様々な時代の経営をめぐる言説(理論や概念など)において、経営がどのように捉えられてきたのか──「経営観」の変遷を近畿大学経営学部教授・山縣正幸さんとたどる本シリーズ。第4回となる今回は人間関係論に注目します。
シリーズはこちら:転換しつづける経営観
0. 経営における「人間」という側面
第4回と第5回は「個人と協働」を共通テーマとして設定します。第4回となる今回は、人間関係論や心理学的な側面など、ミクロ的な観点を扱います。第5回では、チェスター・バーナードの議論などを中心に、組織全体といったマクロ的な観点を扱う予定です。
このテーマにおいて前面に出てくるのは「人間」という存在です。しかも、組織において、あるいは組織に参加して活動するという側面です。
人間の歴史において、「自ら何ごとかを企てて、それを遂行する」という面と、「誰かと力を合わせて何ごとかをする」という面、これは古代からずっと続いてきた営みです。自然界のなかで単独の存在としては決して強くないヒトという動物は、これによって生活を営んできました。「誰かと力を合わせて何ごとかをする」というのが協働にあたります。協働という英語にはcooperationとcollaborationの2つがあります。今ここで英単語の用法や理解の歴史をたどる余裕はありませんが(ただ、そういった歴史をたどるのはおもしろいので、関心ある方はぜひ)、経営学の文脈ではcooperationが組織的な協働をあらわす言葉として主に使われてきました。
このcooperationという言葉、“Thank you for your cooperation.”という定型句にも見られるように、何かをするときに誰かが一緒になってやってくれる状態をあらわします。経営現象において、この「何かをするときに誰かが一緒になってやってくれる」という状況は、必ずといっていいほど生じます。

山縣 正幸
近畿大学経営学部教授/デザイン・クリエイティブ研究所/経営イノベーション研究所
1976年生まれ。関西学院大学大学院商学研究科博士課程後期課程をへて、2008年に同大学より博士(商学)を授与される。専門は、経営学史・経営学原理。ドイツ語圏の経営学の展開について研究。2016年ごろから、サービスデザイン、デザイン経営についても研究や実践にかかわるようになる。最近はアントレプレナーシップへの美学的アプローチにも関心を抱いている。2017年から2024年まで経営学史学会理事。同学会による経営学史叢書第II期編集委員を務める。
それ以外に、国立能楽堂の解説パンフレットの執筆を2016年から継続。八尾市産業振興会議の座長(2020年〜現在)なども務めている。
著書に『企業発展の経営学』(千倉書房、2007年)、『バーナード』(藤井一弘編、経営学史叢書第VI巻、文眞堂、2011年、共著)『DX時代のサービスデザイン』(廣田章光/布施匡章編、丸善出版、2021、共著)、『経営学の基礎』(片岡信之編、経営学史叢書第II期第1巻、文眞堂、2022年、共著)、『ドイツ経営学入門』(海道ノブチカ/山縣正幸、文眞堂、2025年近刊)など。
「してもらいたい」人と「してくれる」人とが、人として平等であるという観念は、実は近代になってようやく確立されました。一方で、「誰かに何かをさせる」という使役的な姿勢があることも歴史的事実ですし、それは現代においても残っています(そのことが適切かどうかは、いったん置きます)。この「誰かに何かをさせる」というときに、「させる」側が主人、「させられる」側が奴隷と位置づけられてきたことも、すぐにイメージできるのではないでしょうか¹。
こういった「させる」「させられる」の関係性は、幸か不幸か、人間の歴史において普遍的に生じています。当然、それは近現代以降、社会生活にとって必要不可欠な存在となった“企業”においても同様です。とりわけ、企業規模が大きくなればなるほど、指示を受けて働く人々の「させられる」状態は、よりリジッドなものになっていきました。
この点に目を向けたのは、マックス・ヴェーバー(Max Weber)をはじめとする、ドイツの社会学者たちでした。みなさんもどこかで名前は聞いたことがあるのではないでしょうか。人間関係論に立ち入る前に、ヴェーバーたちの調査について少し触れておきましょう。
1. 工業労働調査と産業心理学:人間関係論の前触れ
人間関係論が注目される以前の20世紀初頭(1910年代)、ヨーロッパではすでに職場に関する調査が行われていました。
