創造性は、「一部の天才だけのもの」なのでしょうか。近年の創造性研究では、この前提そのものが大きく見直されつつあります。
心理学・教育学・組織研究の領域では、この10〜15年ほどで、「創造性をどう測るか」だけでなく、「どのように育まれ、どのように阻害されるのか」についての研究が急速に進んできました。さらに現在では、OECDのPISA調査にも「クリエイティブ・シンキング」が導入されるなど、創造性研究は教育政策や組織開発とも接続され始めています。
本連載では、現在の創造性研究がどこまで進んでいるのかを整理します。第1回では創造性と“才能観”の関係の変化について、石黒さんのレクチャーをもとに解説します。
「創造性」は誰のもの?
「創造性」という言葉を聞くと、どのような人を思い浮かべますか?
画家、音楽家、デザイナー、起業家──あるいは、スティーブ・ジョブズのような、社会を変える突出したイノベーターを想像する人も多いかもしれません。
一方で、自分自身についてはどうでしょうか。もしかしたら、「自分は創造的だ」と言い切れる人はそこまで多くないかもしれません。
しかし近年の創造性研究では、こうした「創造性=一部の特別な人の才能」という考え方そのものが、大きく見直されつつあります。
創造性研究は、心理学を中心に約70年にわたって発展してきた研究領域です。特にこの10〜15年ほどで、その知見は教育や組織開発、さらには国際的な学力調査へと接続され、「創造性をどう育て、どう支えるか」という実践的なテーマに接続されるようになりました。
いまや創造性は、一部の天才だけの話ではありません。企業、学校、日常生活を含めて、誰もが関わるテーマとして捉え直され始めているのです。
「創造性研究」は何を変えたか?
創造性研究の最初期の転換点としてよく知られているのが、1950年にアメリカ心理学会(APA)の会長であったJ. P. Guilfordによる講演です。
当時の心理学は、知能研究が盛んに行われ、認知能力を測る多様な課題が開発されていました。その中でも、Guilfordは人間の知性において「唯一の正解を導く力」だけではなく、「多様な解決策を生み出す力」にもフォーカスを当てました。
そこで注目されるようになったのが、「拡散的思考(divergent thinking)*¹」です。
たとえば、「レンガの新しい使い方をできるだけたくさん考えてください」という課題があります。ここで求められているのは、唯一の正解を当てることではありません。どれだけ多様な発想を生み出せるか、既存の用途とは異なる新しい発想ができるかです。
このような研究を通じて、創造性は「神秘的なひらめき」ではなく、人間の思考や認知の働きとして研究されるようになっていきました。
もちろん、創造性研究には難しさもあります。創造性は単純なテストだけで測り切れるものではありませんし、「測ること」自体が人を固定化してしまう危険もあります。そのため現在の研究では、創造性を認知能力としてだけではなく、性格や動機づけ、自己認識なども含む、より広い潜在能力として捉えられるようになっています。
さらに近年では、その潜在能力をただ眠らせておくのではなく、実際の創造的成果へとどう結びつけるのか、また、個人だけでなく他者や社会、環境との相互作用の中でどのように発揮されるのかへと研究の関心が広がっています。

拡散的思考の歴史
「創造性=天才」という見方の変化
創造性研究におけるもう一つの大きな変化の一つは、「創造性は一部の天才だけのものではない」という考え方が広がったことです。
かつて創造性研究では、エジソンやピカソのような歴史的天才が主な研究対象でした。しかし現在では、日常生活に存在する創造性にも注目が集まっています。
研究者のJames KaufmanとRonald Beghettoは、創造性を複数のレベルに整理しています*²。 社会を変えるような偉大な創造性(Big-C)だけでなく、専門家としての創造性(Pro-c)、日常的な工夫や改善(little-c)、さらには個人の中で生まれる小さな意味づけや発見(mini-c)も創造性として捉えるのです。

