チームリフレクションが消化不良に陥る「期待のズレ」の正体|連載「モヤモヤ」を活かす組織づくり第2回
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チームリフレクションが消化不良に陥る「期待のズレ」の正体|連載「モヤモヤ」を活かす組織づくり第2回

チームでリフレクションをしようとしたとき、「改善策を出すにしても、ナレッジをシェアするにしても、自分なんて何も語れることがない...」と感じたことがある人も少なくないのではないでしょうか。

特に、実践経験から得られたナレッジをシェアする場では、ナレッジをシェアする側ががんばって資料にまとめてきて語っても、たいしてコメントや質問が出ず、盛り上がらずに終わってしまうこともあります。

語る側も、聞く側も、なんとなく消化不良な感覚が残ってしまうのは、なぜなのでしょうか。その正体は、「ふり返りの場で何を語るのか」という捉え方、「期待のズレ」にあるのかもしれません。

今回は、ナレッジシェアをはじめとするチームリフレクションの場が消化不良になりやすい要因について、「不確実性回避」や「曖昧さ耐性」などの文化的・心理的傾向の観点からも探っていきます。

消化不良に陥る要因とは

チームリフレクションの場が消化不良な場になってしまうとき、よく見られるパターンがいくつかあります。

改善策の意思決定を急ぎすぎてしまう

一つは、リフレクションといえば「次に向けた改善策を出さねばならないもの」という固定観念がついてまわることに起因します。その結果、うまくいかなかったことに対する改善策を早急に出そうとするがあまり、出てきた改善策が効果的か不明だったり、現実的には難しかったりしても、「改善せねば!」というその場の空気から、その改善策を実行する意思決定がなされ、実行するチームメンバーにはモヤモヤが残ったままリフレクションが終了、ということも起こります。

自信のなさから、ナレッジの大事な部分が語られない

二つ目は、語る側の自信のなさと、聞く側の期待外れです。リフレクションとして何か語ろうとするとき、「自分がやったことなんて、大したことないけれど、役立つナレッジをシェアしなければ…」と、少し後ろ向きな気持ちで場に立つ。その結果、何を話したらいいのか分からず、その人が経験したことから得たナレッジの大事な部分が語られず、中途半端な内容になってしまいます。聴き手側は「何か使えるものがあればいいな」と期待して参加するものの、終わってみると「すぐに自分の仕事に活かせる話ではなかったな…」と感じてしまいます。

ただの自慢話で場がしらける

三つ目は、二つ目とは逆に自慢話になってしらけるパターンです。語り手側は「このプロジェクト、我ながらうまくいった!ぜひ共有したい!」と意気込んで話します。でも聴き手側からすると、「この人がすごいのはわかったけれど、自分に役立つ話ではなかった…」と感じて、しらけてしまう。

どのパターンにも、ある共通した構図があります。それは、「チームリフレクションの場では、すぐに役立つ正解を話すべき」という前提が場に漂っていることです。語る側は「役立つ正解を提供しなければ」というプレッシャーを感じ、聴き手側は「すぐに役立つ正解をもらえるはずだ」という期待を持って参加する。そして、全体として「早急に改善策を講じるべき」という空気が漂う。これらがかみ合わず、「期待のズレ」が生じると、その場にいる人たちは消化不良でモヤモヤしてしまい、どこかぎこちないまま終わってしまいます。

チームリフレクションの場には「すぐ役立つナレッジを話すべき」という空気感が漂う

「すぐ使えるナレッジ」への高すぎる期待を乗り越えるには

では、なぜこの前提が生まれるのでしょうか。

チームのリフレクションのなかでも特にナレッジシェアが期待されるとき、そこには「体系的な知識を伝授する」というイメージがついてまわりがちです。うまくいった事例、再現性のある方法論、すぐに使えるノウハウ。そのような「すぐ使えるナレッジ」を共有するのがこの場の目的だという暗黙の了解が生まれやすくなります。

しかし、実際の仕事の現場で生まれるナレッジは、もう少し複雑なものではないでしょうか。

聴き手のひと手間:「使えるナレッジ」にするには?

