「世界を良くする創造性」は企業で育つのか?──企業の人々が向き合うトランスフォーメーショナル・クリエイティビティ:連載「境界を渡る創造性」第3回
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「世界を良くする創造性」は企業で育つのか?──企業の人々が向き合うトランスフォーメーショナル・クリエイティビティ:連載「境界を渡る創造性」第3回

創造性は、本当に一部の“天才”だけに与えられた資質なのでしょうか。
私たち一人ひとりの中にも確かに存在するはずのその力を、なぜ多くの人は発揮できずにいるのでしょうか。
本シリーズ『境界を渡る創造性』では、創造性研究の第一人者である岡田猛さんと石黒千晶さんが、日常の出来事を手がかりに、創造性を取り戻すための視点と実践のヒントを綴ります(全3回予定)。

第1回はこちら: 人は創造的になれるのか?──CBAAモデルが示す3つの視点:連載「境界を渡る創造性」
第2回はこちら:地図なき道を歩むには?──創造性を動かす「触発」と「ずらし」の力:連載「境界を渡る創造性」第2回

■著者プロフィール(執筆順)

岡田 猛

岡田 猛

東京大学名誉教授、大学院 教育学研究科 客員教授
東京大学 芸術創造連携研究機構 客員フェロー
株式会社MIMIGURI シニアリサーチフェロー

認知科学者、東京大学名誉教授。1994年に米カーネギーメロン大学にてPh.D.(心理学)を取得。名古屋大学教授などを経て、2008年より東京大学教授、2025年より名誉教授。専門は教育心理学、認知科学、芸術教育。フィールドワークや心理実験による実証的研究と、大学や美術館での実践研究を往還しながら、芸術の創作プロセスや熟達化、創造性を高める教育支援方法の解明に取り組む。特に、アーティストが創作プロセスの要素を意図的に変動させる「ずらし」の理論や、アート鑑賞が創造意欲を高める「触発」のメカニズムに関する研究で知られる。2024年、日本認知科学会フェローに選出。研究知見を基に、社会に「創造的教養人」を広げる教育・社会実践にも力を注ぐ。

石黒 千晶

石黒 千晶

東京大学大学院教育学研究科附属学校教育高度化・効果検証センター/大学総合教育研究センター 准教授
株式会社MIMIGURI リサーチパートナー

2017年東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学.博士(教育学)。日本学術振興会特別研究員(DC2)、玉川大学脳科学研究所嘱託研究員、金沢工業大学情報フロンティア学部心理科学科助教ならびに講師、聖心女子大学現代教養学部心理学科専任講師を経て、現職。創造性や芸術に関わる心的過程の測定、また、芸術活動や創造性教育の効果測定について研究している。

9.11という衝撃が問い直した「創造性」の意味

もう四半世紀近く前の9月のことです。私(岡田)は、その4、5日前にニューヨークの空港から日本に帰国し、風呂上がりにソファーでテレビを見ていました。時差ぼけで眠くてしょうがないので、ベッドに入ろうと思った時です。突然、高層ビルに飛行機が突き刺さっている映像が目に飛び込んできました。後にいわゆるアメリカ同時多発テロ事件と呼ばれることになる事件の映像でした。これは、小型機の操縦訓練を受けたテロリスト達が、アメリカの国内線の旅客機をハイジャックし、ニューヨークのワールドトレードセンターなどに激突した事件です。3千人近くの人々が亡くなった、アメリカ史上最悪とも言えるテロ事件でした。

その数日前まで滞在していたニューヨークを舞台にして起こったこの事件に、私(岡田)は大きなショックを受けました。ビルが崩れた瞬間、たくさんの人々が亡くなったと気づき、思わず悲鳴をあげてしまいました。しかし、後になって考えてみると、このテロはある意味で、創造的な出来事であったとも言えるような気がしたのです。なぜなら、国内線の飛行機で高層ビルに激突するというテロの方法は、たぶんその当時の人々はほとんど想定していなかっただろうと思ったからです。

創造性は、大枠では、新しく価値のある物事やアイデアを生み出すことと定義されています(Eysenck & Keane, 2000など)。アメリカ同時多発テロ事件の犯罪手段には、上述のような意味で、新奇性はあったと言えるでしょう。一方で、価値についてはどうでしょうか?

価値を考える場合、誰にとっての価値なのかを考える必要があります。人類に普遍的な価値がある出来事は、おそらくほとんど存在しないと思われるからです。ある集団にとって価値の高いものごとは、別の集団にとっては悪となる可能性もあるわけです。

悪意の創造性とトランスフォーメーショナル・クリエイティビティ

私(岡田)はそれまで創造性に関わる研究をしてきたはずなのに、創造性は善をもたらすものであると、何となく思い込んでいました。世界中のほとんどの創造性研究者達も、概ねそのように考えていたと思います。

しかし近年、悪意に基づく創造性(malevolent creativity)という概念が提唱され(Cropley & Cropley, 2019)、それに対抗するために、共通善(common good)の実現を目指すトランスフォーメーショナル・クリエイティビティ(transformational creativity¹)の重要性が指摘されています。

