオリジナルコンテンツと会員向け機能をご利用いただけます。

無料で会員登録する