ある人がうまくいった方法は、その人が置かれていた特定の文脈のなかで機能したものです。同じやり方を別の文脈でそのまま使っても、うまくいくとは限りません。

ナレッジを受け取る側に求められるのは、「すぐ使えるナレッジ」を見つけることよりも、他者のナレッジを自分の状況に当てはめ直し、解釈し直すというひと手間です。その解釈のプロセスのなかにこそ、学びがある。そう捉えると、期待値の置き場所が少し変わってくるはずです。

また、ふり返りの場を「使えるノウハウをもらう」だけでなく、「その人がどんな考えを持って仕事に向き合っているか」を知る機会として受け取ることも、ひとつのあり方です。チームメンバーがどんなことを大事にしているかがわかると、一緒に仕事をするうえでのコミュニケーションがしやすくなります。

語り手の「語れることがない」という感覚の正体

「自分には語れるナレッジがない」という感覚は、なぜ生まれるのでしょうか。

これも、「すぐ使える正解を提供しなければ」という前提から来ていると考えられます。そのハードルで自分を測ると、「自分のやったことなんて大したことない」「当たり前のことしかしていない」と感じてしまいます。

ですが、自分にとって「当たり前すぎて価値があると思っていない些細なこと」が、他者にとっては初耳で、新鮮な学びになることは、案外あります。やり方そのものよりも、「なぜその方法を選んだのか」「どんな状況でそう判断したのか」という背景や考え方の方が、知の受け手にとって学びになるのです

語り手が背景を語り、聴き手が解釈し直す「ひと手間」を加えていく

語る価値のある「モヤモヤ」とは

このようなチームリフレクションで生じる消化不良な感覚ーここで生じる「モヤモヤ」とは何なのでしょうか。

「なんかうまくいかなかった」「あのとき、どう動くのが正解だったんだろう」「あの進め方、違う気がしたけどうまく言葉にできなかった」こうした感覚は、単なる「わからない」という状態とは少し異なります。そこには、自分が大事にしていた何かと、現実の出来事との間のズレ、いわば価値観の揺らぎのようなものが含まれています。モヤモヤは、認知だけの問題ではなく、感情とも絡み合った、言語化しきれない複合的な状態です。

このなんとも捉え難い「モヤモヤ」ですが、大きく分けると、「違和感」「わからなさ」「葛藤」という3つに分類して捉えることができるのではないかと考えています。「違和感」としてのモヤモヤも、「そうじゃなくて、こうでは?」と反論衝動が湧く違和感と、「なんか違う気がするけど、なんだろう?」のように、探究したくなる感覚の二面性があり、「わからなさ」と言っても不安からくる「わからなさ」と未知のものへの探究心へ向かう「わからなさ」の二面性があると言えます。

「モヤモヤ」にも、違和感/わからなさ/葛藤という種類がある

価値観の揺らぎとしての「モヤモヤ」

このように、さまざまな「モヤモヤ」を私たちは日々感じながら過ごしています。単なる認知の問題ではなく、感情とも絡み合ったものだからこそ、モヤモヤは「語れないもの」ではなく、むしろ「語る価値のある素材」になり得るのではないでしょうか。価値観の揺らぎを含んでいるからこそ、それをチームで語り合ったとき、「あの人はそういうことを大事にしていたのか」という相互理解が生まれやすくなります

成功事例の共有が「うまくいったやり方を伝える」ものだとすれば、モヤモヤの共有は「自分がどんな価値観で仕事に向き合っているか」を語ることに近いと言えます。

反省会に陥らないために

この相互理解は、単にチームメンバーが仲良くなるだけにとどまりません。お互いの価値観がわかると、過去の出来事への納得感へとつながっていきます。

「あの人はそういう考えを大事にしていたからこそ、あのとき、あの判断をしたのか」という理解が生まれると、出来事の見え方そのものが変わっていきます。そしてその納得感があってはじめて、「だったら、次はこうしてみよう!」という次のアクションプランが、義務感からではなく、自分たちの中から自然に湧いてくるようになります。

「モヤモヤ」を語り合うと、納得感を経由して内発的な動機から次の問いが生まれてくる

これが、反省会との本質的な違いです。反省会は「改善しなければ」という義務感から次の行動を引き出そうとします。一方、モヤモヤを語り合う場は、納得感を経由して内発的な動機から次の問いへとつながっていきます。チームが「また試してみたい!」と思える場になるかどうかは、この違いが大きく影響していると考えられます。