トランスフォーメーショナル・クリエイティビティとは、世界をより良くするための創造性(ポジティブで、意味があり、長く継続するような変化を社会に生み出していくための創造性)であり、共通善の実現を目指して行う、創造性と叡智(wisdom)を組み合わせた活動であると定義されています(Sternberg and Karami, 2024)。

近年、世界中で起こっている国家間の戦争や国内の紛争、市民の分断や対立などにより、創造性が社会悪のために利用されることに危機感を抱いた心理学者達が、世界をより良い方向に変えるための研究をしなければならないと考え始めたのが、一つのきっかけとなっています。

このような方向の研究はとても意義があることですが、一口に共通善と言っても、万人に共通した善を想定するのは困難です。結局のところ、マジョリティにとっての価値を追い求める創造性になってしまう可能性がどうしても残ってしまいます。

共通善は固定されたものではない

それでは、この問題をどのように解決すれば良いのでしょうか? 私たちは今のところ、以下のように考えています。トランスフォーメーショナル・クリエイティビティを、その所産(プロダクト)に基づいて捉える、つまり共通善を満たす創造的成果が生み出されたか否かで捉えるとすると、どの時間スパンで、どの社会スケールで、その創造性を捉えるかによって、結果は大きく異なることになります。

例えば、江戸時代の武士にとっての共通善は、主君を敬う儒教的な概念だったかもしれず、それは現代社会の民主国家に暮らす市民の共通善とは異なると思われます。そうすると、全ての時代の全ての人々に共通する善は存在せず、トランスフォーメーショナル・クリエイティビティの価値は主体毎に異なるということになります。

しかし、トランスフォーメーショナル・クリエイティビティを、「人々が共通善を目指して、皆でその内容や方法について議論しつつ、様々な試行錯誤をしながらその実現に向けて進んでいく、終わりのない継続的なプロセス」と捉えると、皆がトランスフォーメーショナル・クリエイティビティを目指すことが可能になるような気がするのです。

もちろんトランスフォーメーショナル・クリエイティビティの実現に向けて、一つの集団だけが共通善の中身を決めるのではなく、いろいろなバックグラウンドやアイデンティティを持った人々が、共通善の構築のための正当的なメンバーとして対話に参加していくことが重要です。これはとても困難な道ですが、そのような対話を継続していく中で、多くの人々にとってまずまずのレベルで満足できるような(good enoughな)共通善の実現に近づいていけると思うのです。

企業の創造性を高めるために何が必要か

ところで、おそらくこのコラムの読者には企業に勤める人達が多いでしょう。その人達はここまで読んできて、トランスフォーメーショナル・クリエイティビティの話は、企業の業績の向上にはあまり関係がないと考えているかもしれません。しかし、私たちは、この創造性が企業にも大きく関わっていると考えています。

ここで、少し話を変えて、企業が創造的になるためには何が必要かについて、私たちの考えを述べてみましょう。それと結び付けながら、私たちがどのような社会を作りたいのかをお話ししましょう。そうすることによって、トランスフォーメーショナル・クリエイティビティを目指すことが、企業人にとっても意味のあることだと分かって貰えるような気がするからです。なお、これは、2022年に経済産業省のクールジャパン政策課が組織した「アートと経済社会について考える研究会」で、私(岡田)が提案した考えに基づいています。その時の講演では、私(岡田)は、「アートは創造性を高めるか」という問いをテーマに話をしました。

企業にイノベーションを起こすためには、デザイン思考が大切だということが、10年以上前に盛んに喧伝されました。デザイン思考とはユーザーの潜在的なニーズを捉えて効率的にそれを満たす解を生成することと捉えられています(Brown, 2009)。

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しかし、近年、デザイン思考だけでは不十分であることが指摘されて、アート思考の重要性が強調されるようになってきました(図1参照)。アート思考は、アートの創作や鑑賞に使われる思考を元に、問題の発見や思考枠組みの変更を行う方法として提案されています(秋元、2019;佐宗;2019;若宮、2019など)。アート思考とは呼ばれていても、もちろん思考だけの話では無く、実際の表現や鑑賞の行為や知覚や情動が関わる複雑なプロセスで、その中には、個人のビジョンや身体感覚や感情に基づいた発想、他者との相互作用などが含まれます(岡田、2020;岡田・縣, 2020)(図2参照)。

図1

図2

それでは、企業人がアートのプロセスを体験すること、すなわち身体を動かして、それを丁寧に知覚し、そこで感じたことに目を向けるということを大事にしながら、美術の鑑賞や表現などのアート活動に関わると、企業の創造性は高まるのでしょうか? この答えは、ある意味ではイエスです。私(岡田)たちの研究では、企業の研究開発部門の社員の人達を対象に実施した8ヶ月にわたるアートワークショップ・プログラムによって、参加者の創造的思考能力が高まり、創造性不安(自分の創造性に対する不安)が減少することが明らかになりました(Shimizu et al.,2021)。