参考:『創造的自己とは何か?「創造性は才能」という思い込みを手放すには』|CULTIBASE
図はKaufman & Beghetto(2009)をもとに石黒氏作成
この視点に立つと、創造性は芸術家だけのものではなくなります。
仕事の進め方を少し変えてみる。冷蔵庫の余り物で新しい料理を作る。授業の進め方を工夫する。既存の情報を組み合わせて新しい提案をつくる──こうした日常的な試行錯誤もまた、創造性の一部として考えられるようになるからです。
重要なのは、Big-Cのような突出した創造性も、突然現れるわけではありません。多くの場合、その背景には、小さな試行錯誤や日常的な創造活動の積み重ねがあります。創造性研究は、こうした「日常の創造性」を可視化してきたとも言えるでしょう。
なぜ今、創造性が注目されているのか
では、なぜ近年になって創造性研究が急速に社会へ接続され始めたのでしょうか。
その背景には、不確実性の高い社会への変化や、それに伴う教育、働き方の変化があります。
変化が激しく、不確実性の高い社会では、「唯一の正解を素早く当てる力」だけでは対応しきれない場面が増えています。むしろ、状況に応じて問いを立て直したり、複数の可能性を考えたり、新しい組み合わせを試したりする力が重要になっているのです。
その流れの中で、創造性は「一部のクリエイターの資質」ではなく、すべての人に関わる能力として再評価され始めました。
象徴的なのが、IDEOのDavid Kelleyによる『Creative Confidence』の出版*³ とTED講演 *⁴ です。 彼は、ビジネスの世界で根強かった「創造性=特別な才能」という見方に対して、人は創造性そのものより、“自分は創造的ではない”という思い込みによって創造活動から離脱していく、という趣旨の発言を繰り返し述べています。
そしてこの視点は、その後の教育や組織開発にも大きな影響を与えているのです。
OECDが創造性を学校教育の課題として位置づけた
こうした流れを象徴する出来事の一つが、OECDによる創造性教育への取り組みです。
OECD教育研究革新センター(Centre for Educational Research and Innovation: CERI)は、2015年頃から「創造性と批判的思考」に関する国際プロジェクトを開始しました。*⁵
このプロジェクトでは、11カ国以上の学校や教師と協働しながら、創造性を育てる授業実践や、その評価方法が研究されました。また、創造性は美術や音楽などの特定の教科だけではなく、さまざまな通常教科でも育めるものとして位置付けられました。
さらに2022年には、OECDが実施する国際学力調査PISAにおいて、「クリエイティブ・シンキング」が新たに調査対象へ加えられました。*⁶
ここで注目すべきなのは、PISAは単に「創造的な答えを出せるか」だけを測ろうとしたわけではない点です。
- 自分を創造的だと思えるか
- 学校で創造的活動が行われているか
- 教室で安心してアイデアを出せるか
- 周囲が創造性を支援しているか
といった点まで含めて調査を行いました。つまり、創造性は単なる個人能力ではなく、「自己認識」「行動」「環境」の相互作用として理解し、教育にも取り入れたのです。
創造性は「特別な人」のものなのか
もちろん、創造性研究が進んだからといって、誰もが突然、世の中を変えてしまうような画期的なアイデアを生み出せるようになるわけではありません。また、創造性を過度に礼賛することにも注意が必要です。
ただ少なくとも、この10年ほどで起きた大きな変化の一つは、「創造性を一部の特別な才能としてのみ捉える時代」が終わり始めていることだと言えるでしょう。こうした流れは、創造性教育の「民主化(democratization)」としても議論されています(Beghetto & Zhao, 2022) *⁷。
創造性は、生まれ持った才能だけで決まるものではありません。環境、経験、信念、教育、そして日常の小さな試行錯誤によって育まれる可能性があります。
現在の創造性研究は単なる才能論から、「人が可能性を発揮できる条件とは何か」を探究する研究へと変わりつつあるのです。
【新刊案内】
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創造的自己研究ハンドブック:創造性を発揮するための心理学的探究(原題: The Creative Self: Effect of Beliefs, Self-Efficacy, Mindset, and Identity)
マチェイ・カルウォフスキ (編集), ジェームズ・C・カウフマン (編集), 安斎 勇樹 (監修), 岡田 猛 (監修), 石黒 千晶 (監訳)

【書籍概要】
人はどのようにして、自分の創造性を発揮するのだろうか。その鍵を握るのが、創造性に対する考え方や信念をあらわす「創造的自己」である。本書は、量的調査、芸術家へのインタビュー、脳科学的アプローチなどを通して、このテーマを多角的にひもとく。創造的自己研究を初めて体系化したハンドブック『The Creative Self』、待望の邦訳!
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References
- *¹ Guilford, J. P. (1950). Creativity. American Psychologist, 5(9), 444–454.
- *² Kaufman, J. C., & Beghetto, R. A. (2009). Beyond big and little: The four C model of creativity. Review of General Psychology, 13(1), 1–12.
- *³ Kelley, T., & Kelley, D. (2013). Creative Confidence: Unleashing the Creative Potential within Us All. Currency.
- *⁴ Kelley, D. (2012). How to build your creative confidence [TED Talk]. TED Conferences. https://youtu.be/LZ6t9XVDQQQ
- *⁵ OECD教育研究革新センター(編). (2023). 『創造性と批判的思考―学校で教え学ぶことの意味はなにか―』(西村美由起訳)明石書店.
- *⁶ 同上.
- *7 Beghetto, R. A., & Zhao, Y. (2022). Democratizing creative educational experiences. Review of Research in Education, 46(1), vii-xv.