「モヤモヤ」が語りにくい文化的背景

そうはいっても、モヤモヤを語ることはハードルが高いと感じる方も多いでしょう。まだよくわからないことを開示することへの不安は、誰にでもあります。チームの中に「正解を出さなくていい」という前提が共有されていなければ、モヤモヤを語ることは、準備不足や力不足の表明のように受け取られてしまうリスクすらあります。

「不確実性回避傾向」が強い文化の影響

少し視野を広げると、この感覚の背景には、文化的な傾向も影響しているかもしれません。

オランダの社会心理学者ホフステードによれば、「不確実性」とは、将来の出来事や結果を正確に予測することが困難な状態を指します。未来は決して知ることができないという根源的な事実に対して、さまざまな文化に属する人々が、そこで感じる不安にいかに対処しようとするかを示す、曖昧さに対して抱く耐性の度合いのことを、ホフステードは「不確実性回避指数(Uncertainty Avoidance Index: UAI)」と定義しました。

日本は、この「不確実性回避傾向」が強い文化に分類されると言われています。将来の見通しが立たない状況や、答えの出ない問いに対して不安を感じやすく、厳格なルールや明確な手順で不確実性を減らそうとする志向が強いという特徴です。

文化によって「不確実性回避傾向」に違いが見られる


「曖昧さ耐性」が低いことの影響

また、曖昧な状況を好ましいものとして知覚する傾向を示す「曖昧さ耐性」という観点でも、曖昧な状況を脅威として捉えやすい「曖昧さ耐性」が低い人ほど、性急な結論に飛びつこうとしたり、わからないままでいることを避けようとしたりする傾向があると言われています。

「曖昧さ耐性」が低いと、性急な改善策に飛びついてしまいやすい

この「曖昧さ耐性」が低い組織では、「まだわからない」「モヤモヤしている」という状態は、解決すべき問題として扱われがちです。早く答えを出すこと、明確な改善策を示すことが良いふり返りだとみなされ、モヤモヤをモヤモヤのまま語ることは、それ自体が準備不足の印象を与えてしまいかねません。その空気が、知らず知らずのうちに「語れることがない」という感覚をつくり出していると考えられます。

モヤモヤをチームにとって価値のある素材へ変える

チームリフレクションの場で「期待のズレ」が起こり、消化不良になる背景には、「すぐ役立つ正解や改善策を話さなければならない」という前提と、「わからないことを語るのはよくない」という空気が重なっていることが多いと言えます。その根本には、不確実なことや曖昧なことをなるべく早く解消しようとする文化的な傾向があるのかもしれません

それでも、モヤモヤは「語れないもの」ではなく、むしろ「語る価値のある素材」であり、それをチームで語り合うことが、反省会とは異なる学びの場をつくるきっかけになりうる側面もあるのではないでしょうか。

モヤモヤを問いに変える

どうすれば、実際にモヤモヤを持ち寄り、それを学びへ変えていくことができるのか。そのアプローチの一つとしてあげられるのが、モヤモヤを問いへ変えていくことです。チームリフレクションで使える「KMQT」(Keep/Moyamoya/Question/Try)というフレームもあります(オンラインホワイトボードツールmiroのテンプレートもあります)。ですが、これ自体も早急にチームをよくする改善策として導入しても、効果的に活用できないかもしれません。

モヤモヤを問いに変えるリフレクションのフレーム「KMQT」(Keep/Moyamoya/Question/Try)

詳しくは次回、モヤモヤを学びへ変えていくための場の設計と、モヤモヤを問いへと変えていくプロセスについて考えていきます。


参考文献

  • Hofstede, G. (1984). Culture's consequences: International differences in work-related values. Sage Publications.
  • Hofstede, G. (2001). Culture's consequences: Comparing values, behaviors, institutions, and organizations across nations (2nd ed.). Sage Publications.
  • Budner, S. (1962). Intolerance of ambiguity as a personality variable. Journal of Personality, 30(1), 29-50.
  • Furnham, A., & Marks, J. (2013). Tolerance of ambiguity: A review of the recent literature. Psychology, 4(9), 717-728.
  • David L McLain, Efstathios Kefallonitis, Kimberly Armani (2015).Ambiguity tolerance in organizations: definitional clarification and perspectives on future research. Cognitive Science, a section of the journal Frontiers in Psychology.
  • 瀧 知惠美(2025), "もやもや"を問いに変えるふり返り「KMQT(ケモキュート)」で、チームのイシューを探り、メンバーの関係性を育む, note(https://note.com/takichi/n/n712238cd25ac

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