例えば、マックス・ヴェーバーの『工業労働調査論』(鼓肇雄訳、日本労働協会、1975年; 収載されている原著論文は1908から1911年にかけて執筆・公刊されたもの)などは、その代表的なものです。ここでは、工場をはじめとする企業で働く労働者は、その生活において工場・企業からさまざまな影響を受けているという前提に立って、仕事をするなかでの疲労や、今でいうOJT(On the Job Trainning)にも近い、仕事のなかでの学習や練習、慣れといった現象を調査し、そこから労働能率に影響を与える要因を明らかにしようとしています。ここでは、クレペリン(Emil Kraepelin; クレペリン検査で有名)によって開発された方法等を用いるなど、精神医学や生理学、心理学などの知見を活かそうとしています。
ヴェーバーの研究において、この工業労働調査はそれほど知られていませんが、ドイツ語圏においては、のちに生まれる経営社会学や産業社会学の基礎の一つとなりました。この経営社会学では、経営(Betrieb; 工場などの職場をさす)の伝統や雰囲気といった、今でいう組織文化ときわめて近い概念が生まれるなど、興味深い展開をもたらしました。
ヴェーバーと同時代に活躍した心理学者ミュンスターバーグ(Hugo Münsterberg; ドイツ語読みではミュンスターベルク)は、心理学の創始者の一人ヴント(Wilhelm Maximilian Wundt)のもとで学んだあと、アメリカにわたってハーバード大学の心理学教授となり、『心理学と産業能率』(1913年)などを公刊するなど、アメリカにおける産業心理学の成立と確立に大きく貢献し人物です。
ミュンスターバーグは、本連載2回でも扱ったテイラーの科学的管理(生産管理の源流。テイラーの科学的管理が起こした変化 ──【連載】転換しつづける経営観 第2回)を高く評価していました。ただ、同時にテイラーによる科学的管理が労働者の疲労や、職務の単純化によってもたらされる単調感などに無頓着であったことを批判します。ミュンスターバーグの研究成果は、ビジネスをめぐる諸問題を心理学的に考えるために、重要な貢献をもたらしました。ただ、不幸なことに、彼が精力的に活躍した1910年代半ば、出身国であるドイツと居住国アメリカのあいだで戦争状態に入ってしまいます。ミュンスターバーグはドイツとの密接な関係を保ったため、第一次世界大戦下のアメリカにおいて、激しい批判も浴びることになります。そんな大戦中の1916年、ハーバード大学での講義中に脳出血で急死してしまったのです。そういった事情もあってか、彼の研究成果はそのまま経営学の展開において、積極的に摂り込まれたとは言いがたいのが現実です。
しかし、職場における労働者/従業員の心理や生理の問題は、20世紀に入って本格的に注目されるようになりました。経営学において本格的に注目されるようになるのは、この数年のちの事になります。
2. ホーソン実験:人間関係論の誕生
1950年代から60年代にかけて「行動科学」という言葉が流行しますが 、その出発点となったのが「人間関係論」です。経営学の文脈で、人間の心理や人間関係といった側面を正面から議論するようになったきっかけとして、特に有名なのが「ホーソン実験」です。
以下において、吉原正彦編『メイヨー=レスリスバーガー』経営学史叢書第III巻の第二章「ホーソン・リサーチ」(竹林浩二執筆)にもとづいて、その概要を見ておきたいと思います。
ホーソン実験とは、アメリカ電話電信株式会社(AT&T)の傘下の電話機製造部門であったウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場でおこなわれた一連の実験を総称したものです。そこでは、以下のような実験や調査が行われました。

このホーソン実験を人間関係論が生まれる舞台に仕上げたのが、メイヨー(Elton Mayo)です。オーストラリア出身のメイヨーは、心理学を学んだのち、より実践に近い臨床的な調査研究を進めたいと考えて、1923年にペンシルベニア大学のウォートンスクールの研究員となります。そこで、産業界への調査をスタートさせます。
簡単に、それぞれの調査実験について見ておきましょう。
第1段階として実施された(1)照明実験とは、照明の明るさが作業能率に影響を与えるのかどうかということを明らかにするためにおこなわれた実験です。結論からいえば、無関係でした。その意味で、実験そのものは“失敗”ともいえるのですが、むしろ能率を規定する要因が一つではなさそうであること、その要因の一つに疲労があるのではないかということが推測されました。そこから、第2段階の継電器組立作業テスト室での実験が企画・実施されることになりました。