しかし、それが企業の特許取得数の増加や販売業績の上昇に繋がるかどうかについては、もう少し長い視点で見ることが必要です。たぶん企業人のみを対象にしてこのような教育的プログラムを実施するだけでは、一時的で限定された創造性の向上が見られても、それが継続的で一般化できるような効果を持つかどうかは、まだよく分からないのが実情です。なぜなら、そこにはアート思考の育成だけでなく、創造性に対する態度の醸成や思考枠組みの変更が必要だからです。

そのため、研究者達は、創造的思考能力の向上のみではなく、創造的自己(Karwowski & Beghetto, 2019:創造性に対するマインドセットや自己効力感)や創造的教養(縣・岡田、2013、岡田・縣、2012:創造性に関する実践的知識や態度)を高めることの重要性を指摘しています(図3参照)。その際、仕事中だけ創造的になろうとしてもあまり効果が得られないでしょう。企業人も、同時に家庭や社会に属する市民として、趣味の友人達と会話を楽しんだり、美術展や読書などの文化活動を楽しみ、それらの活動を通して触発されたりすることで、創造的な生活が可能になるからです。すなわち、企業の人達が創造的になるためには、社会の中の多くの人々が創造的生活を楽しむようになり、それによって社会全体が創造的になることが重要なのです(図4参照)。

図3

図4

以上述べたことをまとめると、私たちがこれから作りたいと思う社会は、人々の創造的自己や創造的教養が高まり、豊かで創造的なコミュニケーションが活発に起こっているような社会です。市民一人一人が自発的に創造活動に携わり、お互いに触発し合う社会では、創造的な社会を築くための活発な対話が起こり、それによって民主的で創造的な社会観が共有されると思うのです。そのような社会の実現を目指すことは、まさにトランスフォーメーショナル・クリエイティビティを実現することに繋がるのです。

FOOTNOTE

  • ¹ Transformational creativityという用語は心理学では、大きく二つの意味で使われてきました。元々は、大きな変革をもたらすような創造性という意味で使われましたが(Boden,2003)、 Sternbergはここで述べるような意味で使っており、現在はこの考え方が広まっています。前者は、変革的創造性と訳されることが多いのですが、ここでは混乱を避けるために、トランスフォーメーショナル・クリエイティビティと訳します。

References

  • 秋元雄史 (2019). アート思考:ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法. プレジデント社.
  • 縣拓充・岡田猛 (2013). 創造の主体者としての市民を育む:「創造的教養」を育成する意義とその方法 認知科学, 20(1), 27-45.
  • Boden, M. A. (2003). The Creative mind: Myths and mechanisms. (2nd ed.). Routledge.
  • Brown, T. (2009). Change by design: How design thinking transforms organizations and inspires innovation. HarperCollins. デザイン思考が世界を変える:イノベーションを導く新しい考え方. 千葉敏生訳(2010). 早川書房.
  • Cropley, D. H., & Cropley, A. J. (2019). Creativity and malevolence: Past, present, and future. In Kaufman, J. C. & Sternberg, R. J. (Eds.). (2019). The Cambridge handbook of creativity. Second Edition. 677-690. Cambridge University Press.
  • Eysenck, M. W., & Kean, M. T. (2000) Cognitive psychology: A student’s handbook , 4th edition. Psychology Press. Philadelphia.
  • Karwowski, M., & Beghetto, R. A. (2019). Creative behavior as agentic action. Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts, 13(4), 402–415.
    https://doi.org/10.1037/aca0000190.
  • 岡田猛 (2020). アートの発想 学術の動向 25, 7, 16-21.
  • 岡田猛・縣拓充 (2012). 芸術表現を促すということ:アート・ワークショップによる創造的教養人の育成の試み. KEIO SFC JOURNAL, 12(2), 61-73.
  • 岡田猛・縣拓充 (2020). 芸術表現の創造と鑑賞,およびその学びの支援,教育心理学年報, 59, 144-169.
  • 佐宗邦威(2019). 直感と論理をつなぐ思考法:Vision Driven. ダイヤモンド社. 187-188.
  • Shimizu, D., Yomogida, I., Wang, S., & Okada, T., (2021). Exploring the Potential of Art Workshop: An Attempt to Foster People’s Creativity in an Online Environment. Creativity: Theory-Research-Application. 8, 1, 89-107.
  • Sternberg, R. J., and Karami, S. (2024). Transformational creativity: Learning for a better future. Palgrave Macmillan, Springer Nature, Switzerland.
  • 若宮和男(2019). ハウ・トゥ アート・シンキング: 閉塞感を打ち破る自分起点の思考法. 実業之日本社.

【お知らせ|新刊案内】
本記事の執筆者である
岡田猛と石黒千晶がそれぞれ監修・監訳を担当した『創造的自己研究ハンドブック』が2026年4月8日に刊行されます

創造的自己研究ハンドブック:創造性を発揮するための心理学的探究(原題: The Creative Self: Effect of Beliefs, Self-Efficacy, Mindset, and Identity)
マチェイ・カルウォフスキ (編集), ジェームズ・C・カウフマン (編集), 安斎 勇樹 (監修), 岡田 猛 (監修), 石黒 千晶 (監訳)

創造的自己研究ハンドブック
創造性を発揮するための心理学的探究

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