この(2)継電器組立作業テスト室でおこなわれた実験は、当初、疲労と能率の関係を調べようとする目的を持っていました。そして、そのなかに作業者が仕事や会社に対して、どのような態度なのかといった点も調査項目に含まれていました。この実験を重ねていくプロセスで、テスト室で実験に参加するメンバー内で、独自の社会状況が醸成され、それが作業能率に影響を与えている可能性があることがみえてきました。第二継電器作業グループでの実験と雲母剥ぎ作業テスト室での実験は、この継電器組立作業テスト室での実験を補完するものとして実施されました。
(2)継電器組立作業テスト室での実験が行われている途中の1928年4月に、メイヨーたちがホーソン実験に参画しました²。これは、実験のなかで起きた変化の解釈について、外部に意見を求めるためでした。このとき、メイヨーとともに人間関係論を確立した研究者として名を残すことになるレスリスバーガー(Fritz Jules Roethlisberger)も、この実験結果の解釈に加わった一人でした。
メイヨーたちがホーソン実験に参加したことで、仕事や作業の能率に与える影響が、物理的要因や経済的要因だけではないことに光が当てられるようになります。
それを裏付けることになるのが、(5)面接プログラムでした。これは、当時急激に生産規模が拡大していたホーソン工場において、監督者を育成することが急務の一つになっており、この育成方法を発展させるために、従業員の声を聞く必要が出てきました。そこで実施されたのが面接プログラムでした。
当初はあらかじめ決められた問いに対して、イエスかノーかで答える方法でしたが、のちに従業員に好きなように話してもらう方法に変更されました。この変更はメイヨーの指示のもと、レスリスバーガーが担当しました。
この面接によって、作業条件などに関しては状況が悪いときにのみ不満のコメントがなされることや、満足と不満足が拮抗していた労働条件の場合には、事実に対する個人の考え方の違いによって矛盾したコメントが生じてくること、そしてそこには個人の感情や好みなどが示されていることが浮かび上がってきました。
さらに、(6)バンク配線作業観察室での調査では、職場での人間関係=社会的関係性によって作業量などに影響が生じていること、その根底には非公式的な集団規範が生まれ、共有されていることも見えてきたのでした。
この一連のホーソン実験の結果を、メイヨーやレスリスバーガーたちが分析・解釈するなかで生まれてきたのが、人間関係論です。彼らの研究において、経済的誘因の意義を無視するわけではありませんでしたが、同じように社会的情況を重視しなければ、作業能率をはじめとする職場の問題を解明することはできないことを指摘したのです。テイラーの科学的管理などで基本的前提となっていた「経済人economic man=経済的利害にもとづいて動くという人間モデル」に対して、「社会人 social man=人間関係などの社会的要因にもとづいて動く人間モデル」が、これによって示されたわけです。
補足:「ソーシャル」の意味
ここでいう「ソーシャル」を単に「社会」と訳すと、意味合いが薄れてしまいます 。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の「ソーシャル」が「社会」ではなく「人と人との関係性」を指すように 、この文脈での「ソーシャル」も「人と人との関係性」という意味合いで捉える必要があります。
このホーソン実験によって導きだされた経営現象における社会=人間関係的側面の重要性は、のちの経営実践に大きな影響を与えます。一方で、ホーソン実験そのものが科学的にどこまで信用できるものだったのかという点に関する疑念も提示されています。実験そのものが十分に基礎づけられないとなると、ホーソン実験を通じて提唱された人間関係論的な主張についても、その基盤が揺らぎかねません。
しかし、人間関係論の考え方は、経営実践における現実の一端を捉えるものであったのも事実で、人間関係において生じる感情の問題に目を向けることの重要性を強調した点は、経営学史的にみて大きな意義をもっています。
3. 集団力学とリーダーシップ:レヴィン
人間関係論と同時期の1930年代後半から1940年代にかけて、「リーダーシップ」という言葉が経営の文脈でよく使われるようになります。
背景には、1930年代から始まった「グループダイナミックス(集団力学)」の研究があります。これは、集団がなぜそのように動くのかというダイナミズムを解明しようとする試みです。当時、クルト・レヴィンに代表される心理学者の多くが、ナチス・ドイツの迫害を逃れてアメリカへ亡命しました 。結果として、アメリカで心理学の研究が非常に盛んになり、その中でリーダーシップや上司部下の関係性といったテーマが議論されるようになっていったのです。
レヴィンは、全体を単なる個人の集計として捉えるのではなく、諸個人の動機づけや行動のダイナミクスなどを明らかにするべきであると考えました。その際に、「場 field」や「生活空間 life space」といった概念を用いて、個人とその個人が主観的に認識する環境とのあいだに、どのような力がはたらいて行動が生じるのかを明らかにしようとしました。
このアプローチを基礎にしつつ、ナチスの迫害経験を踏まえて、レヴィンは民主的リーダーシップや個人と集団との関係性などについての研究を進めたのです。とりわけ、社会集団(social group)がさまざまな要素の相互依存性によって、その統一性が決まることや、その相互依存も動的なものであることなどを示しました。さらに社会集団において発揮されるリーダーシップについて、実験的な研究をおこない、そこからリーダーシップ・スタイルが集団としての行動に影響することを明らかにしました。
これらの研究は、現代の組織開発や組織変革の基礎となっています。
レヴィンは、これらの研究に集団力学(group dynamics)という名称を与え、マサチューセッツ工科大学(MIT)に研究センターを設置して、集団をめぐるさまざまな事象について科学的な探究のための道を拓きました(吉原正彦編『メイヨー=レスリスバーガー』経営学史叢書第III巻、183-186ページ参照)。
このレヴィンの方法は、それまでの人間関係論が採用していた科学的手法に対する批判を乗り越えるために、より厳密な科学的手法を採用したこと、それを踏まえてアクション・リサーチをはじめとした“実践に積極的に介入する”姿勢を重視したことに大きな特徴があります(福本俊樹/貴島耕平/松嶋登[2024]「シン・人間関係論:方法論としての集団力学」『国民経済雑誌』228(1), 7-9ページ;貴島耕平[2025]「Kurt Lewinと新人間関係論」『商学論究』71(4), 174ページ)。
このアプローチは、経営学における重要な流れをかたちづくることになります。
4. 心理学的調査の深化と新人間関係論:リッカート
レヴィンの集団力学や、ミシガン大学社会調査研究所でのリーダーシップ研究などをもとに、より実証的な方法でリーダーシップや動機づけ、さらには企業の組織構造やそのマネジメントにまで視野を広げたのがリッカート(Rensis Likert)です。
リッカートは、アンケートを使った社会調査やマーケティング調査等において現代でも定量的な調査方法に用いられる「リッカート尺度」で知られています。これは何らかの事象に対する態度を測定するために、2つの極を設定したうえで、そのあいだで回答者が選択肢から自らの考えるところに合致するものを選ぶというものです。もちろん、その回答が回答者の実際の態度を示すかどうかは確定できないところはありますが、複数の設問の構成によって、それを統計的に類推できるようにするなど、さまざまな工夫がなされます³。
リッカートがこの尺度を開発したのも、人々の行動の背後にある態度などを明らかにしようとするためでした。
また、リッカートは集団におけるリーダーシップ研究において(1)搾取型権威主義、(2)慈悲型権威主義、(3)協議型、(4)参加集団型の4類型を導き出します。リッカートは、個人がそれぞれ高いモチベーションをもって、しっかり結びつけられ、相互の調整や統合がよくおこなわれている組織を理想的な状態として考えていました。それゆえ(4)のリーダーシップ・スタイルやそれを可能にする組織構造が望ましいとみたわけです。
その後、リッカートは5つめの類型として、協働的な姿勢を持つ従業員が共有された組織の目的に向かって創造的にリーダーシップを発揮しあい、結果として一体感のある組織が生じるという状態を提示しました。これは、リッカートの逝去によって彼自身によって研究は進められることはありませんでしたが、跡を継ぐ人たちによって展開されました。
5. 経営現象における“人間”
経営という活動を「人間の協働を通じた価値創造」と捉えるなら、今回みてきたような「働く人の職場での態度や感情」、そしてそれとつながる可能性の高い組織としての成果に関心が集まるのは当然と言えます。ただ、この態度や感情は測定が難しいだけでなく、ホーソン実験や実験結果からのメイヨーやレスリスバーガーたちの分析・解釈に対して厳しい批判が寄せられたように、どうしても研究者がよって立つ視点や姿勢が入り込んできます。レヴィンやリッカートの場合は、民主主義を絶対的な前提として研究を進めていました。
山縣個人はレヴィンやリッカートが立つ前提を共有しますが、社会科学にとってこういった価値前提の問題は避けて通ることができません。今回とりあげた一人であるヴェーバーは「価値自由」という研究者としての立脚点を示しましたが、これは研究者が価値規範と無関係であることを求めたものではありません。自らが立脚する価値規範といった前提を明示し、それ自体をも省察する冷静な姿勢を要求しているのです。
そのうえで、今回みてきた研究者たちは、非常に動的な現象としての人間関係をどうやって科学的に捉えるのか、そのうえで“よりよい”実践を導き出すのかということに焦点を当ててきました。この“よりよい”をどこに設定するのかが、価値前提の問題につながります。
今回は採り上げませんでしたが、デューイ(John Dewey)のプラグマティズムの哲学(とりわけ学習論)とレヴィンのアクション・リサーチを統合し、日常の実践を導こうとしたアージリス(Chris Argyris)、そしてアージリスとともに研究を展開したショーン(Donald Alan Schön)などによって展開された省察的実践などの概念で知られる組織学習論も、この人間関係論の研究の展開上に位置づけられます(福本俊樹/貴島耕平/松嶋登[2024]「シン・人間関係論:方法論としての集団力学」『国民経済雑誌』228(1), 19-22ページ)。
経営学において、人間をどう捉えるかという問いは、つねに議論になってきました。その出発点となったのがホーソン実験でした。もともとは経済的利害だけで人間は動くと考えられていたのが、人間関係=社会的要因から生じる感情などに注目が集まり、さらにはその根底にある態度や姿勢を明らかにすることに目が向けられるようになっていきました。
さらに、人間をより動的な存在として捉え、学習する存在として考える視点が提示されるに至っています。組織学習論や組織開発論といった領域が、これにあたります(中原淳/中村和彦[2018]『組織開発の探究:理論に学び、実践に活かす』ダイヤモンド社)。
こういった経営をめぐる人間観の多様さは、人間そのものの多様さ・多面性によるものです。それゆえ、何か一つに絞ろうとしても絞り切れるものではないでしょう。その多様さ、多面性に向き合うことが、この領域の魅力であり、また難しさであるといえます。
この点を念頭に置きつつ、次回は議論の焦点は「協働」に移します。協働をいかにして方向づけ、成果の獲得へと導いていくのか──。これが主たるテーマになります。
参考
文献リスト
- ウェーバー, M.(鼓肇雄訳)『工業労働調査論』日本労働協会,1975年。
- レン, D. A.(佐々木恒夫監訳)『マネジメント思想の進化』文眞堂,2003年(原著1994年)。
- 貴島耕平「Kurt Lewinと新人間関係論」『商学論究』71(4), 2025年,173-185ページ。
- 中原淳/中村和彦[2018]『組織開発の探究:理論に学び、実践に活かす』ダイヤモンド社。
- 福本俊樹/貴島耕平/松嶋登[2024]「シン・人間関係論:方法論としての集団力学」『国民経済雑誌』228(1), 1-28ページ。
- 吉原正彦編『メイヨー=レスリスバーガー』経営学史叢書第III巻,文眞堂,2013年。
- 渡辺敏雄編『社会の中の企業』経営学史叢書第II期第6巻,文眞堂,2021年。
脚注
- ¹ ただし、この主人と奴隷という関係は、きわめて複雑な背景を持っています。このあたりも奥深いのですが、本論から外れてしまうので、ぜひさまざまな文献を通じて、考えてみていただければと思います。
- ² 「メイヨーが人間関係論が生まれる舞台に仕上げた」などという表現を用いたのは、実はホーソン実験の始まりには、メイヨーはかかわっていなかったからです。メイヨーがかかわり始めたのは、1928年4月(2)継電器組立作業テスト室での実験以降のことです(吉原正彦編『メイヨー=レスリスバーガー』経営学史叢書第III巻、53頁)。
- ³ ここで社会調査法についての詳しい説明はできませんので、関心のある方は、数多くある社会調査法、とりわけ定量的方法についての教科書などをご覧ください。


